- 010 アトラック・ナチャ(1) -
文字数 3,028文字
翌日。
エイジとジェシカはいつものように揃って登校した。もうすぐで校門という所で、ジェシカが話を切り出した。
「エイジ、昨日のことなんだけど、少し疑問に思っていることがあるの」
「何をだい?」
「エイジの血が吸われないように、って言ってたじゃない、お姉さん、いや部長さん」
「ああ」
「あれは、どういう意味なのかしら」
エイジは、確かにそんなことを姉が言っていたことを思い出したが、あまり気にも留めていなかった。
「なんだろな。俺だって、血を吸われたら、よくないからかな」
「それに、血を吸ったから、とどめをさせみたいなことを言っていたわ」
「俺の血に何か秘密でもありそうだな」
やはり、姉はまだ何かを隠している。弟の俺にでも言えないことを、と思った。
「まぁ、姉貴に教えてくれと言っても、素直に教えてくれなるわけないし、どうでもいいさ」
ちょっと心配だな、とジェシカは思った。
「ところでさ、姉貴がジェシカのことを義妹って呼ぶけど、抵抗感とかないの?」
「え? そんなこと全然ないよ」
ジェシカは嬉しそうだった。
「いや、悪いと思ってさ。すまないな、弟の俺から謝っておくよ」
そんなこといいのに、とジェシカは不満そうだった。
◇
「やぁ、エイジ君」
学校の正門の所で、一人の男に声をかけられた。見知らぬ男だった。
「すみません、どなたか存じませんが?」
エイジとジェシカは、その男の顔を見た。年上であるが、若い男。だが、二人ともその男に見覚えはなかった。
「この前の蜘蛛さ」
エイジもジェシカもたじろいだ。
「もしかして、ギュトさんですか?」
ジェシカが、たじろぐ中でも訊いた。
「お嬢さん、よく知ってるなぁ。その通りさ。テコレイはちゃんと説明してくれたようだな」
テコレイか。やはり、それが姉の本当の名前らしい。
「何の用ですか?」
エイジが恐る恐る訊いた。
「心配するな。ただのあいさつさ。いかにも、俺がアトラック・ナチャの化身だよ」
「人間に戻ったりもできるんですね」
「ははは、当たり前だ。弟のシュファも回復してる。君の血のおかげだ。今日はエイジのお姉さんと話に来た。案内してくれるかな」
「そんなことが信じられると思いますか?」
「俺は弟のシュファと違うさ。戦いは好きじゃないんだ」
「しかし、姉もこれから授業なので」
「わかった。待とう」
◇
休み時間にエイジは、学園の大学部の校舎の廊下で姉を見つけた。
「あら、神聖な大学校舎に高校生が何の用?」
「大変だ、姉貴。ギュトという男が学園まで来た。姉貴に話があるって」
エレナは、すぐにニヤリとした。
「おもしろいじゃない! それで、蜘蛛の姿はしていなかったのね」
「ああ。戦いをしに来たわけでなく、話をしたいって言ってた」
「いいわ。応じてあげましょう」
エレナはとてもいい表情だった。
「で、どこへ行けばいいのかしら」
「授業が終わるまで待っているってさ」
「もどかしいわね。今日は部員全員、授業欠席にしなさいと命令するわ」
「いや、マズイよ、大学生はよくても、俺とかジェシカやミラ先輩は高校生なんだし」
「命令よ」
「少なくても高校生は勘弁してくれよ」
弟がいつも通りの姉に辟易した。
「おいおい、」突然、後ろから男の声がした。「テコレイは相変わらず、我が儘だな」
二人が振り向くと、ギュトがいた。
「ギュトさん!」
エイジの言葉にエレナは驚いた様子だった。
「俺は弟と違って、気は長いぞ。お姉さんも少し待ってやれよ」
「ギュト、何の用? どうやってここがわかった?」
