崩壊する箱庭で-4

文字数 1,004文字

の元に行くならという意味で、だ」

 シギの言葉がフユトの背中を追いかけてくる。弾かれたように振り向くフユトへ、

「これ以上、あれに負担をかけるな」

 シギはいつになく厳しい口調で告げた。

「ふざっけんな!」

 他に何を言われても、フユトはもう気にしないと決めていたが、兄弟のことは別だ。部屋を出ようとした足で抗議するべくシギに迫り、

「何でいつもそうなんだよ、何でシュントのことは気にするのに、アゲハのことは気にするのに、何で俺ばっかり……!」

 気づけば本音が漏れて、フユトは勢いを失う。

「──……俺だけ違うんだよ……」

 俯いて立ち竦むフユトの足元を、滴る雫が濡らした。

 シギがらしくなく盛大な溜息をついて、

「ビジネスだから、と言えばわかるか」

 頭を抱えるようにぐしゃりと青黒い髪を掻き乱してから、首を振るフユトへと歩み寄る。

「アゲハは俺の従業員で部下だ、シュントは大昔に買っていた男娼の一人、ここまで言わないとわからないか」

 それでも首を振るフユトに、

「……随分デカい子どもだな」

 呟いて、その頬を掌で拭う。

「……だって、駒だって……」

「駒だよ、お前は」

 掠れた声で言い募るフユトの後ろ頭に手を回し、自らの肩へと顔を抱き寄せ、

「大事な手駒だ、それ以上でも以下でもない」

 宥めるように髪を梳きながら、

「悪いが、俺にこれ以上を求めてくれるな」

 甘い声を耳朶に吹き込む。

「──こわかったんだ、ずっと」

 シギの肩に額を預け、フユトは言った。ハウンドになって──否、もしかしたら生まれて初めて、こんなに弱気な声を出したかも知れない。

「ひとりも、置いてかれるのも、こわかった……」

 耳元で、ふっ、とシギが笑った。嘲るものではない。呆れ果てた嘆息に、年端もいかぬ子どもを宥めているような様子が入り交じった、深く、優しい声。

「識ってるよ」

 後ろ頭を撫でる片手が、繊細な手つきで髪を梳りながら、

「昔から識ってる」

 甘やかす声が鼓膜を撫でる。

 何か大切なものを永遠に失った同士だからこそわかる、けだし、抱える傷の色や形はそれぞれ違うもの同士だからこそ分かり合えない、舐め合って癒すことも、睦み合ってごまかすこともできない、強烈で鮮烈な、消えることのない痛み。

「お前が望もうと、手放すつもりはない」

 後ろ頭を撫でていた手で背中をさすり、

だから、安心しろ」

 シギ自身がかつて、幼い子どもに掛けられた

を、そのまま返した。
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