第38話:プラド美術館

文字数 1,829文字

 翌朝4月20日、8時にホテルを出てマドリードの玄関口の一つアトーチャ駅を出た先に別名・美術館通りと呼ばれるパセオ・デル・プラドがある。わずか1キロの範囲内に7つの美術館や博物館があり、その1つがプラド美術館。ここはスペイン絵画の宝庫、スペイン王家の美術コレクションを母体として絵画、彫刻あわせて9千点以上に及ぶ世界的にみても質の高さを誇ったスペインを代表する美術館。

 プラド美術館、一般客は東側にあるヘロニモスの扉から入場。入場時に荷物のX線検査と金属探知機の検査がある。館内には大きなの荷物を持ち込め亡い。オーディオガイドは1階のカウンターでは音声ガイドを貸し出してて1台4ユーロ、日本語版ガイドもある。ミュージアムショップとカフェは1階には美術館公式グッズや書籍などを扱うミュージアムショップとカフェ・レストランがある。

 営業時間は閉館の30分前19時半まで。プラド美術館内では、写真や動画の撮影が一切禁止。展示されている巨匠作品の中でもベラスケスの「ラス・メニーナス」、ゴヤの「着衣のマハ」「裸のマハ」、エル・グレコの「胸に手を置く騎士」は絶対に見逃せない程、素晴らしい作品だ。特に、ディエゴ・ベラスケス、ラス・メニーナス「女官たち」、ベラスケスの最高傑作。

 プラド美術館を代表する作品。中央のマルガリータ王女は明るく、奥の登場人物は暗い色彩で描かれています。光の明度によって遠近感が表現されているため、ベラスケス・マジックとも言われています。美術や絵画に感心ない方も『ラス・メニーナス』の絵画鑑賞は非常に謎めいた絵なので十分楽しめる。「ラス・メニーナス」は、いろんなの見方のできるの謎めいた刺激的な絵画。

 当時、画家の職業は高くなく、それでも高い地位を望んだ宮廷画家、ベラスケスは何とか、高い地位を得ようと何度も試みる野心家だった。この「ラス・メニーナス」の中に、ベラスケス本人が描かれていて、彼の自己顕示欲を描写した絵画という見方もある。この「ラス・メニーナス」の絵画だけを一生かけて研究している研究家もいる程この絵画は謎に包まれている。

 フランシスコ・デ・ゴヤ「着衣のマハ」「裸のマハ」。ゴヤの最高傑作と言われるのが、こちらの二作品。同じポーズの女性を描いた珍しい作品で、こうして同時に見比べられるのはさすがプラド美術館といったところ。ゴヤの絵画『裸のマハ』と『着衣のマハ』も。また「どこかで見たことあるある」と思われる方も多い有名な絵画だ。

 しかし美の象徴として、よく描かれた裸体のヴィーナスとは、うってかわり性的な魅力をかもし出す鑑賞者を挑発する裸体画だった。こういった女性の肖像画は当時タブーで、この絵が発見された時は大問題になっ。これは、絵画史上始めて描かれたもので宗教裁判所の調査の対象にもなっった位の作品。いったい誰が依頼したのか、何が目的で描かれたものなのか、これまた、とても謎に包まれている。

 最後にエル・グレコ、いたことあると言う人も多いはず。宮廷画家候補でギリシャからやってきたエル・グレコ。しかし、これは名前ではなくスペイン語で「ギリシャ人」という意味。本名はドメニコス・テオトコプーロス。彼の絵画を見るとベラスケスやゴヤのような宮廷画家たちが描いた絵画とは違い、色合いも青なのか紫なのかそれともグレーなのか良くわからない。

 描かれた人間は皆、細長くてねじれてるみたいで個性的と言うよりも風変わりだ。そんな個性的なエル・グレコの絵画は、その当時の国王フェリペ2世もお気に召さず宮廷画家としての道を歩めなかった、彼はトレドで肖像画を描きながら生涯を送った。そんな理由からトレドではエル・グレコの傑作と言われる『オルガス伯爵の埋葬』「サント・トメ教会」や彼の描いた多くの肖像画を見ることができる。

 当時あまりウケなかったエル・グレコの描いたスタイルはその後、何世紀も経た後スペインを代表する有名な画家、若きパブロ・ピカソが活躍するモデルニスモの時代になって再評価された。エル・グレコのなんだか変な色使いとくねくねした個性的な感じは、近代になって大活躍するピカソやダリのシュールレアリスムのはしりともいえる。

 当時としてはあまりにもモダンすぎた個性的な世界観だった。そんな個性的でドラマチックな画家たちが描いたスペインアートプラド美術館で、長時間をかけて楽しむと良い。そして、1日かけてプラド美術館を楽しんでしてホテルに戻った。
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