劇薬につき
文字数 1,398文字
その悲鳴は断末魔に似ていた。シュントを初めて暴いたときに聞いた、命乞いが叶わぬ人間の絶望と同じ色を含んだ、慟哭。
ぞくりとした。決して憐れまない冷徹な自分に、ではなく、絶望の果てを知ってしまった瞳に。現実逃避して、何も見ようとしない虚ろな双眸に。その目が否応なく、自分しか見なくなることに安堵した。安堵していた。のに、実の兄は傍から消えた。幾多の不安な夜の中で置き去りにして来たから、それだけは決してしないと言っていたのにも関わらず。
どうして、誰も、わかってくれない。
背中を刺されたシギの件で報復を主張すれば、放っておけと言われた。あの看護師には思い知らせてやらないと気が済まない、そう言った言葉は受け入れられず、シギはフユトを見もせずに、
「あれは俺より厄介だから関わるな」
淡々と告げただけだった。
闇医者はシギの従兄だけあって、子飼いの双子より付き合いが長いから、シギはきっと、その性分を否というほど知っている。知っているからドライに対応している。頭で割り切ってはいても、フユトには納得がいかない。
以前、一対集団のトラブルにフユトが巻き込まれたとき、シギがすぐさま動いたように、フユトだってまた、その借りを返したいと思うことのどこに、問題があるのか。闇医者の性質を一から十まで説明されたとて、きっとフユトは納得しない、納得できない。
機嫌が悪かった。思い通りに行動できない憂さと、体に充ち満ちて発散を待っている衝動的な暴力の塊を持て余し、自分でもどうしたらいいのかわからないくらい、本当に機嫌が悪かった。
その日、閑散とした路上で、互いに顔と名前をどこかで見聞きして知っている程度の同業者とすれ違った。顔見知りでもない間柄だから、道を空けろとか、挨拶しろとか、そんなことを求めるつもりはなかった。しかし、すれ違った瞬間、癇に障った。何がどう、と言葉では言えない、何かに触発されたのだ。
「……おい、」
すぐに足を止めて声を上げた。向こうは向こうで因縁をつけられる意味がわからないだろうから、怪訝で剣呑な眼差しが振り向いた。バチ、と視線が不穏に噛み合ったのは一瞬で、フユトの次の挙動は早かった。
刺されるとか斬られるとか、撃たれるとか、反撃される懸念は一切なかった。何の迷いも躊躇いもないフユトの利き手が相手の髪を掴み、何をされるか読めずに混乱する相手の鼻中隔めがけて膝を入れる。鼻が折れ、歯が折れて、鼻血を噴き出しながら呻き、膝を折りかけた男の腹部を爪先で強襲する。
ゾクッとした。恍惚を伴う陶酔と、アドレナリン全開の興奮と。男が反撃すら出来ず、一方的で理由なき暴力に無様を晒す姿に、感覚の全てが歓喜する。ともすれば、性交時の絶頂にも似た、或いはそれより極まる感覚に、自然と口角が上がる。脳裏が白く染まっていく。
「──……それで、」
シギの声がいつになく低い。出会ってからこの方、聞いたこともない声音だ。しかし、シギに表情はなく、瞳も澱んだまま凪いでいる。なのにフユトは何も言えない。
「何人殺した、と」
シギの居城へ、仕事の報告をするときのように呼び出された。執務机に向かうシギに会うのは十数日ぶりだった。普段から表情に乏しい顔が分厚い鉄仮面をかぶったように無表情で、シギの考えも感情も読めない。嗚呼、この男が憤怒に染まっているのだと直感して、フユトはシギを正面から見ることができない。
ぞくりとした。決して憐れまない冷徹な自分に、ではなく、絶望の果てを知ってしまった瞳に。現実逃避して、何も見ようとしない虚ろな双眸に。その目が否応なく、自分しか見なくなることに安堵した。安堵していた。のに、実の兄は傍から消えた。幾多の不安な夜の中で置き去りにして来たから、それだけは決してしないと言っていたのにも関わらず。
どうして、誰も、わかってくれない。
背中を刺されたシギの件で報復を主張すれば、放っておけと言われた。あの看護師には思い知らせてやらないと気が済まない、そう言った言葉は受け入れられず、シギはフユトを見もせずに、
「あれは俺より厄介だから関わるな」
淡々と告げただけだった。
闇医者はシギの従兄だけあって、子飼いの双子より付き合いが長いから、シギはきっと、その性分を否というほど知っている。知っているからドライに対応している。頭で割り切ってはいても、フユトには納得がいかない。
以前、一対集団のトラブルにフユトが巻き込まれたとき、シギがすぐさま動いたように、フユトだってまた、その借りを返したいと思うことのどこに、問題があるのか。闇医者の性質を一から十まで説明されたとて、きっとフユトは納得しない、納得できない。
機嫌が悪かった。思い通りに行動できない憂さと、体に充ち満ちて発散を待っている衝動的な暴力の塊を持て余し、自分でもどうしたらいいのかわからないくらい、本当に機嫌が悪かった。
その日、閑散とした路上で、互いに顔と名前をどこかで見聞きして知っている程度の同業者とすれ違った。顔見知りでもない間柄だから、道を空けろとか、挨拶しろとか、そんなことを求めるつもりはなかった。しかし、すれ違った瞬間、癇に障った。何がどう、と言葉では言えない、何かに触発されたのだ。
「……おい、」
すぐに足を止めて声を上げた。向こうは向こうで因縁をつけられる意味がわからないだろうから、怪訝で剣呑な眼差しが振り向いた。バチ、と視線が不穏に噛み合ったのは一瞬で、フユトの次の挙動は早かった。
刺されるとか斬られるとか、撃たれるとか、反撃される懸念は一切なかった。何の迷いも躊躇いもないフユトの利き手が相手の髪を掴み、何をされるか読めずに混乱する相手の鼻中隔めがけて膝を入れる。鼻が折れ、歯が折れて、鼻血を噴き出しながら呻き、膝を折りかけた男の腹部を爪先で強襲する。
ゾクッとした。恍惚を伴う陶酔と、アドレナリン全開の興奮と。男が反撃すら出来ず、一方的で理由なき暴力に無様を晒す姿に、感覚の全てが歓喜する。ともすれば、性交時の絶頂にも似た、或いはそれより極まる感覚に、自然と口角が上がる。脳裏が白く染まっていく。
「──……それで、」
シギの声がいつになく低い。出会ってからこの方、聞いたこともない声音だ。しかし、シギに表情はなく、瞳も澱んだまま凪いでいる。なのにフユトは何も言えない。
「何人殺した、と」
シギの居城へ、仕事の報告をするときのように呼び出された。執務机に向かうシギに会うのは十数日ぶりだった。普段から表情に乏しい顔が分厚い鉄仮面をかぶったように無表情で、シギの考えも感情も読めない。嗚呼、この男が憤怒に染まっているのだと直感して、フユトはシギを正面から見ることができない。
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