- 022 ロックウッド家(3) -
文字数 2,732文字
その日の部活が終わると、エイジはエレナとジェシカとともに家路についたが、ジェシカにはまだ知られてはいけないものと思い、昨晩の父とエレナのやり取りは言い出せなかった。また、今日のランニング中にアリシアが泣いてしまったことも言えなかった。
家に着いてジェシカと別れると、エレナと家に入ったエイジは、玄関で休暇中の父に出迎えられた。
「お帰り。待っていたよ」
エイジには、いつもの優しい父に見えた。
エレナもエイジもただいまと言って、家の中に入ったが、エイジはそのまま自分の部屋へ直行してしまった。それを見てエレナは、エイジに呼びかけて、弟の部屋のドアをノックした。
「入っていいよ」
意外にもエイジはそんなに感情的にはなっていないようだった。
「昨日の続きをするのかい?」
エイジは言った。
「ええ。その前に、まずは、二つお礼を言うわ。ここへ入れてくれたこと、それから、ジェシカの前で何も言わなかったこと」
「実を言うと、昨日の晩のように感情的にはなっていないさ。今日、アリシア先輩にも、少し訊いたんだ、軍と陰陽部のこと」
「そう。彼女、何て言ってたの?」
「陰陽部は、自分が平穏に暮らせるための居場所だって言ってた。軍とのことは、新入生には教えられないって。でも、アリシア先輩はそんなにイヤじゃないようだった。むしろ、姉貴の指導のおかげのように感じているみたいだった」
「アリシアが肯定的だったから、エイジも意見を変えたの?」
「うん。俺にとって、今は陰陽部の価値基準とかは、アリシア先輩がいないと判断できない。わからないことだらけだからね。だから、彼女が泣くようなことは、俺は認めない」
「そう、それならよかった。陰陽部と軍のことは軍の機密もあるから、まだ教えられないこともある。でも、協力関係にはあるの。私達は、軍にとって脅威となってはならないのよ。わかる?」
「ああ。だから、あの三兄弟みたいな輩を排除するのにも、我々の力が必要だってことを、見せるんだね」
「そうね。でも、三兄弟の件は、また別の理由なんだけど。だけど、エイジにはまだ教えられないこともある。それを不満に思う気持ちも理解できる。その上で、協力しろなんて、虫が良すぎるのだけども。……とにかく、理解を示してくれて、エイジには感謝するわ」
父がエイジの部屋に入ってきた。
「エイジ。父さんは、おまえ達を利用しようと企んでいるわけではない。父さんのかわいい子どもだしな。わかってほしい」
「わかってるよ、親父」
エイジは、いい笑顔で応えた。
「それじゃ、母さんも待ってるし、夕食にしよう」
それにしても、アリシアの過去には、何があったのだろう? 以前、エレナはアリシアが自殺しようとしていた、と言っていた。おそらく、そのことと何か関係があるのだろう。あの様子では、過去の件をまだ引きずっているのかもしれない。だが、自分は何もできない歯痒さがあった。
再び、夜。
母が寝た後、父、エレナ、エイジの三人は、また食卓の間に集まった。
「実は相談がある」父が言った。「ブライトン学園陰陽部の力を借りたい」
「力を借りる?」
すぐにエレナが聞き直した。
「軍は『黄色の印兄弟団』を生きたまま捕獲したいのだ」
あの三兄弟のことか、そう言えば変な名前を名乗っていたっけ、とエイジは思った。
「軍は三兄弟のことをどのくらい知っているの?」
「実は、あまり分かっていない。調査員達は、ことごとく彼等の犠牲になっている。分かっているのは、彼等が、おそらく連邦外の惑星から来訪した、ということだけだ。残念ながら、彼等の目的、出身、能力、何も分かっていない」
姉は、嬉しそうな顔をした。
「それなら、お役に立てますわ。彼等とは何度も接触していますし」
「そうか、協力してくれるか。だが、任務にあたるのは、私の部隊ではない。ラザフォード少佐が指揮を執るPS部隊だ」
そうなんだ。……せっかく父と一緒に仕事ができるかもしれない、と思ったのに、とエイジは少し残念に思った。
「それは以前父さんが設立された部隊でしたね……。確か、銀河星間連邦軍戦略機甲兵団特殊能力部隊、通称はサイキックソルジャー部隊でしたわね」
エレナはよく知っているとでもいうように、いやらしい笑みを浮かべて言った。
「よく覚えていたな」
