- 030 フサッグァ(2) -

文字数 3,949文字

 見る間に、ベルナスの表情は一変した。目つきが悪くなったかと思うと、エイジの胸ぐらをつかんだ。

「こぉら! いい加減にせぇよ。ざけんな、そんなにてめぇの素情知りてぇんか?」

 エイジは少しびびった。迫力が違う。

「どうです?」

 あっと言う間に物腰の柔らかいベルナスに戻り、エイジの胸ぐらも放した。

「ちょっと、びびりました」

「それは、すみませんでした」

「あのう、先程のは、質問ですか?」

「いえいえ、ただのサンプルですので。訊きたいことは、訊いてください。私は、この部に男子が入ってくれて嬉しいのですから。あ、そういう意味ではありませんよ」

「わかってます。俺もベルナス先輩に、たくさん、助けられていますので、とても信頼しています」

「嬉しいですね。そう言っていただけると。私はあまり信頼されている人間ではありませんので、いい後輩ができました」

「そうなんですか?」

「はい。私は、人望とか信頼のない人間です」

「俺はベルナス先輩のことを、とても信頼していますよ。また、ちょっと込み入ったことを訊いてしまうかもしれませんが、それななぜですか?」

「やはり、このフサッグァの力のせいですね」

「そうなんですか……」

「やはり、私も力を制御できなかった時期がありましてね」



 すると、陰陽部の女子の四人が一団となって部室に押しかけてきた。

「やぁ、元気かね、男子諸君」

 先頭は、エレナ。その後をずるずるとアリシア、ミラ、ジェシカ。こうして揃うとやはり四人とも粒ぞろいだ。これほどのカワイイ女性のレベルを保つ部は他にないだろう。

「それじゃ、今日は、男子二人にお使いを頼むわね」

「はぁ、お使い?」

 エイジは、ぼやいた。

「ベルナスの知り合いのいる電器屋さんで、ストーブを買ってきてちょうだい」

「え? ストーブを? これから、夏だよ」

 エイジは言った。

「だから、売れ残りが安くなってるんじゃない。この部室棟は、築30年の木造だから、冬になると隙間風がひどいのよねぇ。だから、お願い、かっこいいベルナスくんとかわいいエイジくん。男手があるって助かるなぁ。お金は、渡すから」

「はい、わかりました、部長」ベルナスはいつもの爽やかな笑顔で応えた。「行きましょう、エイジさん」

 近くの商店街まで、かなりの距離がある。歩いて30分くらいだろうか。学園は、街中でも辺鄙な所に位置しているからである。
 エイジが立ち上がると、

「気をつけてね」

 と、ミラとジェシカが全く同時に言った。

 ベルナスとエイジは、部室を出て、さらに校門を出た。二人は、並んで、学校前の並木道を歩いていた。

「お見受けすると、ジェシカさんは、ミラさんとエイジさんがキスしたくらいでは、心は揺るがないようですね」

 ベルナスが歩きながら言った。

「そんなことは、ありませんでした。今朝も昼休みも、ちょっとガタガタしましたので」

 エイジも歩きながら応えた。

「そうでしたか。でも、羨ましい限りです」

「で、さっきの話の続きを訊いてもいいですか」

「ええ。力の制御ができない時期のことですね。その前に、他の人にはない力に気づいたのは、小学生くらいでしたかね。体の中が燃えるような感じがして、叫びたい衝動にかられました。そこで、叫んでみると、電撃が発せられて、近くを飛んでいた鳥が、バサバサと何羽も落ちてきました。最初は、びっくりしました。何が起こったか、わからなかったですからね。ただ、ちょうど、それを見ていた近所のオバさんがいて、私を悪魔呼ばわりして近所中に言いふらしてしまったんです」

「ひどいオバさんですね」

「まぁ、普段から面白ネタには、事欠かない人で有名でしたからね。あっと言う間に広まりました。それから、学校にも知られてしまい、私は悪魔憑きということで、立場的に追い込まれました。友人も、私をいじめたりしましてね」

「辛かったでしょうね……」

「ええ。辛かったですよ。中学に入ると、母が病気で死にましてね。これはこの前も話しましたが、当時の私には、相当のショックでした。母の死も私に憑く悪魔のせいだと噂されました。それで、それをきっかけにワルになっていきました。同じように学校で爪はじきにされた連中とつるんで、私を追い詰めた元の同級生を中心に、恐喝をしました」

「その間は、力は制御できていたのですか?」

「いいえ。ことあるごとに、力が発現しました。どうも感情的になると、その傾向があったようですね。電撃で同級生をいたぶりました。私は、それで復讐心を満たしていたのかもしれません。恐れおののくかつての同級生。私は、それがある種の快感になっていきました」

