Re:-3

文字数 1,038文字

 それもそうだった。シギに求めてはいけないものを勝手に求めるのは、いつも、フユトばかりだった。優しくして欲しい、とか、特別扱いをして欲しいということではなく、何と言うか、受け入れて欲しいのだ。無謀でない範囲の我儘を言っても、思い通りにならなくて拗ねても、全てではなくても、受け入れて、あわよくば許して欲しい。それだけだ。

 シギはいつだってそうしない。手駒として使うために感情を利用するだけして、あとは知らぬと投げ出して。これを与えてやると餌を目の前にチラつかせているのに、いざ手中にしようとすると、取って来いと激流や蟻地獄の中心へ投げられる。翻弄される。

「……俺がどうなろうと、別に、知ったことじゃねぇもんな」

 口の中で呟いて、フユトは腕を下ろした。待っていたかのように、シギが覆いかぶさってくる。目を閉じた。唇を塞がれた。上下の唇が、何度か位置を変えて優しく食まれる。下唇の縁を舐められ、ひく、と瞼を震わせると、欲に濡れた声が、

「舌、出せ」

 囁くから、おずおずと差し出した。ぬめる舌が絡め取り、シギの口腔に取り込まれ、絶妙な加減で吸われる。鼻から声が抜けた。気づけばシギの肩にしがみつき、舌をねだっていた。フユトが飽きるまで交歓し、こめかみに、頬に、耳朶に、首筋に、キスの雨が注ぎ、

「やだ、」

 思わず漏れた拒絶は本気のものじゃないのに、シギはそこで、嘘のように止まる。

 息が上がっていた。あれだけ、怪我人だ何だと騒いでいたのに、今はもう、その先を期待している自分が情けない。瞳の奥を覗き込むように伺うシギの目に、発情しかけのだらしない顔を見て瞼を閉じ、首に抱きつく。

「……わかった」

 シギが答えて、鼻先と額にキスをされ、しがみつく両腕を軽く叩かれる。解放すると、おとなしく離れていく体温に、フユトは目を開けた。

 シギが上機嫌でも不機嫌でも、思わず漏れた言葉を真に受けるなど、一度もなかったのに。シギはいつでもフユトの本気を見極めて、時に無視して、事を進めるのに。

 愕然としていると、気づいたシギが、

「どうした」

 かつて見たこともない、穏やかな眼差しで聞いてくるから、

「……我儘言いすぎて、怒ってる?」

 体裁もなく、素直に問い返してしまった。

「違う、そうじゃない」

 シギはふっと微笑んで、今まで見たことのない貌で、

「でも……」

「ほら、もう一回、舌出せ」

 様子を伺うフユトの両頬を片手で挟み、唇を尖らせるようにすると、言われた通りに舌を出したフユトを、宥めるようにキスして来る。

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