父は娘が覚えていたことに驚いていたということを装っていたが、その実、何かに怯えるかのように頷いた。
「ロイガー、アトラック・ナチャ、チャウグナー・フォーン」
エレナが言った。
「ああ、あの三体の化け物の名前らしいな。何度聞いても、覚えられない名前だ」
「この三体が手に入れば、軍も新しい敵のことがわかるのではなくて? 父さん」
「新しい敵、か。おまえこそ、その敵のことをどこまで知っているのだ?」
「さぁ。何も知りません」
おそらく、姉は何かを知っているのに、とぼけているようだった。
「どうやら、敵はライノーサ星系よりも深宇宙から来ているようなのだ。学校で習ったと思うが、ライノーサの先はギャラクシア銀河の渦状腕の一つオリオン腕が途絶えていて、その先の射手腕まで9千光年もの間で星のほとんどない暗黒空間が広がっている。そのため、我が連邦は、まだこの先の宙域に進出できていない。おそらく、敵は射手腕より先の星から来ているものと推測している。『黄色の印兄弟団』を捕え、なんとしても新しい脅威に備えるのが、軍の使命だ」
エレナもエイジも力説する父の顔に男の顔を見た。
「そういうことなら、私とエイジをここまで育ててくれた恩に報いるためにも、がんばりますわ、父さん」
エレナは、エイジを見た。
「そうでしょう、エイジ。頑張りましょう」
「わかった。親父のためにも頑張るよ」
「だから、エルディリオン神族の力を何とか自分のものにするのよ。私も、もっと協力するわ」
「ところでさ、ジェシカは顕現したのかい?」
「ええ。もう立派なツァールの力を得たわ」
「そうなんだ。知らなかった。最近、ジェシカはあまり話してくれなくなってさ」
「エイジが冷たいからじゃないの? アリシアにばかり御執心なのはいいけど、エイジのことをきちんと見ていてくれてる人を大切にしなさいな」
「わかってるって。ところでツァールは、どんな力が使えるの?」
「あら、軍関係者がいる所で、我が部の秘密を漏らすわけにはいかないじゃない」
と、エレナはクスっと笑った。
「そのうち、エレナは軍からスカウトされるよ。父さんからも推薦しておこうか?」
と、父も笑った。
「まぁ、父さん、それは丁重にお断りするわ。だって、将来、私は童話作家になるのだから」
「えっ!」
父もエイジも凍りついた。
辛辣で意地悪な筋書きの童話ばかりじゃないだろうな、と二人は考えた。
家に着いてジェシカと別れると、エレナと家に入ったエイジは、玄関で休暇中の父に出迎えられた。
「お帰り。待っていたよ」
エイジには、いつもの優しい父に見えた。
エレナもエイジもただいまと言って、家の中に入ったが、エイジはそのまま自分の部屋へ直行してしまった。それを見てエレナは、エイジに呼びかけて、弟の部屋のドアをノックした。
「入っていいよ」
意外にもエイジはそんなに感情的にはなっていないようだった。
「昨日の続きをするのかい?」
エイジは言った。
「ええ。その前に、まずは、二つお礼を言うわ。ここへ入れてくれたこと、それから、ジェシカの前で何も言わなかったこと」
「実を言うと、昨日の晩のように感情的にはなっていないさ。今日、アリシア先輩にも、少し訊いたんだ、軍と陰陽部のこと」
「そう。彼女、何て言ってたの?」
「陰陽部は、自分が平穏に暮らせるための居場所だって言ってた。軍とのことは、新入生には教えられないって。でも、アリシア先輩はそんなにイヤじゃないようだった。むしろ、姉貴の指導のおかげのように感じているみたいだった」
「アリシアが肯定的だったから、エイジも意見を変えたの?」
「うん。俺にとって、今は陰陽部の価値基準とかは、アリシア先輩がいないと判断できない。わからないことだらけだからね。だから、彼女が泣くようなことは、俺は認めない」
「そう、それならよかった。陰陽部と軍のことは軍の機密もあるから、まだ教えられないこともある。でも、協力関係にはあるの。私達は、軍にとって脅威となってはならないのよ。わかる?」
「ああ。だから、あの三兄弟みたいな輩を排除するのにも、我々の力が必要だってことを、見せるんだね」
「そうね。でも、三兄弟の件は、また別の理由なんだけど。だけど、エイジにはまだ教えられないこともある。それを不満に思う気持ちも理解できる。その上で、協力しろなんて、虫が良すぎるのだけども。……とにかく、理解を示してくれて、エイジには感謝するわ」