「テコレイ、久しぶりの割にはひどい挨拶だな。ああ、だからさ、話をしに来ただけさ。本当さ。今、たまたま、この学校を見学させてもらっていたら、君達が口論していたというわけさ。でも、君達のそんな無防備で隙だらけの状態でも、俺は何も仕掛けてないんだから、俺の言うことを信じてほしいな」
「確かに隙だらけだった」エレナが反省したように言った。「わかったわ、放課後ね。それで、どこに行けばいい?」
「君達の部室で、どうだ?」
「いいわ」
「いいって、」エイジは取り乱した。「あそこは、敵が入ってもいい場所なのか? 機密とかないの?」
「トランプとか冷蔵庫とかお茶のセットしかないし、いいのよ。ミラがおいしいケーキを作ったって言ってたわ。冷蔵庫に入れたって。ギュトも食べていく?」
「お、いいな。いたれりつくせりだな。来てよかったよ」
「じゃ、私は授業あるから。後でね」
「おう」
エレナは、そのまま授業のある部屋へと向かった。ギュトは、じゃあまたなと言って、エイジと別れた。
何なのだ? この和気あいあいとした展開は? エイジは、今までの状況が一体何なのか、理解できなくなった。
エイジは、高校の自分の教室に戻った。後ろの席のジェシカは蒼白した顔である。
「私、今日、早退しようかな。……部活も休みたい……」
「大丈夫じゃないかな。ケーキ食べるらしいよ、ギュトさんも一緒に。部長がそうしたいらしい」
「え? ケーキ? ギュトさんも?」
◇
放課後の部室。アリシアを除いた陰陽部全員とギュトが座っていた。
「さて、みんな集まったわね」いつもの席でエレナが満面の笑みで立ち上がり言った。「今日は特別ゲストです。私の幼馴染でギュトさんです」
「どうも、ギュトです。この前はみなさんに蜘蛛の巣をかけてしまい、すみませんでしたね」
エレナの隣に座ったギュトが言った。そこはアリシアの定位置であるが、今日はアリシアの姿はない。
そして、ベルナスはひきつった微笑み。ミラはうつむいている。エイジとジェシカは特別ゲストをまじまじと見つめていた。
ミラの作ったケーキはそれぞれの席の前に置かれていた。
「アリシアさんは今日休みです」
ベルナスがボソッと言った。
「しょうがないわねぇ。今日はミラの手作りケーキがあるの。ちょうどアリシアの分が空いたから、ギュトも食べていって。まぁ、全員いたら、エイジが食べられないだけなんだけど、ね」
「え、本当に!」と、エイジ。「ミラ先輩の手作りケーキが食べられなかったら、一生後悔するとこだったよ」
「た、食べられないことなんて、ないですよ」と、ミラ。「エイジくんにだったら、毎日作ってきてあげますから」
「えっ! ミラ先輩、」と、ジェシカ。「困ります、そんなの」
「やめなさい!」部長が一喝した。「それより、ギュト、よく来てくれたわね。まぁ、あらためて言うほどじゃないけど、ギュトはアトラック・ナチャの化身なの。今日は陰陽部として、宇宙生命体のギュトにいろいろ話を聞いて見ましょうって、そういう会にしたから」
「俺達と戦いに来たわけじゃないのか。あるいは、戦力分析に来たんじゃないのか」
エイジが言った。そう言いながら、エイジはケーキを食べ始めた。ジェシカもベルナスも食べ始めた。
「エイジ、何てこと言うの。謝りなさい」と、エレナが怒ったようにい言った。「失礼だわ。それにあなたはまだ見習いでしょ」
しかし、エイジは姉の言葉を聞きもしないで、目の前のケーキを口にしていた。
「おいしいです!」
エイジは嬉しそうにミラを見た。
「よろこんでもらえてよかったです」
と、ミラ。
エレナの謝罪要求にはエイジは黙っていたが、それでもギュトを見ていた。騙されない。こいつはかなり狡猾なはずだ。
「いや、テコレイ。エイジの思いは当たり前だ。俺の方こそ突然来てしまって、すまない。動揺するのも当然だろうさ。まぁ、さっきも言ったが、今日は話し合いに来ただけさ」
