- 013 ロイガー(1) -
文字数 3,184文字
ヌンガイの森の入口。
アリシアとエイジは、まだ森の中に入ってはいない。
「迂闊に入れば、」アリシアが言った。「ベルナスのように精神制御されてしまう。おそらく、中にはロイガーもいるはず」
「アリシア先輩、どうしますか?」
「駆け足で森の周囲を一回りする」
「え? 何ですって?」
「言った通り。エイジは左周り。私は右周りで」
「別々ですか?」
「そう。だが、もし敵が現れたら、来た道を全速で戻ること。決して戦ってはならない。では始める」
そう言うと、アリシアは走り始めた。しょうがないなぁと思いつつ、エイジは従い、アリシアとは逆方向に走り始めた。
一体、アリシア先輩は何を考えているのか、エイジには理解できなかった。それより、自分一人でこんな所にいても大丈夫なのか不安であった。大体、森の周囲に道などない。草むらをかき分けて駆けるしかなかった。
そして、アリシアに言われるまま、エイジがしばらく走っていると、森側の木立がざわめいてきた。明らかに何物かが並走している感じである。
化け物が出てきたに違いない、とエイジは直感して嘆いた。どうするか? エイジに策はない。走るだけである。だが、どうやら相手は早いようだ。木々の枝や草が揺れる箇所の移動で、それがわかったからだ。
アリシア先輩は敵に遭遇したら全速で戻れ、と言っていたが、まだ姿を見せていないし、エイジは化け物が姿を現したら、そうしようと考えた。だが、敵があの蜘蛛なら、ベルナスやミラのようにヒプノシスをかけられてしまうかもしれない。
不安にかられたエイジは立ち止まった。
すると、並走していた木々の揺れがしばらく突き進んだと思ったが、少し行った先で停止した。
「アトラック・ナチャ!」
エイジはそう叫んだが、それはエイジの意図したことではない。なぜか自然に口から出てきた。自分は何を言っているんだ、と思った。
「エイジ・ロックウッド」
がさごそと木の枝が揺れ、そいつが森の中から姿を現した。ギュトの姿ではない。蜘蛛神。アトラック・ナチャ。
エイジはその姿を見ないようにし、急いで来た道を全速で引き返した。
もし、見ればヒプノシスにかかるかもしれない。
走れ! 構わず走れ。後ろを振り向くな! そう自分に言い聞かせて。
そして、やはりがさごそと後ろから付いてくる音というか気配がしている。明らかに自分を追いかけてきているのだ。
足はヤツの方が多い分、走るのは有利ではないのか? と、エイジは走りながら考えた。だが、走っているおかげで、ヤツは蜘蛛の巣を吹き出せないはずである。エイジは、そんなことを考えて走り続けた。案の定、蜘蛛の巣の攻撃は受けずにすんだからだ。
しかし、その代わりに巨大な爪を繰り出し始めた。蜘蛛は走りながら、エイジに向かってその爪を突き立ててきたが、エイジはすれすれでかわしていた。
まずい! エイジは焦った。もし当たれば、怪我ではすまないだろう。
そして、次にアトラック・ナチャの爪がエイジに振りかざされた時。
シュっという音がエイジをかすめた。その瞬間、ドサっとアトラック・ナチャの爪が地面に叩き落とされた。
エイジが前を見ると、アリシアが前に見た時と同じ右腕を水平に伸ばした掌打の構えで、こちらに向いて立っていた。そして、時折、何か言っていたがよく聞き取れなかった。
「え?」
「伏せて」
アリシアはそう言っていたのだ。
エイジは走りながら伏せようとして、前のめりになって転がった。転がりながら、スローモーションを見ているかのようにアトラック・ナチャの脚が一本、二本と切断されていくのが見えた。
アリシアがクティラの断裂を使ったのだ。
「ギャ!」
その悲鳴はアトラック・ナチャのものだと思われた。
転がり終わると、エイジはアリシアの足下にいた。
既にアトラック・ナチャは脚を何本か失い、その場で動けなくなっていた。
