- 027 ヴルトゥーム(4) -
文字数 3,541文字
海岸から移動して、腕を組んだまま二人はハフメナの街に来た。多少さびれてはいる街であったが、レストランは一軒店を開いていた。高校生でも入れそうな雰囲気で、二人は迷わずにその店へ入ることにした。
「ギルマンハウス……」
ミラが言った。
「あまり、いい名前ではないけど、他に店もなさそうだし……」
エイジがそう言いかけると、
「いるわね」
ミラが呟いた。ヴルトゥームの力を使って店の中を覗いたようだった。
「え? 何がです?」
「見えるわ。あの三兄弟の中の一人がいる」
「なんですって? 三人の内の誰です?」
「チャウグナー・フォーン、……ね。象さんの。でも、今は、人間体よ。そうだ、エイジくん、何か変装できるもの持ってる?」
「いえ」
「それじゃ、小さいかもしれないけど、私のサングラスを貸してあげるわ」
そう言って、ミラはハンドバッグからサングラスを取り出して、エイジにかけた。
「ふふ。エイジくん、かわいい。女物だものね。でも、似合うわよ」
「敵がいるとわかって、店に入るんですか?」
サングラスをしたエイジが言った。
「そうよ。これも策敵の仕事だもの」
「ミラ先輩は、変装しないのですか?」
「ちょっと帽子を深めにかぶるわね」
ドリームランドにかぶって行った、あのかわいらしい帽子とは別の、これまたかわいらしい帽子であった。
ミラはいつものおどおどした様子はなく、逆に何かうきうきした様子で、チャンスをものにしたがっていた。
エイジは、こんな変装でバレるのではないかと、心配だった。それに象の化け物は、自分達を見ているが、少なくともエイジは象の化け物の人間体を見たことがない。それから、ヴルトゥームには決定的な攻撃技がない。相手を翻弄するだけだ。
「行くわよ」
「本当に大丈夫ですか、ミラ先輩」
「私を信じなさいって、ふふふ」
信じたいのですが、とエイジが言おうとしたら、ミラは店の扉を開けてしまった。二人は入口の中に入った。エイジは、念のため、まだ扉は開けたままにしていた。
店の中は薄暗く、魚臭い匂いが立ち込めていた。
テーブルや椅子は、どこか古ぼけていて、少し汚らしくも感じられた。中を見ると、およそ、デートで入るような店ではないことがわかった。客は数人しかおらず、カウンタ越しには誰も見えなかった。おそらく店員は店の奥にでも引っ込んでいるのだろうか。
「どいつが象ですか?」
エイジは、ミラに小声で尋ねた。
「さっき見た時は、店員の恰好をしていたのだけど。……店の奥にでも行ったのかしら」
だが、よく見ると、店の客は皆異様な雰囲気を漂わせている。全員、頭は禿げあがっていて、頭の中央に一応に縦筋の突起が見える。背は丸く屈めていて、頭をあげようとしない。食べているものは、ぴちゃぴちゃとはねるまだ生きた魚。刺身になっているわけではない。そのまま、陸に上げられて弱った魚である。それが皿の上にのっている。
「変ねぇ。さっき見た時は、客は誰もいなかったのに……」
と、今度は、店の扉がばたんと閉まった。エイジは怖くなって振り返り、扉を開けようとした。が、開かない。どんなに力を入れても開かなかった。
すると、突然、一番奥にいた客が、背は丸く屈めたまま、後ろ向きに立ち上がって、こう言った。
「みりにぐり」
すると、今度は、客の全員が立ち上がった。暗くてわからなかったが、店の中には四人ほどいたようだ。
「みりにぐり」
客の全員が、やはりそう言った。背は一様に低く、顔はよく見えなかったが、どうやら目玉が飛び出しており、口が異様に横に大きく広がっていて、皮膚は浅黒くぬめぬめとしていた。まるで両生類のようである。
「こいつら、おかしいよ、ミラ先輩」
エイジがそう言うと、ミラは急に怖気づいたのか、パニックになってしまった。
やっぱり、ミラには無理だったようだ。仕方ない、なんとかするか、とエイジは考えた。こんなカエル人間ども、蹴散らしてやる!
そいつらは両手を上げると、二人に襲いかかってきた。
ミラはがたがた震えて、エイジの背に隠れてしがみついている。ヤリズレエ!