エイジとジェシカはいつものように揃って登校した。もうすぐで校門という所で、ジェシカが話を切り出した。
「エイジ、昨日のことなんだけど、少し疑問に思っていることがあるの」
「何をだい?」
「エイジの血が吸われないように、って言ってたじゃない、お姉さん、いや部長さん」
「ああ」
「あれは、どういう意味なのかしら」
エイジは、確かにそんなことを姉が言っていたことを思い出したが、あまり気にも留めていなかった。
「なんだろな。俺だって、血を吸われたら、よくないからかな」
「それに、血を吸ったから、とどめをさせみたいなことを言っていたわ」
「俺の血に何か秘密でもありそうだな」
やはり、姉はまだ何かを隠している。弟の俺にでも言えないことを、と思った。
「まぁ、姉貴に教えてくれと言っても、素直に教えてくれなるわけないし、どうでもいいさ」
ちょっと心配だな、とジェシカは思った。
「ところでさ、姉貴がジェシカのことを義妹って呼ぶけど、抵抗感とかないの?」
「え? そんなこと全然ないよ」
ジェシカは嬉しそうだった。
「いや、悪いと思ってさ。すまないな、弟の俺から謝っておくよ」
そんなこといいのに、とジェシカは不満そうだった。
◇
「やぁ、エイジ君」
学校の正門の所で、一人の男に声をかけられた。見知らぬ男だった。
「すみません、どなたか存じませんが?」
エイジとジェシカは、その男の顔を見た。年上であるが、若い男。だが、二人ともその男に見覚えはなかった。
「この前の蜘蛛さ」
エイジもジェシカもたじろいだ。
「もしかして、ギュトさんですか?」
ジェシカが、たじろぐ中でも訊いた。
「お嬢さん、よく知ってるなぁ。その通りさ。テコレイはちゃんと説明してくれたようだな」
テコレイか。やはり、それが姉の本当の名前らしい。
「何の用ですか?」
エイジが恐る恐る訊いた。
「心配するな。ただのあいさつさ。いかにも、俺がアトラック・ナチャの化身だよ」
「人間に戻ったりもできるんですね」
「ははは、当たり前だ。弟のシュファも回復してる。君の血のおかげだ。今日はエイジのお姉さんと話に来た。案内してくれるかな」
「そんなことが信じられると思いますか?」
「俺は弟のシュファと違うさ。戦いは好きじゃないんだ」
「しかし、姉もこれから授業なので」
「わかった。待とう」
◇
休み時間にエイジは、学園の大学部の校舎の廊下で姉を見つけた。
「あら、神聖な大学校舎に高校生が何の用?」
「大変だ、姉貴。ギュトという男が学園まで来た。姉貴に話があるって」
エレナは、すぐにニヤリとした。
「おもしろいじゃない! それで、蜘蛛の姿はしていなかったのね」
「ああ。戦いをしに来たわけでなく、話をしたいって言ってた」
「いいわ。応じてあげましょう」
エレナはとてもいい表情だった。
「で、どこへ行けばいいのかしら」
「授業が終わるまで待っているってさ」
「もどかしいわね。今日は部員全員、授業欠席にしなさいと命令するわ」
「いや、マズイよ、大学生はよくても、俺とかジェシカやミラ先輩は高校生なんだし」
「命令よ」
「少なくても高校生は勘弁してくれよ」
弟がいつも通りの姉に辟易した。
「おいおい、」突然、後ろから男の声がした。「テコレイは相変わらず、我が儘だな」
二人が振り向くと、ギュトがいた。
「ギュトさん!」
エイジの言葉にエレナは驚いた様子だった。
「俺は弟と違って、気は長いぞ。お姉さんも少し待ってやれよ」
「ギュト、何の用? どうやってここがわかった?」
「テコレイ、久しぶりの割にはひどい挨拶だな。ああ、だからさ、話をしに来ただけさ。本当さ。今、たまたま、この学校を見学させてもらっていたら、君達が口論していたというわけさ。でも、君達のそんな無防備で隙だらけの状態でも、俺は何も仕掛けてないんだから、俺の言うことを信じてほしいな」
