- 010 アトラック・ナチャ(1) -

文字数 3,028文字

 翌日。
 エイジとジェシカはいつものように揃って登校した。もうすぐで校門という所で、ジェシカが話を切り出した。

「エイジ、昨日のことなんだけど、少し疑問に思っていることがあるの」

「何をだい?」

「エイジの血が吸われないように、って言ってたじゃない、お姉さん、いや部長さん」

「ああ」

「あれは、どういう意味なのかしら」

 エイジは、確かにそんなことを姉が言っていたことを思い出したが、あまり気にも留めていなかった。

「なんだろな。俺だって、血を吸われたら、よくないからかな」

「それに、血を吸ったから、とどめをさせみたいなことを言っていたわ」

「俺の血に何か秘密でもありそうだな」

 やはり、姉はまだ何かを隠している。弟の俺にでも言えないことを、と思った。

「まぁ、姉貴に教えてくれと言っても、素直に教えてくれなるわけないし、どうでもいいさ」

 ちょっと心配だな、とジェシカは思った。

「ところでさ、姉貴がジェシカのことを義妹って呼ぶけど、抵抗感とかないの?」

「え? そんなこと全然ないよ」

 ジェシカは嬉しそうだった。

「いや、悪いと思ってさ。すまないな、弟の俺から謝っておくよ」

 そんなこといいのに、とジェシカは不満そうだった。



「やぁ、エイジ君」

 学校の正門の所で、一人の男に声をかけられた。見知らぬ男だった。

「すみません、どなたか存じませんが?」

 エイジとジェシカは、その男の顔を見た。年上であるが、若い男。だが、二人ともその男に見覚えはなかった。

「この前の蜘蛛さ」

 エイジもジェシカもたじろいだ。

「もしかして、ギュトさんですか?」

 ジェシカが、たじろぐ中でも訊いた。

「お嬢さん、よく知ってるなぁ。その通りさ。テコレイはちゃんと説明してくれたようだな」

 テコレイか。やはり、それが姉の本当の名前らしい。

「何の用ですか?」

 エイジが恐る恐る訊いた。

「心配するな。ただのあいさつさ。いかにも、俺がアトラック・ナチャの化身だよ」

「人間に戻ったりもできるんですね」

「ははは、当たり前だ。弟のシュファも回復してる。君の血のおかげだ。今日はエイジのお姉さんと話に来た。案内してくれるかな」

「そんなことが信じられると思いますか?」

「俺は弟のシュファと違うさ。戦いは好きじゃないんだ」

「しかし、姉もこれから授業なので」

「わかった。待とう」



 休み時間にエイジは、学園の大学部の校舎の廊下で姉を見つけた。

「あら、神聖な大学校舎に高校生が何の用?」

「大変だ、姉貴。ギュトという男が学園まで来た。姉貴に話があるって」

 エレナは、すぐにニヤリとした。

「おもしろいじゃない! それで、蜘蛛の姿はしていなかったのね」

「ああ。戦いをしに来たわけでなく、話をしたいって言ってた」

「いいわ。応じてあげましょう」

 エレナはとてもいい表情だった。

「で、どこへ行けばいいのかしら」

「授業が終わるまで待っているってさ」

「もどかしいわね。今日は部員全員、授業欠席にしなさいと命令するわ」

「いや、マズイよ、大学生はよくても、俺とかジェシカやミラ先輩は高校生なんだし」

「命令よ」

「少なくても高校生は勘弁してくれよ」

 弟がいつも通りの姉に辟易した。

「おいおい、」突然、後ろから男の声がした。「テコレイは相変わらず、我が儘だな」

 二人が振り向くと、ギュトがいた。

「ギュトさん!」

 エイジの言葉にエレナは驚いた様子だった。

「俺は弟と違って、気は長いぞ。お姉さんも少し待ってやれよ」

「ギュト、何の用? どうやってここがわかった?」

「テコレイ、久しぶりの割にはひどい挨拶だな。ああ、だからさ、話をしに来ただけさ。本当さ。今、たまたま、この学校を見学させてもらっていたら、君達が口論していたというわけさ。でも、君達のそんな無防備で隙だらけの状態でも、俺は何も仕掛けてないんだから、俺の言うことを信じてほしいな」

