ラグナロク-2
文字数 1,190文字
連れて行かれた先は、営業しているかも怪しい場末のモーテルだった。スラムと廃墟群の中ほどにあるので、外見はおどろおどろしく、部屋の中は相当に黴臭いので、娼婦や男娼からは嫌われるが、こうして少し大きな金額を得た際に、シャワーを浴びてベッドで眠るだけならちょうど良い。
見た目に相応しく安価な価格設定のモーテルは、しかし、回転率は相当悪く、壁紙や天井には正体不明の染みがつき、ベッドサイドの間接照明は電球が切れかけて、ひっきりなしに明滅し、備え付けのちんまりした化粧台の鏡はくすんで、端の方が割れていた。
いつ洗濯したのかもわからない冷たいシーツに転がされ、シュントはフユトを仰ぎ見た。双子だから体格は大きく変わらないし、廃墟群で暮らすから筋肉も脂肪もついていないが、その膂力はどこから沸き出すのだというくらい、力強かった。
ベッドに膝で乗り上げ、困惑するシュントの顔の真横に手をついて、
「もう会わないって言ったじゃないか」
揺れて怯える瞳を正面から見据え、フユトが掠れた声で言う。
「初めてだったから次はないって、あの時」
弟が誰に怒っているのか、シュントは咄嗟に理解ができない。
「言ったよ、言ったけど……」
「同じ目に遭うかも知れないって、今度は殺されるかも知れないって、そう思わないで」
言い訳を探すように目を伏せる兄はどうして、わかってくれないのか。フユトの焦燥は言葉にならず、灼熱が胸を焼いていく。
「大丈夫だったから帰って来たよ、もう安心だよ」
険しい顔のフユトの肩を、シュントの右手が掴み、宥めるように撫でてくる。
「こんなところより、もっといいところに泊まれるくらい貰ったんだ、だから──」
そこまで言って、シュントはようやく、失言に気づいた。
フユトが徐に体を起こす。肩に触れるシュントの手を振り払い、両手を実兄の首に絡め、持てる握力の限り、絞め上げる。
「金なんか要らない、そんなもののためなら死んだ方がいい」
ギリギリと、喉笛を潰すように力を掛けるその手に爪を立て、剥がそうとして掻きむしり、シュントが全力で足掻くのに、フユトの力は緩まない。
「どうしてそんな簡単なこと、わかってくれないんだよ」
両手を傷だらけにしながら、フユトはシュントを悲しげに見つめていた。酸素を求めてはくはくと口を開け、弟の手首を外そうと渾身の力を込めるせいで、ぎちゅりと傷口を更に抉っていく爪の痛みなど、どうでもいいようだった。
シュントの体が弛緩していく。黒目がぐるんと反転しかかり、
「……っ、シュント、」
フユトはようやく、我に返った。
一気に解放された気道に大量の息が取り込まれ、弾みでシュントが咳き込む。苦しげに喘鳴しながら呼吸を繰り返す兄が、フユトの下から懸命に這い出して距離を取る様子に、引っ掻き傷で真っ赤に染まり、じくじくと脈打つ痛みを放つ自分の手首に愕然として、
「──ごめん」
見た目に相応しく安価な価格設定のモーテルは、しかし、回転率は相当悪く、壁紙や天井には正体不明の染みがつき、ベッドサイドの間接照明は電球が切れかけて、ひっきりなしに明滅し、備え付けのちんまりした化粧台の鏡はくすんで、端の方が割れていた。
いつ洗濯したのかもわからない冷たいシーツに転がされ、シュントはフユトを仰ぎ見た。双子だから体格は大きく変わらないし、廃墟群で暮らすから筋肉も脂肪もついていないが、その膂力はどこから沸き出すのだというくらい、力強かった。
ベッドに膝で乗り上げ、困惑するシュントの顔の真横に手をついて、
「もう会わないって言ったじゃないか」
揺れて怯える瞳を正面から見据え、フユトが掠れた声で言う。
「初めてだったから次はないって、あの時」
弟が誰に怒っているのか、シュントは咄嗟に理解ができない。
「言ったよ、言ったけど……」
「同じ目に遭うかも知れないって、今度は殺されるかも知れないって、そう思わないで」
言い訳を探すように目を伏せる兄はどうして、わかってくれないのか。フユトの焦燥は言葉にならず、灼熱が胸を焼いていく。
「大丈夫だったから帰って来たよ、もう安心だよ」
険しい顔のフユトの肩を、シュントの右手が掴み、宥めるように撫でてくる。
「こんなところより、もっといいところに泊まれるくらい貰ったんだ、だから──」
そこまで言って、シュントはようやく、失言に気づいた。
フユトが徐に体を起こす。肩に触れるシュントの手を振り払い、両手を実兄の首に絡め、持てる握力の限り、絞め上げる。
「金なんか要らない、そんなもののためなら死んだ方がいい」
ギリギリと、喉笛を潰すように力を掛けるその手に爪を立て、剥がそうとして掻きむしり、シュントが全力で足掻くのに、フユトの力は緩まない。
「どうしてそんな簡単なこと、わかってくれないんだよ」
両手を傷だらけにしながら、フユトはシュントを悲しげに見つめていた。酸素を求めてはくはくと口を開け、弟の手首を外そうと渾身の力を込めるせいで、ぎちゅりと傷口を更に抉っていく爪の痛みなど、どうでもいいようだった。
シュントの体が弛緩していく。黒目がぐるんと反転しかかり、
「……っ、シュント、」
フユトはようやく、我に返った。
一気に解放された気道に大量の息が取り込まれ、弾みでシュントが咳き込む。苦しげに喘鳴しながら呼吸を繰り返す兄が、フユトの下から懸命に這い出して距離を取る様子に、引っ掻き傷で真っ赤に染まり、じくじくと脈打つ痛みを放つ自分の手首に愕然として、
「──ごめん」
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