- 042 ジェシカとエイジ(2) -
文字数 2,693文字
「はぁ……」
エイジは、溜息をもらした。そんなに、なびくわけないよな。モテ期も終わりか。
「だから、エイジに残った選択肢は、ただひとつ!」
「それが、ジェシカさん、ってことなんですね。はぁ……」
「なんで、溜息つくのよ。私じゃ、不満?」
「不満はないよ。ジェシカは、とってもかわいいし」
「そう? 嬉しい!」
「でもさ、ずーっと見てるんだよ、昔から。今さら、幼馴染と付き合うなんて、妹と付き合うみたいっていうかさ、そうだ、俺にとって妹みたいなんだよ。かわいい妹さ、ジェシカは」
「そうなんだ……」
ジェシカは悲しそうになった。
「そんな悲しそうな顔するなよ。でも、メリットだってあるよ。俺、多分、この先ジェシカのことを嫌いになるなんて考えられないし、宿題だって見せあいできるし、何でも相談できるし……」
「もう、いいよ。あんまり前向きじゃないな。なんか安全パイなんだ、私って」
「そんなことはないよ。だって、前に隣のクラスのヤツに告白されたって聞いたら、少しは嫉妬心はあったしな、俺も」
「そうなの?」
「うん。なんか、ジェシカを取られるのはイヤだな、って思った」
「嬉しい。実は、あれ、本当のことだったんだよ」
「え? そうなの」
「でも、そのことをエイジに言った時、エイジを見てたら、ついウソって言っちゃったんだ。それから、ちゃんとお断りしたから安心してね」
「かっこいいヤツだったの?」
「うん。でも、エイジの方が、もっとかっこいいもの」
「そう言われると、嬉しいな」
「ね、だから、私と付き合ってよ」
「それは、少し考えるよ。だって、俺、まだ、アリシア先輩のことを吹っ切れてないし。それに、一つ屋根の下に暮らすなんて、どういうお仕置きなんだ、って感じさ」
「本当は、嬉しいんでしょ?」
「え、まあ、うん。嬉しいよ」
「さっきだって、エイジの家から一緒に帰ってきてたものね」
「あれは、アリシア先輩が入る予定の部屋の片付けを一緒に手伝ってもらってただけさ」
「へぇ、そうなんだ。でも、手をつないで玄関から出てきたでしょ?」
それは、会話の勢いというのか。しゃぁしゃぁと、それを言ってのけたジェシカに、エイジは、やれやれという顔をした。
「やっぱりか」
「え?」
「ジェシカが、俺が玄関を出た時の状況を知っているとは、ね。あれは、ロイガーじゃなかったんだ……」
「しまった……」ジェシカは蒼ざめた。「……ごめんなさい。絶対に許されないことをしました」
すると、ジェシカの目にみるみると涙が溢れだした。
「泣くなよ。ジェシカの気持ちもわかるさ。俺がそれを無視してたわけだし。今回は、誰も怪我もなかったし、俺は許すよ。な、だから、泣くなよ」
「ごめんね、エイジ、私、どうかしてた……」
泣きじゃくるジェシカ。
「だけど、もう、姉貴にもアリシア先輩にも、バレてるだろうな。アリシア先輩はいいとして、姉貴はただじゃおかないって思ってるよなぁ、きっと」
「私もそう思う」
ジェシカは、また泣きだした。
「だから、泣くなって。俺も一緒に謝るから。な」
「だって、エイジを痛めつけようとしたんだよ、私、……もう、帰れないよ。イーヴァイラスの力を自分の都合に使ってしまったもの」
「それは、俺も少し責任あるし、それに、まだ一年生だし。な、俺も姉貴に頭下げるから。だから戻ろう」
「私、この山から飛び降りて、責任とるよ」
「そんなバカなことは考えるなよ。それに、俺ひとり山に残して、かい?」
「こんな時に、冗談言わないでよ。本当に死ぬんだから」
「わかった。じゃ、今度だけな」
そう言うと、エイジは、ジェシカを抱きしめた。
「なに?」
「ジェシカが死んだら、俺イヤだよ。だって、俺達、ずっと一緒に来たじゃないか」
エイジは、ジェシカを抱きしめたまま、優しく口付けした。
「あ……」
ジェシカは、口付けの瞬間に、声にならない声を発した。
しばらく、エイジはそのまま動かなかった。どういうわけか、エルディリオン神族は顕現しなかった。
二人はやがて離れた。
「エイジ……」
ジェシカは、また泣き出した。
「あ、イヤだったかい?」
「いいえ、とても嬉しい」そう言って、今度はジェシカが、エイジをぎゅっと強く抱きしめた。「想い出の場所で、また想い出ができちゃった」
「それじゃ、もう、死にたいとか言うなよ」
「うん」
「一緒に謝ろうな」
「うん。エイジ、大好き」
