きみは美しかった-4

文字数 757文字

 ヌエに執着する人間が、ヌエに執着することでしか生きられない生き物が、どんな形であれ、この世界に存在し、ヌエだけを見つめて、ヌエだけを敬って、指図なしには息もできないよう、仕込んでしまいたかった。本当は。

 遺体袋の永遠の寝顔を撫で、袋を閉じ、ヌエは立ち尽くす。

 母の顔など覚えていない。あれはヌエを産む道具だったから、役目が終われば屠殺された。家畜のように。父とは親子であっても淡白な繋がりで、仕事上の上司と部下のような、ビジネスに始まりビジネスに終わる、そんな間柄だった。誰もヌエに執着しなかった。生きていても興味がなく、死んでしまっても哀しみさえしない。そのうち、空っぽの抜け殻だった従兄でさえ、やがて自我を得て、ヌエを追い越して行ってしまった。

 だから、ナマモノは嫌だ。ころころと変わっていってしまって、欠陥品のヌエなど気にも留めない。ヌエの嫌悪の端緒で、根源。

「君ほどの傑作はなかったのに、」

 そんなナマモノの中でも、ヌエに寄り添い続けた少年の中に、どんな思いや葛藤や苦痛があったかなど、ヌエの知るところではない。ただ、いつの間に、ヌエが願ったものを与え、充たしてくれていたことだけを、急速に理解する。

「勝手に壊れていくから、ナマモノは嫌なんだ」

 ヌエは呟いて、自嘲した。

 だからこれで永遠だ。この少年が傍らにいなくとも、地下で朽ち果てるまで眠っていてくれる。そこに意志や執着はない。遺体として安置されているだけのことだ。それで良かった。それだけで良かった。それだけが不変の事実であれば、体温がなくても、鼓動がなくても、目を開けなくても、ヌエにはもう、欠損はない。

 満ち足りていた。酷く満ち足りていた。これでやっと、いつでも、明日にでも、



 夜に閉ざされた廃墟は闇に沈み、どこまでも昏かった。







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