「確かに隙だらけだった」エレナが反省したように言った。「わかったわ、放課後ね。それで、どこに行けばいい?」

「君達の部室で、どうだ?」

「いいわ」

「いいって、」エイジは取り乱した。「あそこは、敵が入ってもいい場所なのか? 機密とかないの?」

「トランプとか冷蔵庫とかお茶のセットしかないし、いいのよ。ミラがおいしいケーキを作ったって言ってたわ。冷蔵庫に入れたって。ギュトも食べていく?」

「お、いいな。いたれりつくせりだな。来てよかったよ」

「じゃ、私は授業あるから。後でね」

「おう」

 エレナは、そのまま授業のある部屋へと向かった。ギュトは、じゃあまたなと言って、エイジと別れた。
 何なのだ? この和気あいあいとした展開は? エイジは、今までの状況が一体何なのか、理解できなくなった。

 エイジは、高校の自分の教室に戻った。後ろの席のジェシカは蒼白した顔である。

「私、今日、早退しようかな。……部活も休みたい……」

「大丈夫じゃないかな。ケーキ食べるらしいよ、ギュトさんも一緒に。部長がそうしたいらしい」

「え? ケーキ? ギュトさんも?」



 放課後の部室。アリシアを除いた陰陽部全員とギュトが座っていた。

「さて、みんな集まったわね」いつもの席でエレナが満面の笑みで立ち上がり言った。「今日は特別ゲストです。私の幼馴染でギュトさんです」

「どうも、ギュトです。この前はみなさんに蜘蛛の巣をかけてしまい、すみませんでしたね」

 エレナの隣に座ったギュトが言った。そこはアリシアの定位置であるが、今日はアリシアの姿はない。
 そして、ベルナスはひきつった微笑み。ミラはうつむいている。エイジとジェシカは特別ゲストをまじまじと見つめていた。
 ミラの作ったケーキはそれぞれの席の前に置かれていた。

「アリシアさんは今日休みです」

 ベルナスがボソッと言った。

「しょうがないわねぇ。今日はミラの手作りケーキがあるの。ちょうどアリシアの分が空いたから、ギュトも食べていって。まぁ、全員いたら、エイジが食べられないだけなんだけど、ね」

「え、本当に!」と、エイジ。「ミラ先輩の手作りケーキが食べられなかったら、一生後悔するとこだったよ」

「た、食べられないことなんて、ないですよ」と、ミラ。「エイジくんにだったら、毎日作ってきてあげますから」

「えっ! ミラ先輩、」と、ジェシカ。「困ります、そんなの」

「やめなさい!」部長が一喝した。「それより、ギュト、よく来てくれたわね。まぁ、あらためて言うほどじゃないけど、ギュトはアトラック・ナチャの化身なの。今日は陰陽部として、宇宙生命体のギュトにいろいろ話を聞いて見ましょうって、そういう会にしたから」

「俺達と戦いに来たわけじゃないのか。あるいは、戦力分析に来たんじゃないのか」

 エイジが言った。そう言いながら、エイジはケーキを食べ始めた。ジェシカもベルナスも食べ始めた。

「エイジ、何てこと言うの。謝りなさい」と、エレナが怒ったようにい言った。「失礼だわ。それにあなたはまだ見習いでしょ」

 しかし、エイジは姉の言葉を聞きもしないで、目の前のケーキを口にしていた。

「おいしいです!」

 エイジは嬉しそうにミラを見た。

「よろこんでもらえてよかったです」

 と、ミラ。
 エレナの謝罪要求にはエイジは黙っていたが、それでもギュトを見ていた。騙されない。こいつはかなり狡猾なはずだ。

「いや、テコレイ。エイジの思いは当たり前だ。俺の方こそ突然来てしまって、すまない。動揺するのも当然だろうさ。まぁ、さっきも言ったが、今日は話し合いに来ただけさ」
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