Abyss-4

文字数 1,238文字

 それは、或いは、自浄作用と呼ぶのが正しいのかも知れない。

 体内で悪性化した細胞に免疫が過剰反応するように、組織の中で癌だと判断された人間は、早々に処断される。これまでなら、計画が綿密に組まれた同士討ちがその役割を果たしていたが、結果は計画通りとはいかないし、非効率過ぎる。悪性細胞を可能な限り、早々に取り除かなければ転移して、病状はより悪化してしまうから。

 路地に潜んだフユトは、その気配が近づくのを待っていた。三人ほど連れ立った足音だけに集中し、他の音は意識的に切り捨てる。酔いが回った声で何事か歓談しながら、三人連れが近づいてくる。足音のリズムと呼吸を合わせ、タイミングを測ったフユトは路地から出ると同時、通りの壁際を歩いていた男の右腿から膝頭にかけてをサバイバルナイフで突き刺し、動きを封じる。

 不意打ちながら、それに対応する銃声がした。腰に携帯した小銃を咄嗟に抜いた一人がいる。フユトが屈まなければ確実に頭を負傷させたであろう弾道に、場馴れしていても心臓が冷えたが、間もなく消音器で抑制された発砲音を聴覚が捉え、声もなく残りの二人が倒れたので、大きく吐息をつく。フユトが足を突き刺して崩折れた男に目をやった瞬間、

「遅い」

 その額に迷わず穴を開けた男の声がした。

「この程度なら五分もかけるな」

 フユトに並び立ち、頭をやられて再起不能であろう男へ、更に二、三発撃ち込みながら、無慈悲なシギが告げる。

「お前の反射神経と同じじゃねーんだよ……」

 散々言われ続けてきた小言に、フユトがうんざりしながら頭を搔くのを横目で認めて、

「──……ッぶねぇ……」

 消音器付きの銃身と、血塗れの刃が噛み合った。殺されることはないと許した間合いで、シギの左腕は容赦なく、フユトのこめかみに銃口を突きつけようとしたのだ。間一髪、死体の足から引き抜いていたナイフで防御したものの、シギの目はフユトではなく、足下に転がる三つの骸に向けられている。

「こういう時に俺で遊ぶな」

 抗議するフユトに、

「間合いも手順も考える時間はない、反撃される隙を作るな」

 シギはナイフで押し返された銃身を下ろし、フユトを真顔で横目に見たまま答える。

 この男に、多勢に無勢なんて言葉は通用しない。毒や薬に煙幕、地雷、手榴弾に閃光弾、使えるものは何でも使って、子飼いの集団を葬って来たのだ。銃や刃物だけでなく、時に暗器すら使いこなし、鉛や鉄板を仕込んだ靴で頭をかち割りさえする。騎士道なんて綺麗事は通用しない。自分ただ一人が生き残るための戦術を組む。

 だから、フユトは不安になった。隣に立つ男が、

のではないかと。全てに倦んで、飽いてしまったから、投げ出そうとしているのではないかと。こうしてフユトを信頼するフリで手の内を明かし、本当は、すぐにでも殺して欲しいのではないかと。

「……シギ、」

 思わず名前を呼んで、振り向いたシギはやはり、真顔だった。

「どこにも逝くなよ」

 そうは聞こえないように、フユトは縋った。
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