「それじゃ、ツァール出してくれよ」
「もう無理だよ」
「どうして?」
「私、修行が足りないから、影ができないとツァールは顕現できないのよ。もう陽が暮れたし」
「本当に?」
「うん」
「それじゃ、歩いて山を下りるということ?」
「そういうことね」
エイジは、頭を抱えて途方に暮れた。
◇
ロックウッドの家。
エレナとアリシアが居間のソファに座っている。
「まだ、帰ってこない……」
エレナが言った。
「携帯電話も出ませんね」
と、アリシア。
「現場には、証拠らしきものも見つからなかったし、本当はロイガーだったのかも」
「しかし、ロイガーがこの場所を知っているとは、思えません」
「そうね。知っていたら、とうの昔に襲ってきているわね。それにしても、エイジはどこまで行ったのかしら? アリシアは心配?」
「はい」
「ところで、こういう負の感情まで戻ることは、よかったの?」
「はい。自分自身が戻ってきた実感がします」
「そう。でも、アリシアがどこまで抑えられるか、見極めないと」
◇
「ねぇ、さっきキスした時、」ジェシカが言った。「どうして、エルディリオン神族は顕現しなかったのかしら?」
真っ暗な山道を、二人で手をつなぎながら、とことこと歩いて下りていた。
「なんでだろう。でも、大体、わかる気がするんだけど……」
「なんなの?」
「どうも、俺が本気になっている相手では、ダメみたいなんだ」
「というと、今、顕現しなかったってことは、エイジが私に本気ってこと?」
「理屈は、そうなるな」
「嬉しい!」
「だけど、その前は顕現した。なんか、俺の本気って結構いい加減だな」
「なんだ、そうなんだ。でも、今は本気ってことだったんだよね」
「うん。ちょっと、今はジェシカが、いとおしいかな」
「わぁ、嬉しい言葉!」
「ジェシカを死なすなんて、できないからな。そうなったら、俺はもうこの先どうしていいか、わからなくなるよ」
「うん、うん」
ジェシカは、エイジにべたべたくっついた。
「歩きづらいよ」
「離れないもん」
夜明け前。
結局、夜通しで歩き続けて二人は帰ってきた。
ジェシカの家も、その隣のエイジの家も、電気は点いていた。
「ああ、これは、もっと怒られるな」
エイジは、ジェシカを彼女の家に帰してから、自分の家に入った。
エイジは、溜息をもらした。そんなに、なびくわけないよな。モテ期も終わりか。
「だから、エイジに残った選択肢は、ただひとつ!」
「それが、ジェシカさん、ってことなんですね。はぁ……」
「なんで、溜息つくのよ。私じゃ、不満?」
「不満はないよ。ジェシカは、とってもかわいいし」
「そう? 嬉しい!」
「でもさ、ずーっと見てるんだよ、昔から。今さら、幼馴染と付き合うなんて、妹と付き合うみたいっていうかさ、そうだ、俺にとって妹みたいなんだよ。かわいい妹さ、ジェシカは」
「そうなんだ……」
ジェシカは悲しそうになった。
「そんな悲しそうな顔するなよ。でも、メリットだってあるよ。俺、多分、この先ジェシカのことを嫌いになるなんて考えられないし、宿題だって見せあいできるし、何でも相談できるし……」
「もう、いいよ。あんまり前向きじゃないな。なんか安全パイなんだ、私って」
「そんなことはないよ。だって、前に隣のクラスのヤツに告白されたって聞いたら、少しは嫉妬心はあったしな、俺も」
「そうなの?」
「うん。なんか、ジェシカを取られるのはイヤだな、って思った」
「嬉しい。実は、あれ、本当のことだったんだよ」
「え? そうなの」
「でも、そのことをエイジに言った時、エイジを見てたら、ついウソって言っちゃったんだ。それから、ちゃんとお断りしたから安心してね」
「かっこいいヤツだったの?」
「うん。でも、エイジの方が、もっとかっこいいもの」
「そう言われると、嬉しいな」
「ね、だから、私と付き合ってよ」
「それは、少し考えるよ。だって、俺、まだ、アリシア先輩のことを吹っ切れてないし。それに、一つ屋根の下に暮らすなんて、どういうお仕置きなんだ、って感じさ」
「本当は、嬉しいんでしょ?」
「え、まあ、うん。嬉しいよ」
「さっきだって、エイジの家から一緒に帰ってきてたものね」
「あれは、アリシア先輩が入る予定の部屋の片付けを一緒に手伝ってもらってただけさ」
「へぇ、そうなんだ。でも、手をつないで玄関から出てきたでしょ?」
それは、会話の勢いというのか。しゃぁしゃぁと、それを言ってのけたジェシカに、エイジは、やれやれという顔をした。