「警察には捕まらなかったのですか?」

「ええ。そんなにヘマはやりませんでしたよ。ははは。でも、捕まっていた方が、よかったかもしれません」

「犯罪のカミングアウトですね、ちょっと驚きです」

「まぁ、今となっては、そうなんですが。実際、私が手にかけた同級生の何人かは再起不能となってしまいまして」

「だんだん、俺はベルナス先輩が怖くなってきましたよ」

「もう、そんなことはありませんので、大丈夫ですよ」

「はぁ」

 エイジは、内心、恐ろしくなっていた。本当に恐ろしいものとは、イーヴァイラスでも、見えざる彼方の敵でもなく、人間なのかもしれない、と思った。
 二人が、しばらく歩くと商店街に出た。電器店は、もう少し先のはずであった。

「この辺りは、以前の私の縄張りのようなものでして、おそらく知り合いにでも会うかと」ベルナスは言った。「案の定、あそこに以前のワル仲間の後輩がいましたね」

 ベルナスが指差す方向には、肉屋があった。その肉屋で働く店員がベルナスを見つけたようだった。

「ベ、ベルナスさん! こ、こんにちは」

 その店員は、明らかにベルナスに恐れをなしていた。

「やぁ、お肉屋さんのファルダさん。元気でしたか?」

 ベルナスは言った。

「もう、そんな言い回しはやめてください。ファルダと呼び捨てで、お願いします。で、今日は、何の用ですか?」

 ファルダというその店員はびくびくしている。おそらく過去にベルナスとの間に何かあったのだろう。

「いやですね。こちらは、私の後輩であるエイジさんと一緒なんです。彼が私のことを誤解してしまいます」

 もう、誤解とかはない。そのまま、ファルダの態度でわかった。

「電撃は、勘弁してください! ここにある肉を持っていってもかまわないので!」

「いや、今日は肉には用がないので」

「では、お金出しますので!」

「まいったな。私は挨拶しただけなのに」

 エイジは、ベルナスの恐ろしさが身に染みた。

「じゃ、また今度来ます、それでは、お肉屋さん」

「し、失礼します!」

 二人は、また歩き出した。エイジが後ろを振り返ると、まだファルダはおじぎをしている。

「彼も立派に公正して、お肉屋さんで働いています。さて、電器店は、と。あ、あそこです、エイジさん」

 ベルナスに、エイジさんと呼ばれることは、とても恐ろしいことなのではないだろうか、とエイジは少し身震いした。
 そして、途中、あいさつをしてくる輩が何人かいた。

「ベルナス・ミーンドラ先輩! こんにちは!」

「おや、誰かと思ったら、君ですか」

 ベルナスは、図体が大きく明らかに不良のその輩に声をかけた。

「まだ、フラフラした青春を送っているのですか?」

「いえ、先輩を見習うべく、精進しようとしているところです!」

「そうですか、いい心がけですね。でも、私を手本としてはいけませんね」

「はい! あ、いえ、気をつけます!」

 そして、その彼も去っていった。
 どうして、ベルナスのような男が陰陽部にいるのだろう、とエイジは思った。人は全く見かけによらないものだ。現在のベルナスは、長身の美男子で、優男にしか見えない。
 二人は、電器店の入り口に入った。

「いらっしゃい」

 店の奥から若い女性の声がして、その店員の彼女が出てきた。

「あら、ベルナス! ここへ来るなんて、珍しいわね」

 よく見ると、ミラも真っ青の美人であった。

「バイト中だったかい?」

 ベルナスが訊いた。

「ええ。そちらのお兄さんは?」

「陰陽部の後輩のエイジさん」

「エイジ・ロックウッドです」

 エイジは紹介されたので、そう応えた。

「新しい舎弟なの?」

「いやだな、舎弟とか言わないでくださいね。そうそう、エイジさん、こちらが私の彼女でもあるマリ・ミディラです」

「この方がベルナス先輩の彼女さんですか? 凄い美人ですね!」

 エイジは素直に驚いた。

「いや、エイジさん、お上手ね」

 マリは笑った。

「今日は、ストーブを買いにきたのだけれど、今の時期に売っているかな?」

「奥に一つだけ残っているけど。これから暑くなる季節だというのに、今日買うの?」

「ええ、ウチの部長さんが、どうしても欲しいというので」

「ああ、部長さんも、ロックウッドだったけ。それじゃ、こちらは?」

「そう、部長の弟でもあるのですよ」

「まぁ、あの部長の!」マリは驚いたように言った。「ベルナスを公正できる人の弟さんだなんて、会えて光栄だわ」

 どうやら、エレナは、ここでも有名らしい。

「それじゃ、ストーブを持って行ってね」

 マリは店の奥に戻り、なにやらごそごそと商品を動かしていた。

「あった、あった。これ。売れ残りなんだけどね」そう言って、一つのダンボール箱を持ってきた。「これしかないわ」

「これで、十分です。部長も納得するでしょう」

「お代は、いいわ。これ問屋に返品を忘れて邪魔だったから」

「そういうわけには行きません。部長から、お金を預っているので」

「そう? じゃ、遠慮なく」

「じゃ、今日は、これで帰ります。また、今度デートいたしましょう」

「ええ、いいわ。連絡、待ってるわね」

 そう言って、ベルナスはストーブの箱を持ち上げた。
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