父がエイジの部屋に入ってきた。
「エイジ。父さんは、おまえ達を利用しようと企んでいるわけではない。父さんのかわいい子どもだしな。わかってほしい」
「わかってるよ、親父」
エイジは、いい笑顔で応えた。
「それじゃ、母さんも待ってるし、夕食にしよう」
それにしても、アリシアの過去には、何があったのだろう? 以前、エレナはアリシアが自殺しようとしていた、と言っていた。おそらく、そのことと何か関係があるのだろう。あの様子では、過去の件をまだ引きずっているのかもしれない。だが、自分は何もできない歯痒さがあった。
再び、夜。
母が寝た後、父、エレナ、エイジの三人は、また食卓の間に集まった。
「実は相談がある」父が言った。「ブライトン学園陰陽部の力を借りたい」
「力を借りる?」
すぐにエレナが聞き直した。
「軍は『黄色の印兄弟団』を生きたまま捕獲したいのだ」
あの三兄弟のことか、そう言えば変な名前を名乗っていたっけ、とエイジは思った。
「軍は三兄弟のことをどのくらい知っているの?」
「実は、あまり分かっていない。調査員達は、ことごとく彼等の犠牲になっている。分かっているのは、彼等が、おそらく連邦外の惑星から来訪した、ということだけだ。残念ながら、彼等の目的、出身、能力、何も分かっていない」
姉は、嬉しそうな顔をした。
「それなら、お役に立てますわ。彼等とは何度も接触していますし」
「そうか、協力してくれるか。だが、任務にあたるのは、私の部隊ではない。ラザフォード少佐が指揮を執るPS部隊だ」
そうなんだ。……せっかく父と一緒に仕事ができるかもしれない、と思ったのに、とエイジは少し残念に思った。
「それは以前父さんが設立された部隊でしたね……。確か、銀河星間連邦軍戦略機甲兵団特殊能力部隊、通称はサイキックソルジャー部隊でしたわね」
エレナはよく知っているとでもいうように、いやらしい笑みを浮かべて言った。
「よく覚えていたな」
父は娘が覚えていたことに驚いていたということを装っていたが、その実、何かに怯えるかのように頷いた。
「ロイガー、アトラック・ナチャ、チャウグナー・フォーン」
エレナが言った。
「ああ、あの三体の化け物の名前らしいな。何度聞いても、覚えられない名前だ」
「この三体が手に入れば、軍も新しい敵のことがわかるのではなくて? 父さん」
「新しい敵、か。おまえこそ、その敵のことをどこまで知っているのだ?」
「さぁ。何も知りません」
おそらく、姉は何かを知っているのに、とぼけているようだった。
「どうやら、敵はライノーサ星系よりも深宇宙から来ているようなのだ。学校で習ったと思うが、ライノーサの先はギャラクシア銀河の渦状腕の一つオリオン腕が途絶えていて、その先の射手腕まで9千光年もの間で星のほとんどない暗黒空間が広がっている。そのため、我が連邦は、まだこの先の宙域に進出できていない。おそらく、敵は射手腕より先の星から来ているものと推測している。『黄色の印兄弟団』を捕え、なんとしても新しい脅威に備えるのが、軍の使命だ」
エレナもエイジも力説する父の顔に男の顔を見た。
「そういうことなら、私とエイジをここまで育ててくれた恩に報いるためにも、がんばりますわ、父さん」
エレナは、エイジを見た。
「そうでしょう、エイジ。頑張りましょう」
「わかった。親父のためにも頑張るよ」
「だから、エルディリオン神族の力を何とか自分のものにするのよ。私も、もっと協力するわ」
「ところでさ、ジェシカは顕現したのかい?」
「ええ。もう立派なツァールの力を得たわ」
「そうなんだ。知らなかった。最近、ジェシカはあまり話してくれなくなってさ」
「エイジが冷たいからじゃないの? アリシアにばかり御執心なのはいいけど、エイジのことをきちんと見ていてくれてる人を大切にしなさいな」
「わかってるって。ところでツァールは、どんな力が使えるの?」
「あら、軍関係者がいる所で、我が部の秘密を漏らすわけにはいかないじゃない」
と、エレナはクスっと笑った。
「そのうち、エレナは軍からスカウトされるよ。父さんからも推薦しておこうか?」
と、父も笑った。
「まぁ、父さん、それは丁重にお断りするわ。だって、将来、私は童話作家になるのだから」
「えっ!」
父もエイジも凍りついた。
辛辣で意地悪な筋書きの童話ばかりじゃないだろうな、と二人は考えた。