エイジは、近くにあった椅子を持ち上げると、やたらと振り回した。カエル人間達は、一瞬たじろぎ、後ろへ下がった。
「エルディリオン神族よ、俺に力を与えろ」
エイジは、そう叫んだ。
が、何も起こらない。
肝心な時に、役に立たないなんて。仕方ないので、椅子を振り回し続けた。
「こいつらめ!」
だが、客の一人は、エイジが振り回していた椅子の足を掴んでしまった。椅子はそいつに取られてしまい、今度は、逆にエイジに椅子が襲いかかってきた。
「ちきしょう」
エイジは、椅子を取り上げたその男に蹴りを入れた。男は、後ろへ吹っ飛び、テーブルの上に横倒しになった。
「ざまぁみろ」
だが、残り三人にエイジとミラは詰め寄られてしまった。
男の一人がエイジの腹を殴ってきた。凄い力だった。エイジはよろけたが、なんとか耐えて、そのまま立ち続けた。だが、これはヤツの本気ではないだろう。試し打ちにちがいない。
「エイジくん、かがんで!」
ミラは、突然、背中の後ろで叫び、エイジの肩を下方向に押した。
エイジは為す術もなく、言われたとおりに、屈んだ。
と、見る間にミラの背から翼のようなものが伸びて、一瞬で二人を球状に覆った。
「翼に見えるけど、これはヴルトゥームの殻よ。『ラヴォルモスの楯』って言うの。しばらくこの中でしのげるわ」
エイジは、ミラに向き合って抱きかかえられるような恰好になった。二人の顔は近くて、息がかかり合った。そして、その殻の中は、キラキラ輝いていた。こんな時に不謹慎だったが、ミラの笑顔が眩しかった。そして狭い中にミラと密着できているのも、何か嬉しかった。だが、エイジは少し恥ずかしかった。
カエル人間達は、ぼこぼことそのラヴォルモスの楯に殴ったり、椅子をぶつけたりしていた。
「これは、ミラ先輩の一部なのですか?」
「ええ」
「痛くないですか?」
「痛くないわ。平気よ。これは、炎でもダイアモンドのカッターでも打ち破ることはできないの。これを打ち破るのは、グロースの微笑しかないわ。ふふ」
「それより、この状況をどうやって乗り越えるか、考えましょう」
「エイジくんの力を使えばいいわ」
「さっき、試したけど、できませんでした」
「それじゃ、これを試してみましょう」
「何です?」
「おまじない。私を守って、エルディリオン神族さん」
そう言って、ミラはエイジに口づけした。
エイジは、その瞬間に、力がみなぎってきた。
ああ、エルディリオン神族はなんて単純なんだ、と思った途端、エイジはこう口走っっていた。
「美しいヴルトゥームよ。我をここから出せ。おまえの美しい翼を傷つけたくはない」
エイジは意識はあるのだが、なぜか力任せに言動してしまうようだった。
「はいはい、エルディリオン神族さん」
すると、ヴルトゥームの殻、ラヴォルモスの楯は、消えた。
取り囲んでいたカエル人間の中に、エイジは立ち上がった。
「ミリニグリども。おまえ達の主人はどこへ行った?」
「みりにぐり」
どうやら、カエル人間は、まともな会話はできないらしい。
「失せろ」
エイジはそう言うと、カエル人間をガっと睨みつけた。すると、カエル人間達は全員倒れ伏してしまった。
「出てこい、チャウグナー・フォーン!」
すると、倒れたカエル人間はでろでろと溶け出し、粘液の塊のようになった。すると、その塊がずるずると一つにまとまりだした。やがて、一つにまとまった粘液の塊は、徐々に象のような形に変わっていきだした。
「ミリニグリどもが、チャウグナー・フォーンだったのか」
「何をしにここへ来た?」
チャウグナー・フォーンが言った。
「おまえこそ、ここで何をしているのだ?」
エイジが言った。
「俺は、ここでバイトをしているにすぎない」
「バイト?」エイジは、くすくすと笑いだした。「笑わせるな」
「本当だ。船の食糧も尽きたし、森の中にいても、食い物にはありつけないからな」
「他の二人も一緒なのか?」
「いや、教えるものか。おまえ等はこれでも喰らえ」
そう言って、チャウグナー・フォーンは、長い鼻をエイジに振りおろした。エイジは、その衝撃を避けるため、咄嗟に近くの椅子を楯にして防いだ。