「胴体も刻みましょうか?」
アリシアがアトラック・ナチャに向かって言った。
やがて、アトラック・ナチャは、しゅうっとだらしなく蜘蛛の糸を吐きながら沈黙した。
「助かりました、アリシア先輩」
やはり、アリシア先輩はかっこいいなぁ、とエイジは思って、まじまじと彼女を見つめた。
「安心してはダメ。すぐ後ろにチャウグナー・フォーンが来てる」
すかさず、アリシアはクティラの断裂を真後ろに放った。
すると、キーンという鋭い金属の音が辺りに響いた。
「そんなの効かないよ」真後ろで、チャウグナー・フォーンが金属のように固まっていた。「普段は石像になるしかないんだが、エルディリオン神族の力で金属のように硬くなれたんだ。感謝するよ、エイジ君」
エイジはアリシアを見た。
「まずい、アリシア先輩」
「固まっている間は向こうも攻撃できないはず。恐れることはない」
アリシアは間断なくクティラの断裂を放った。そのたびに金属音とともに断裂が跳ね返された。
「いつまで撃てるのかな」
チャウグナー・フォーンが言った。
そして、アリシアは小声で、エイジにチャウグナー・フォーンに何か喋らせるように指示し、エイジは頷いた。
「何言ってるんだ! アリシア先輩は完璧に平気だぞ。それよりも、おまえのその鉄壁がいつまでもつんだ? 吸血象め」
と、エイジが挑発した。
「貴様、馬鹿にするな! 俺様にクティラ如きが敵うはず……」
その時、アリシアは敵の口をめがけてクティラの断裂を放った。
「ウギャ!」
その悲鳴はチャウグナー・フォーンであった。
「おしゃべりは命取り」アリシアが淡々と言った。「喋っていれば口の硬さはなくなるの」
チャウグナー・フォーンは口が裂けて血が噴き出し、そこに倒れ伏せた。
「たった一人であの化け物を二体も……」
エイジは重ね重ね驚いた。そして、何よりもその冷静さに尊敬した。おそらく、二人で森の周りを走らせたのは、森の中から化け物達を分断させたかったからなのだ。そして、まだエルディリオン神族の力を持たないエイジの所には、蜘蛛神が来ることも予想していたのだ。
「先を急ぐ。ついてきなさい」
アリシアは言った。そして、森の中に入って行った。
「は、はい!」
エイジもその後に続いた。
そして、エイジには感動でいっぱいだった。
圧倒的に強い。
アリシア先輩は強すぎるなぁ、と。エイジはアリシアと一緒にいられるだけで何か幸せになった。
◇
森の入口にエレナとミラが辿り着いた。
そこで二人は、ギュトが左腕を失って倒れているのを見つけた。その近くに、おそらくシュファと思われる見知らぬ男が口から血を吐いて倒れているのも。
「どうやら、アリシアの戦績のようね」
エレナが言った。
「凄いですね、アリシア先輩」
その時、ギュトとシュファが微かに動いた。
「ああ、ま、まだ、このお二人、生きていますよ、部長」
ミラがおじけづいたように言った。
「そのようね。応急手当てをしましょう」
「え? た、助けるんですか?」
さらにミラは、エレナの言葉に驚いた。
「当たり前よ、大怪我してるんだもの」
「は、はい、わかりました」
近くにあったアトラック・ナチャが吐いたと思われる蜘蛛の糸で、エレナとミラは、ギュトとシュファの傷口を塞いだ。
「今、起き上がられると問題があるから、残った糸でこの二人の体を縛っておきましょう」
手当てが終わった所で、エレナが言った。
「はい」
二人をそれぞれぐるぐると縛りあげ、エレナは言った。
「それじゃ、ミラ、千里眼でアリシアとエイジがどこにいるかを見てくれるかしら?」
ミラの目が赤くなった。
「この先500メートル位の所です」
「わかったわ。それから、ベルナスとジェシカが見えるかしら?」
「いいえ。森の木に阻まれてよくわかりません」
「そう。でも、アリシア達に続くしかないわ。それから、ロイガーが見えたら教えて」
