- 041 ジェシカとエイジ(1) -

文字数 3,296文字

 ブライトン・シティ上空。
 ツァールは、ジェシカとエルディリオン神族をまとったエイジを乗せて、空高く舞っていた。

「いいながめだな!」

 エイジは、とても喜んでいた。

「気持ちいいでしょ!」

 ジェシカは言った。

「遠くが、よく見えるなあ」

「見て、ほら、あれ、学園だよ。あんなに小さく見えるね」

 ジェシカは言った。

「うん。そうだ、これからもよくこうやって、空でデートをしよう。そうしよう」

「いいわね、デートしようね」

 ジェシカも喜んだ。

「そうか、でも、ちゃんと仕事しないとな。また、グロースに怒鳴られる」

 エイジは、地上をきょろきょろと見た。

「広すぎるな。これじゃ、どこかにロイガーが、いてもわからない。……そうだ、ヴルトゥームにも頼もう」

「ああ、それはダメです! 私達だけで、仕事をしないと!」

「そうかな?」

「ええ、急に彼女に頼んだりしても、迷惑がられますよ、きっと。私達二人だけで、探しましょう。それに早くしないと、ロイガーも逃げちゃいますし」

「それも、そうだな」

「あのう、訊いてもいいですか?」

「いいよ。何でも訊いてくれ」

「アリシア先輩とは、どうなんですか?」

「ああ。どうも俺が顕現してない時のエイジは、かなり惚れこんでるな。ヤキモチか? だが、エイジの深層心理の中は違うみたいだぞ」

「え? 深層心理」

「ああ、心に深く刻まれたものだ。どうも、エレナに似ているんだな、その人は」

「エレナに似ている人? でも、それは、エレナさんではないってことですか?」

「そうだ。だが、それが誰かは、俺でもわからない。それに、その人が恋愛対象かというと、そうでもないみたいな、不思議な存在だ」

「そうなんですか……」

 ジェシカは、そのエレナに似た人が、とても気になった。

「それから、ジェシカちゃん。俺が顕現してない時のエイジを責めないでやってくれ。あいつは、俺のこうした女好きの性格に影響されているみたいなんだ。本来のエイジは、そんな不届きなわけじゃない。今は、クティラを持ってる女の子のことに入れ込んでいるが、もしかしたら、一時的なものかもしれない。長い間、エイジを見てきたジェシカちゃんなら、わかるだろ? だから、エイジを見守ってやってくれないか、な?」

「はい……」

 ジェシカは、まだ望みが、消えていないことが、わかった。

「そうそう、仕事!」エルディリオン神族をまとったエイジは、また、地上をきょろきょろと見た。「ロイガーが、うろうろしているとなると、みんな、おちおち寝てもいられないからな。……そうか、フサッグァかヴルトゥームの家も、ヤツにバレているかもしれないな!」

「そうですね」

「二人の家に行ってみよう」

「あ、でも、お二人の家、どこか、わからないので、携帯電話で聞いてみます」

「そうしてくれ、ジェシカちゃん」

 ジェシカは、ポケットから携帯を取り出して電話した。
 ごにょごにょと話し声がして、笑ったりしている。相手は、フサッグァだな。その後、また番号を打ち直している。もの静かに話しているかと思ったら、すこしクスリと笑った。今度は、ヴルトゥームが相手のようだな。で、ジェシカは電話を切った。