「やっぱりか」
「え?」
「ジェシカが、俺が玄関を出た時の状況を知っているとは、ね。あれは、ロイガーじゃなかったんだ……」
「しまった……」ジェシカは蒼ざめた。「……ごめんなさい。絶対に許されないことをしました」
すると、ジェシカの目にみるみると涙が溢れだした。
「泣くなよ。ジェシカの気持ちもわかるさ。俺がそれを無視してたわけだし。今回は、誰も怪我もなかったし、俺は許すよ。な、だから、泣くなよ」
「ごめんね、エイジ、私、どうかしてた……」
泣きじゃくるジェシカ。
「だけど、もう、姉貴にもアリシア先輩にも、バレてるだろうな。アリシア先輩はいいとして、姉貴はただじゃおかないって思ってるよなぁ、きっと」
「私もそう思う」
ジェシカは、また泣きだした。
「だから、泣くなって。俺も一緒に謝るから。な」
「だって、エイジを痛めつけようとしたんだよ、私、……もう、帰れないよ。イーヴァイラスの力を自分の都合に使ってしまったもの」
「それは、俺も少し責任あるし、それに、まだ一年生だし。な、俺も姉貴に頭下げるから。だから戻ろう」
「私、この山から飛び降りて、責任とるよ」
「そんなバカなことは考えるなよ。それに、俺ひとり山に残して、かい?」
「こんな時に、冗談言わないでよ。本当に死ぬんだから」
「わかった。じゃ、今度だけな」
そう言うと、エイジは、ジェシカを抱きしめた。
「なに?」
「ジェシカが死んだら、俺イヤだよ。だって、俺達、ずっと一緒に来たじゃないか」
エイジは、ジェシカを抱きしめたまま、優しく口付けした。
「あ……」
ジェシカは、口付けの瞬間に、声にならない声を発した。
しばらく、エイジはそのまま動かなかった。どういうわけか、エルディリオン神族は顕現しなかった。
二人はやがて離れた。
「エイジ……」
ジェシカは、また泣き出した。
「あ、イヤだったかい?」
「いいえ、とても嬉しい」そう言って、今度はジェシカが、エイジをぎゅっと強く抱きしめた。「想い出の場所で、また想い出ができちゃった」
「それじゃ、もう、死にたいとか言うなよ」
「うん」
「一緒に謝ろうな」
「うん。エイジ、大好き」
「それじゃ、ツァール出してくれよ」
「もう無理だよ」
「どうして?」
「私、修行が足りないから、影ができないとツァールは顕現できないのよ。もう陽が暮れたし」
「本当に?」
「うん」
「それじゃ、歩いて山を下りるということ?」
「そういうことね」
エイジは、頭を抱えて途方に暮れた。
◇
ロックウッドの家。
エレナとアリシアが居間のソファに座っている。
「まだ、帰ってこない……」
エレナが言った。
「携帯電話も出ませんね」
と、アリシア。
「現場には、証拠らしきものも見つからなかったし、本当はロイガーだったのかも」
「しかし、ロイガーがこの場所を知っているとは、思えません」
「そうね。知っていたら、とうの昔に襲ってきているわね。それにしても、エイジはどこまで行ったのかしら? アリシアは心配?」
「はい」
「ところで、こういう負の感情まで戻ることは、よかったの?」
「はい。自分自身が戻ってきた実感がします」
「そう。でも、アリシアがどこまで抑えられるか、見極めないと」
◇
「ねぇ、さっきキスした時、」ジェシカが言った。「どうして、エルディリオン神族は顕現しなかったのかしら?」
真っ暗な山道を、二人で手をつなぎながら、とことこと歩いて下りていた。
「なんでだろう。でも、大体、わかる気がするんだけど……」
「なんなの?」
「どうも、俺が本気になっている相手では、ダメみたいなんだ」
「というと、今、顕現しなかったってことは、エイジが私に本気ってこと?」
「理屈は、そうなるな」
「嬉しい!」
「だけど、その前は顕現した。なんか、俺の本気って結構いい加減だな」
「なんだ、そうなんだ。でも、今は本気ってことだったんだよね」
「うん。ちょっと、今はジェシカが、いとおしいかな」
「わぁ、嬉しい言葉!」
「ジェシカを死なすなんて、できないからな。そうなったら、俺はもうこの先どうしていいか、わからなくなるよ」
「うん、うん」
ジェシカは、エイジにべたべたくっついた。
「歩きづらいよ」
「離れないもん」
夜明け前。
結局、夜通しで歩き続けて二人は帰ってきた。
ジェシカの家も、その隣のエイジの家も、電気は点いていた。
「ああ、これは、もっと怒られるな」
エイジは、ジェシカを彼女の家に帰してから、自分の家に入った。