エレナもミラも、森に入って行った。
アリシアとエイジは、まだ森の中に入ってはいない。
「迂闊に入れば、」アリシアが言った。「ベルナスのように精神制御されてしまう。おそらく、中にはロイガーもいるはず」
「アリシア先輩、どうしますか?」
「駆け足で森の周囲を一回りする」
「え? 何ですって?」
「言った通り。エイジは左周り。私は右周りで」
「別々ですか?」
「そう。だが、もし敵が現れたら、来た道を全速で戻ること。決して戦ってはならない。では始める」
そう言うと、アリシアは走り始めた。しょうがないなぁと思いつつ、エイジは従い、アリシアとは逆方向に走り始めた。
一体、アリシア先輩は何を考えているのか、エイジには理解できなかった。それより、自分一人でこんな所にいても大丈夫なのか不安であった。大体、森の周囲に道などない。草むらをかき分けて駆けるしかなかった。
そして、アリシアに言われるまま、エイジがしばらく走っていると、森側の木立がざわめいてきた。明らかに何物かが並走している感じである。
化け物が出てきたに違いない、とエイジは直感して嘆いた。どうするか? エイジに策はない。走るだけである。だが、どうやら相手は早いようだ。木々の枝や草が揺れる箇所の移動で、それがわかったからだ。
アリシア先輩は敵に遭遇したら全速で戻れ、と言っていたが、まだ姿を見せていないし、エイジは化け物が姿を現したら、そうしようと考えた。だが、敵があの蜘蛛なら、ベルナスやミラのようにヒプノシスをかけられてしまうかもしれない。
不安にかられたエイジは立ち止まった。
すると、並走していた木々の揺れがしばらく突き進んだと思ったが、少し行った先で停止した。
「アトラック・ナチャ!」
エイジはそう叫んだが、それはエイジの意図したことではない。なぜか自然に口から出てきた。自分は何を言っているんだ、と思った。
「エイジ・ロックウッド」
がさごそと木の枝が揺れ、そいつが森の中から姿を現した。ギュトの姿ではない。蜘蛛神。アトラック・ナチャ。
エイジはその姿を見ないようにし、急いで来た道を全速で引き返した。
もし、見ればヒプノシスにかかるかもしれない。
走れ! 構わず走れ。後ろを振り向くな! そう自分に言い聞かせて。
そして、やはりがさごそと後ろから付いてくる音というか気配がしている。明らかに自分を追いかけてきているのだ。
足はヤツの方が多い分、走るのは有利ではないのか? と、エイジは走りながら考えた。だが、走っているおかげで、ヤツは蜘蛛の巣を吹き出せないはずである。エイジは、そんなことを考えて走り続けた。案の定、蜘蛛の巣の攻撃は受けずにすんだからだ。
しかし、その代わりに巨大な爪を繰り出し始めた。蜘蛛は走りながら、エイジに向かってその爪を突き立ててきたが、エイジはすれすれでかわしていた。
まずい! エイジは焦った。もし当たれば、怪我ではすまないだろう。
そして、次にアトラック・ナチャの爪がエイジに振りかざされた時。
シュっという音がエイジをかすめた。その瞬間、ドサっとアトラック・ナチャの爪が地面に叩き落とされた。
エイジが前を見ると、アリシアが前に見た時と同じ右腕を水平に伸ばした掌打の構えで、こちらに向いて立っていた。そして、時折、何か言っていたがよく聞き取れなかった。
「え?」
「伏せて」
アリシアはそう言っていたのだ。
エイジは走りながら伏せようとして、前のめりになって転がった。転がりながら、スローモーションを見ているかのようにアトラック・ナチャの脚が一本、二本と切断されていくのが見えた。
アリシアがクティラの断裂を使ったのだ。
「ギャ!」
その悲鳴はアトラック・ナチャのものだと思われた。
転がり終わると、エイジはアリシアの足下にいた。
既にアトラック・ナチャは脚を何本か失い、その場で動けなくなっていた。
「胴体も刻みましょうか?」