次の瞬間、椅子がばらっと壊れて、破片が飛び散った。破片を被らないようにエイジが目を閉じた瞬間、チャウグナー・フォーンの姿は消えた。
「逃げやがった」
今度はいとも簡単に店の扉を開けると、エイジは店の外に飛び出した。
「もう、いないか。逃げ足は速いな」
エイジは、すぅーと力が抜けてその場にへたり込んだ。
どうやら、エルディリオン神族の力が抜けたらしい。
と、ミラが店から出てきた。
「ギルマンハウス……」
ミラが言った。
「あまり、いい名前ではないけど、他に店もなさそうだし……」
エイジがそう言いかけると、
「いるわね」
ミラが呟いた。ヴルトゥームの力を使って店の中を覗いたようだった。
「え? 何がです?」
「見えるわ。あの三兄弟の中の一人がいる」
「なんですって? 三人の内の誰です?」
「チャウグナー・フォーン、……ね。象さんの。でも、今は、人間体よ。そうだ、エイジくん、何か変装できるもの持ってる?」
「いえ」
「それじゃ、小さいかもしれないけど、私のサングラスを貸してあげるわ」
そう言って、ミラはハンドバッグからサングラスを取り出して、エイジにかけた。
「ふふ。エイジくん、かわいい。女物だものね。でも、似合うわよ」
「敵がいるとわかって、店に入るんですか?」
サングラスをしたエイジが言った。
「そうよ。これも策敵の仕事だもの」
「ミラ先輩は、変装しないのですか?」
「ちょっと帽子を深めにかぶるわね」
ドリームランドにかぶって行った、あのかわいらしい帽子とは別の、これまたかわいらしい帽子であった。
ミラはいつものおどおどした様子はなく、逆に何かうきうきした様子で、チャンスをものにしたがっていた。
エイジは、こんな変装でバレるのではないかと、心配だった。それに象の化け物は、自分達を見ているが、少なくともエイジは象の化け物の人間体を見たことがない。それから、ヴルトゥームには決定的な攻撃技がない。相手を翻弄するだけだ。
「行くわよ」
「本当に大丈夫ですか、ミラ先輩」
「私を信じなさいって、ふふふ」
信じたいのですが、とエイジが言おうとしたら、ミラは店の扉を開けてしまった。二人は入口の中に入った。エイジは、念のため、まだ扉は開けたままにしていた。
店の中は薄暗く、魚臭い匂いが立ち込めていた。
テーブルや椅子は、どこか古ぼけていて、少し汚らしくも感じられた。中を見ると、およそ、デートで入るような店ではないことがわかった。客は数人しかおらず、カウンタ越しには誰も見えなかった。おそらく店員は店の奥にでも引っ込んでいるのだろうか。
「どいつが象ですか?」
エイジは、ミラに小声で尋ねた。
「さっき見た時は、店員の恰好をしていたのだけど。……店の奥にでも行ったのかしら」
だが、よく見ると、店の客は皆異様な雰囲気を漂わせている。全員、頭は禿げあがっていて、頭の中央に一応に縦筋の突起が見える。背は丸く屈めていて、頭をあげようとしない。食べているものは、ぴちゃぴちゃとはねるまだ生きた魚。刺身になっているわけではない。そのまま、陸に上げられて弱った魚である。それが皿の上にのっている。
「変ねぇ。さっき見た時は、客は誰もいなかったのに……」
と、今度は、店の扉がばたんと閉まった。エイジは怖くなって振り返り、扉を開けようとした。が、開かない。どんなに力を入れても開かなかった。
すると、突然、一番奥にいた客が、背は丸く屈めたまま、後ろ向きに立ち上がって、こう言った。
「みりにぐり」
すると、今度は、客の全員が立ち上がった。暗くてわからなかったが、店の中には四人ほどいたようだ。
「みりにぐり」
客の全員が、やはりそう言った。背は一様に低く、顔はよく見えなかったが、どうやら目玉が飛び出しており、口が異様に横に大きく広がっていて、皮膚は浅黒くぬめぬめとしていた。まるで両生類のようである。
「こいつら、おかしいよ、ミラ先輩」
エイジがそう言うと、ミラは急に怖気づいたのか、パニックになってしまった。
やっぱり、ミラには無理だったようだ。仕方ない、なんとかするか、とエイジは考えた。こんなカエル人間ども、蹴散らしてやる!
そいつらは両手を上げると、二人に襲いかかってきた。
ミラはがたがた震えて、エイジの背に隠れてしがみついている。ヤリズレエ!