「確かに隙だらけだった」エレナが反省したように言った。「わかったわ、放課後ね。それで、どこに行けばいい?」
「君達の部室で、どうだ?」
「いいわ」
「いいって、」エイジは取り乱した。「あそこは、敵が入ってもいい場所なのか? 機密とかないの?」
「トランプとか冷蔵庫とかお茶のセットしかないし、いいのよ。ミラがおいしいケーキを作ったって言ってたわ。冷蔵庫に入れたって。ギュトも食べていく?」
「お、いいな。いたれりつくせりだな。来てよかったよ」
「じゃ、私は授業あるから。後でね」
「おう」
エレナは、そのまま授業のある部屋へと向かった。ギュトは、じゃあまたなと言って、エイジと別れた。
何なのだ? この和気あいあいとした展開は? エイジは、今までの状況が一体何なのか、理解できなくなった。
エイジは、高校の自分の教室に戻った。後ろの席のジェシカは蒼白した顔である。
「私、今日、早退しようかな。……部活も休みたい……」
「大丈夫じゃないかな。ケーキ食べるらしいよ、ギュトさんも一緒に。部長がそうしたいらしい」
「え? ケーキ? ギュトさんも?」
◇
放課後の部室。アリシアを除いた陰陽部全員とギュトが座っていた。
「さて、みんな集まったわね」いつもの席でエレナが満面の笑みで立ち上がり言った。「今日は特別ゲストです。私の幼馴染でギュトさんです」
「どうも、ギュトです。この前はみなさんに蜘蛛の巣をかけてしまい、すみませんでしたね」
エレナの隣に座ったギュトが言った。そこはアリシアの定位置であるが、今日はアリシアの姿はない。
そして、ベルナスはひきつった微笑み。ミラはうつむいている。エイジとジェシカは特別ゲストをまじまじと見つめていた。
ミラの作ったケーキはそれぞれの席の前に置かれていた。
「アリシアさんは今日休みです」
ベルナスがボソッと言った。
「しょうがないわねぇ。今日はミラの手作りケーキがあるの。ちょうどアリシアの分が空いたから、ギュトも食べていって。まぁ、全員いたら、エイジが食べられないだけなんだけど、ね」
「え、本当に!」と、エイジ。「ミラ先輩の手作りケーキが食べられなかったら、一生後悔するとこだったよ」
「た、食べられないことなんて、ないですよ」と、ミラ。「エイジくんにだったら、毎日作ってきてあげますから」
「えっ! ミラ先輩、」と、ジェシカ。「困ります、そんなの」
「やめなさい!」部長が一喝した。「それより、ギュト、よく来てくれたわね。まぁ、あらためて言うほどじゃないけど、ギュトはアトラック・ナチャの化身なの。今日は陰陽部として、宇宙生命体のギュトにいろいろ話を聞いて見ましょうって、そういう会にしたから」
「俺達と戦いに来たわけじゃないのか。あるいは、戦力分析に来たんじゃないのか」
エイジが言った。そう言いながら、エイジはケーキを食べ始めた。ジェシカもベルナスも食べ始めた。
「エイジ、何てこと言うの。謝りなさい」と、エレナが怒ったようにい言った。「失礼だわ。それにあなたはまだ見習いでしょ」
しかし、エイジは姉の言葉を聞きもしないで、目の前のケーキを口にしていた。
「おいしいです!」
エイジは嬉しそうにミラを見た。
「よろこんでもらえてよかったです」
と、ミラ。
エレナの謝罪要求にはエイジは黙っていたが、それでもギュトを見ていた。騙されない。こいつはかなり狡猾なはずだ。
「いや、テコレイ。エイジの思いは当たり前だ。俺の方こそ突然来てしまって、すまない。動揺するのも当然だろうさ。まぁ、さっきも言ったが、今日は話し合いに来ただけさ」