アリシアがアトラック・ナチャに向かって言った。
やがて、アトラック・ナチャは、しゅうっとだらしなく蜘蛛の糸を吐きながら沈黙した。
「助かりました、アリシア先輩」
やはり、アリシア先輩はかっこいいなぁ、とエイジは思って、まじまじと彼女を見つめた。
「安心してはダメ。すぐ後ろにチャウグナー・フォーンが来てる」
すかさず、アリシアはクティラの断裂を真後ろに放った。
すると、キーンという鋭い金属の音が辺りに響いた。
「そんなの効かないよ」真後ろで、チャウグナー・フォーンが金属のように固まっていた。「普段は石像になるしかないんだが、エルディリオン神族の力で金属のように硬くなれたんだ。感謝するよ、エイジ君」
エイジはアリシアを見た。
「まずい、アリシア先輩」
「固まっている間は向こうも攻撃できないはず。恐れることはない」
アリシアは間断なくクティラの断裂を放った。そのたびに金属音とともに断裂が跳ね返された。
「いつまで撃てるのかな」
チャウグナー・フォーンが言った。
そして、アリシアは小声で、エイジにチャウグナー・フォーンに何か喋らせるように指示し、エイジは頷いた。
「何言ってるんだ! アリシア先輩は完璧に平気だぞ。それよりも、おまえのその鉄壁がいつまでもつんだ? 吸血象め」
と、エイジが挑発した。
「貴様、馬鹿にするな! 俺様にクティラ如きが敵うはず……」
その時、アリシアは敵の口をめがけてクティラの断裂を放った。
「ウギャ!」
その悲鳴はチャウグナー・フォーンであった。
「おしゃべりは命取り」アリシアが淡々と言った。「喋っていれば口の硬さはなくなるの」
チャウグナー・フォーンは口が裂けて血が噴き出し、そこに倒れ伏せた。
「たった一人であの化け物を二体も……」
エイジは重ね重ね驚いた。そして、何よりもその冷静さに尊敬した。おそらく、二人で森の周りを走らせたのは、森の中から化け物達を分断させたかったからなのだ。そして、まだエルディリオン神族の力を持たないエイジの所には、蜘蛛神が来ることも予想していたのだ。
「先を急ぐ。ついてきなさい」
アリシアは言った。そして、森の中に入って行った。
「は、はい!」
エイジもその後に続いた。
そして、エイジには感動でいっぱいだった。
圧倒的に強い。
アリシア先輩は強すぎるなぁ、と。エイジはアリシアと一緒にいられるだけで何か幸せになった。
◇
森の入口にエレナとミラが辿り着いた。
そこで二人は、ギュトが左腕を失って倒れているのを見つけた。その近くに、おそらくシュファと思われる見知らぬ男が口から血を吐いて倒れているのも。
「どうやら、アリシアの戦績のようね」
エレナが言った。
「凄いですね、アリシア先輩」
その時、ギュトとシュファが微かに動いた。
「ああ、ま、まだ、このお二人、生きていますよ、部長」
ミラがおじけづいたように言った。
「そのようね。応急手当てをしましょう」
「え? た、助けるんですか?」
さらにミラは、エレナの言葉に驚いた。
「当たり前よ、大怪我してるんだもの」
「は、はい、わかりました」
近くにあったアトラック・ナチャが吐いたと思われる蜘蛛の糸で、エレナとミラは、ギュトとシュファの傷口を塞いだ。
「今、起き上がられると問題があるから、残った糸でこの二人の体を縛っておきましょう」
手当てが終わった所で、エレナが言った。
「はい」
二人をそれぞれぐるぐると縛りあげ、エレナは言った。
「それじゃ、ミラ、千里眼でアリシアとエイジがどこにいるかを見てくれるかしら?」
ミラの目が赤くなった。
「この先500メートル位の所です」
「わかったわ。それから、ベルナスとジェシカが見えるかしら?」
「いいえ。森の木に阻まれてよくわかりません」
「そう。でも、アリシア達に続くしかないわ。それから、ロイガーが見えたら教えて」
エレナもミラも、森に入って行った。