エイジは、近くにあった椅子を持ち上げると、やたらと振り回した。カエル人間達は、一瞬たじろぎ、後ろへ下がった。
「エルディリオン神族よ、俺に力を与えろ」
エイジは、そう叫んだ。
が、何も起こらない。
肝心な時に、役に立たないなんて。仕方ないので、椅子を振り回し続けた。
「こいつらめ!」
だが、客の一人は、エイジが振り回していた椅子の足を掴んでしまった。椅子はそいつに取られてしまい、今度は、逆にエイジに椅子が襲いかかってきた。
「ちきしょう」
エイジは、椅子を取り上げたその男に蹴りを入れた。男は、後ろへ吹っ飛び、テーブルの上に横倒しになった。
「ざまぁみろ」
だが、残り三人にエイジとミラは詰め寄られてしまった。
男の一人がエイジの腹を殴ってきた。凄い力だった。エイジはよろけたが、なんとか耐えて、そのまま立ち続けた。だが、これはヤツの本気ではないだろう。試し打ちにちがいない。
「エイジくん、かがんで!」
ミラは、突然、背中の後ろで叫び、エイジの肩を下方向に押した。
エイジは為す術もなく、言われたとおりに、屈んだ。
と、見る間にミラの背から翼のようなものが伸びて、一瞬で二人を球状に覆った。
「翼に見えるけど、これはヴルトゥームの殻よ。『ラヴォルモスの楯』って言うの。しばらくこの中でしのげるわ」
エイジは、ミラに向き合って抱きかかえられるような恰好になった。二人の顔は近くて、息がかかり合った。そして、その殻の中は、キラキラ輝いていた。こんな時に不謹慎だったが、ミラの笑顔が眩しかった。そして狭い中にミラと密着できているのも、何か嬉しかった。だが、エイジは少し恥ずかしかった。
カエル人間達は、ぼこぼことそのラヴォルモスの楯に殴ったり、椅子をぶつけたりしていた。
「これは、ミラ先輩の一部なのですか?」
「ええ」
「痛くないですか?」
「痛くないわ。平気よ。これは、炎でもダイアモンドのカッターでも打ち破ることはできないの。これを打ち破るのは、グロースの微笑しかないわ。ふふ」
「それより、この状況をどうやって乗り越えるか、考えましょう」
「エイジくんの力を使えばいいわ」
「さっき、試したけど、できませんでした」
「それじゃ、これを試してみましょう」
「何です?」
「おまじない。私を守って、エルディリオン神族さん」
そう言って、ミラはエイジに口づけした。
エイジは、その瞬間に、力がみなぎってきた。
ああ、エルディリオン神族はなんて単純なんだ、と思った途端、エイジはこう口走っっていた。
「美しいヴルトゥームよ。我をここから出せ。おまえの美しい翼を傷つけたくはない」
エイジは意識はあるのだが、なぜか力任せに言動してしまうようだった。
「はいはい、エルディリオン神族さん」
すると、ヴルトゥームの殻、ラヴォルモスの楯は、消えた。
取り囲んでいたカエル人間の中に、エイジは立ち上がった。
「ミリニグリども。おまえ達の主人はどこへ行った?」
「みりにぐり」
どうやら、カエル人間は、まともな会話はできないらしい。
「失せろ」
エイジはそう言うと、カエル人間をガっと睨みつけた。すると、カエル人間達は全員倒れ伏してしまった。
「出てこい、チャウグナー・フォーン!」
すると、倒れたカエル人間はでろでろと溶け出し、粘液の塊のようになった。すると、その塊がずるずると一つにまとまりだした。やがて、一つにまとまった粘液の塊は、徐々に象のような形に変わっていきだした。
「ミリニグリどもが、チャウグナー・フォーンだったのか」
「何をしにここへ来た?」
チャウグナー・フォーンが言った。
「おまえこそ、ここで何をしているのだ?」
エイジが言った。
「俺は、ここでバイトをしているにすぎない」
「バイト?」エイジは、くすくすと笑いだした。「笑わせるな」
「本当だ。船の食糧も尽きたし、森の中にいても、食い物にはありつけないからな」
「他の二人も一緒なのか?」
「いや、教えるものか。おまえ等はこれでも喰らえ」
そう言って、チャウグナー・フォーンは、長い鼻をエイジに振りおろした。エイジは、その衝撃を避けるため、咄嗟に近くの椅子を楯にして防いだ。
次の瞬間、椅子がばらっと壊れて、破片が飛び散った。破片を被らないようにエイジが目を閉じた瞬間、チャウグナー・フォーンの姿は消えた。
「逃げやがった」
今度はいとも簡単に店の扉を開けると、エイジは店の外に飛び出した。
「もう、いないか。逃げ足は速いな」
エイジは、すぅーと力が抜けてその場にへたり込んだ。
どうやら、エルディリオン神族の力が抜けたらしい。
と、ミラが店から出てきた。