3:00 a.m.

文字数 1,156文字

 気に入られた理由が、フユトには未だにわからなかった。

 濃く淹れた珈琲を眠気覚ましに飲みながら、フユトは執務机でルーティンをこなすシギを盗み見る。

 知り合ってから十年、

なってから四年。廃墟群でいつ死ぬとも知れなかった孤児の双子をハウンドに取り立て、それを生業にできるよう仕込んだのは他ならぬ、大組織の総帥その人だ。表の顔は大財閥のトップ、更にもう一つ情報屋【蛇】の貌を持ち、多忙を極めながらも余暇の全てを双子の片割れに注ぐ、青黒い髪の男。

 返すべき恩があるのはこちらなのに、最近はその隙すら作らないほどベタベタに甘やかされるので、フユトも流されるままにすることにしたが、たまにふと、どうしても聞きたくて仕方なくなる。

 ──何でそんなに俺がいい訳?

 何度か、言葉にしかかったことがある。

 意地っ張りだし可愛げもないし、悪態をつくのはもちろん、首根っこを押さえられれば押さえられるだけ反発する、悪たれの子どもと変わらない。フユトの片割れであるシュントなら、かつて男娼の経験があるぶん従順で可愛げだってあるし、シギを尊敬して立てられるのに。

 キーボードのタイプ音を聞くともなしに聞きながら、フユトはもう一度、苦い珈琲を口にする。

 もちろん、最初からこんな関係だったわけではない。知り合った当初、シギはシュントの顧客だったし、廃墟群を出てシギの子飼いになってからも兄と

していたのは知っている。どちらかと言えば、フユトはシギと会うたびに喧嘩を吹っ掛けてはいなされるような、水と油の状態だったし、男娼を辞めたはずのシュントが誰と頻繁に会って何をしているかくらい、知らないでいられるほど、フユトだって鈍感ではなかった。

 それはもしかすると、本当は兄に嫉妬していたのかも知れない。同じ組織に属する同業者が、駆け出しの双子を敵視するのと同じように、あの男と会っている時間が許せなかった。当時のフユトは兄を独占して束縛したかったからシギを憎んでいると思っていたが、あとから思えば、それは逆なのかも知れない。二人の関係が続いていたからシギが兄ばかりを取り立てているようで、おもしろくなかった。そちらが真実のような気がする。

 だって、シュントとフユトは双子なのだ。同じ顔した片割れがシギをどう見つめているかなんて、聞かなくてもわかるくらいは傍にいた。フユトはシュントを檻に閉じ込めて監禁したいくらい心配していたが、シュントの目は常に、圧倒的強者に惹かれていた。

 そんな双子が同士討ちに遭ってシュントが引退に追い込まれ、体を壊して街を出てからフユトが荒れたのも、兄を大事に思いすぎているからだと、兄弟を超えた思いを持ってしまっているからだと、フユトはずっと思っていた。その部分は確かにあったが、果たしてそんなに単純だったろうか。
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