「ええと、お二人の所には、ロイガーは来ていないようですね」

「そうか。……では、もう陽も暮れるので、戻ろうか」

「もう、ですか?」

「暗くなったら、よく見えないしな」

「ブライトン・シティの夜景もきれいですよ!」

「お、そうか! なら、夜景デートしよう」

「あのう、空からよりも、あっちのトゥライ山から、見える夜景も、きれいですよ……」

「そうなのか?」

「はい」

「それでは、そのトゥライ山とやらに着地しよう」

 ジェシカは、くすっと笑った。

 地上に残っているエレナとアリシア。

「帰ってこないわね、あの二人」エレナが言った。「アリシア、自分の家に帰るところだったのでしょう?」

「はい」

 アリシアは、以前のように、ぼそっと言った。

「それじゃ、待っていても仕方ないから、帰りましょうか」

「でも、心配だから、ここで待っています」

「エルディリオン神族となったら、女の子にだらしなくなることがわかっているのよ。当分、帰ってこないわ」

「それも、心配なんです」

「まぁ、わかるけど……。とにかく帰りましょう」

「はい。そうですね……」

「ねぇ、こういうふうに考えたら? エルディリオン神族は役者なのよ」

「役者?」

「役者は役の上で、いろいろな人と恋の相手をする。それは、エルディリオン神族も同じ。でも、それは、本当のエイジではないのよ。ね」

「そうでしょうか、……私には理解できません」

 そして、二人はエレナの家に向かって歩き出した。

「あの、一つ気になっていることがあるんです」

 アリシアが言った。

「なに?」

「先程、私とエイジに会う前から、ジェシカはずっと部長と一緒だったのですか?」

「え? 違うわね。部活のあと、私は一人で学園を出たのよ。それで、あなた達と会うほんの少し前に、彼女は後ろから私に追いついてきたのよ」

「やっぱり、ずっと一緒ではなかったのですね……」

「ん、なぜ、そんなことを訊くの?」

 エレナは、アリシアの質問の意図が、わからない様子だった。
 アリシアは黙りこんだ。
 が、思いきったように言った。

「こんなことを言いたくはないんですけど、……家の前で私達を襲ってきたのは、ロイガーでなくツァールだったのかもしれない、と」

 アリシアは、言った。

「ええっ!」

 と、驚きの表情を見せたエレナだった。

「なぜ、ロイガーならエイジの家の場所がわかったのでしょう? それに、逃げる我々を追いかけてこなかったし、攻撃も以前の時と違って、なんというか、我々を脅かしているだけのようでした。それに、あの双子を識別するのは難しいですし」

「……なるほど。状況証拠は、ありすぎるわね」と、急にいぶかりだした。それにたいして、アリシアは軽く頷いた。「もしかして、現場に何か証拠があるかもしれないわね。暗くなる前に急ぎましょう」

 エレナとアリシアは、エレナの家に駆けて行った。



 トゥライ山は、高さが500メートルあまりの小さい山で、ブライトン・シティにも割と近く人気の観光スポットでもあった。

「つぁーる あい あい!」

 トゥライ山の山頂に着いたツァールは、ジェシカが顕現を解き消えた。
 と、その途端にエイジからエルディリオン神族も消えた。

「ああ、俺、今、山の上にいるよ……」

 エイジは、情けない声を上げた。

「あら、エイジに戻ったみたいね。ふふ、幼稚園以来でキスしちゃったね」

「ああ、昔、したな。……でも、もう、帰ろうよ、なんで、山に行きたいとか思っちゃったんだろ……」

「いいじゃない。昔、遠足で来たよね、ここ。それで、ここでキスしたんだよね」

「あれはな、幼いながらも遠足で開放的な気持ちから、なんだよ。そうすると、ここはトゥライ山ってことか」

「あたり! 覚えていたんだね」

「ああ、覚えていたよ。幼稚園の時のキスの件も、この山が上るのも下りるのも、大変だった、ってことも」

「また、ツァールで飛ぶから、そんなに大変じゃないよ」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、早く帰ろう」

「何言ってるの、今、来たばかりよ。少し、楽しみましょうよ」

「そう? じゃ、少しだけね」

 そう言うと、ジェシカは、腕を組んできた。

「あれ、なぜ?」

「いいじゃない。誰もいないんだし」

「あのさ、俺はアリシア先輩のことが好き、って知ってるよね?」

「ええ。でも、お付き合いできない、って部長が言ってたわ」

「まぁ、そうなんだけど。あと、アリシア先輩が、俺の家に住むってのも聞いたんでしょ?」

「聞いたよ。でも、そんなの私には関係ないわ」

「それでも、まだ、俺と付き合いたいって思ってくれてるの?」

「もちろん!」

「当事者の俺が言うのもおかしいけど、ジェシカは強くなったね。昔は泣きべそばかりかいてたけど」

「そうね。陰陽部に入ったら強くなったわ」

 エイジは、自分の周りの女の子が、なぜ自分にばかりなびくのだろうと考え始めた。

「あとね、今日は、ミラ先輩が、エイジのことは諦めるって言ってくれたの」

 ジェシカは、にこにこしていた。
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