- 045 PS部隊(1) -
文字数 3,068文字
第二管区航宙基地、PS部隊作戦室。
中央の作戦卓の周りで、ラザフォード少佐とランドー少尉が、向かい合ってある報告書を見て立っている。
「結論から申し上げます、」ランドー少尉がラザフォード少佐に報告していた。「ブライトン学園陰陽部の戦力は、我々PS部隊の戦力を凌駕しています。詳細を申しますと、一、アリシア・ロングランドに同行したガゼル特務兵からの聞きとり調査、二、蜘蛛の化け物の死体解剖、三、生き残った象の化け物の取り調べより得られた結果を報告します。まず、ガゼル特務兵の話から、アリシア・ロングランドは、敵に手を触れることなく遠方より切断できるとありました。また、蜘蛛の化け物には、我々の通常兵器、工具では傷一つ付けられないほどの装甲の皮膚を持ちながら、最大の厚みのある装甲個所の頭部を貫通する何らかの熱線の射撃痕が見られました。さらに、象の化け物の自白には、陰陽部員の一人が所持するツァールと呼ばれる神格に上空から叩き落とされたとのことでした。このツァールとは、我々の現在追っているロイガーと姿形もそっくりで同等の力を所持している、とのことであります」
「なるほど」少佐が応えた。「どうやら、少尉は、あの化け物達よりも、陰陽部に興味があるようだな」
「これを放置しておくのは、我々にとってもいずれ脅威になると思われますので!」
「しかし、彼等を統率しているのは、故ロックウッド大佐の御子息だ」
「実は、それについても調べた結果があります」
ランドーはおそれながら言った。少佐がかつてロックウッド大佐の部下だったという、旧知の仲であることも知っていて、その調査を進めていたからだ。
「ほう、どんな結果だった?」
だが、意外にも少佐はその調査結果を聞きたそうであった。
「はい。エレナ、エイジのお二人の御子息は、大佐夫婦の実の子供ではない、ということです」
「なに?」
「実は、軍に保管されている大佐の家族の扶養履歴を閲覧しました。それによると、今から15年前に、大佐は二人のお子さんをカシリアム3のキャブラータ宇宙港の事故で亡くしておられました」
「では、あの二人は?」
「大佐は、その直後にいきなり二人の子供を養子として迎えています。その二人の年齢は、その時点で、長女6歳、長男1歳で登録されていました。長男の方は認識がないでしょうが、長女の方は、自分と弟が養子であると認識していると思います」
「なるほど」
「さらに、大佐の個人記録を調べた結果、その扶養変更の直前に一カ月の長期休暇が取られています」
「考えうるに、その間に養子を取ったということか。しかも二人もいっぺんに。その頃は、まだ、私も大佐とは知りあっていないからな。おそらく、その頃は、大佐もまだ少佐の位であっただろう。で、その二人の養子は、どこで見つけたことになっているのだ?」
「そこまでは判明していません」
「そうか。……もしかすると、これはPS部隊の設立そのものに何か関わっている可能性があるな」
「と、言いますと?」
「PS部隊、つまり、サイキックソルジャー部隊の設立には、故ロックウッド大佐も絡んでいる。私は大佐から引き継いだだけだ。おそらく大佐には、PS部隊の要員に、エレナ、エイジを利用しようと考えたことがあったのかもしれない。やはり、問題は、あの二人の出自だな。現在、それを知っているのは、エレナ・ロックウッドだけということか」
「彼女を尋問しますか?」
「待て。彼女は、何も悪いことはしていない。むしろ、協力的だ。しかも、将来、我々の仲間になる可能性もある。では、どうする?」
「では、籠絡いたしますか?」
「いや、むしろ泳がせておこう。彼女が何か尻尾を出したら、その時、対処する。エレナへの監視の目を怠るな」
「了解しました」
大佐の遺産は、大変なものだな、とラザフォードは感じた。
◇
エイジとジェシカが遅刻した、その日の放課後のミーティング。
「じゃーん!」陰陽部全員の前で、エレナが大きな声を上げて部室に入ってきた。「もうすぐ夏休み! みんな計画とか何もないはずよね」
「ないよ!」
突っ込んだのは、エイジだけだった。
「全く、いい若者が夏休みに家でごろごろするなんて、不健康の極みね」
「で、夏休みに何をすればいいのでしょう?」
エイジは厭きれたように訊いた。
「エイジ君! いい質問。我々は、地球に合宿に行きます!」
「地球だって! そんな旅費なんかないでしょう!」
「もう決定したもの。お金は、なんとかするから」
エレナは、小さい声で、つまらなそうに言った。
「これだけの人数で、そんな大金、どうやって? それに、どこで、そんな合意がされたんです?」
と、エイジ。
「私の心の中で」
さらに小さい声でエレナ。
「大体、地球とか、もう汚染が酷くって、行っても健康を害するだけでしょ? 行くならもっと綺麗な星にしたら、どうです?」
「地球。地球がいい。地球に行ってみたい。絶対に地球へ行く」
ああ、また、エレナの我が儘病だ。我が儘が始まると、どうしようもなくなる。この時点で、これは部の決定事項という。
「はい、わかりました! ベルナス副部長、どうなんですか?」
エイジは、ベルナスに振った。
「部長がおっしゃるなら、それは、この部の合意ですので」
ベルナスは、にこにこしながら言った。
「じゃ、この件は、私の方で計画立てるから。みんな楽しみにしてるのよ。家に帰ったら、エイジも手伝いなさい!」
「え、俺も? ……ところで、合宿って何やるのかね?」
エイジが訊いた。
「海で泳いだり、肝だめしとかよ」
「それ、地球じゃなくてもいいじゃん! 第一、俺等が化け物なんだから、肝だめしとか、ほとんど意味ないでしょ!」
エイジが言ってしまった。言ったとたん、イヤな雰囲気となった。
全員、シーンとなったからだ。
「それね、言っちゃいけないんだよなぁ。我々は本当に化け物なんだよね。確かに第三者が見たら怖いと思うよ。でも、みんなそれを敢えて、自分でカワイイとか言ってるわけよ、わかる?」
エレナが諭すように言った。
「す、すいません」
「まぁ、肝だめしやっても、我々相手じゃ、妖怪や魑魅魍魎も退散するという意味だよな、弟君」
「す、すいません、その通りです」
「以後、言葉に気をつけるように。で、次の話題。ジェシカ君、立って」
ああ、ついにジェシカの番だ……。
「はい」
ジェシカは立ち上がった。
「言いたいことを言いたまえ」
エレナは偉そうに言った。
「すみません、本当にすみません。アリシア先輩、エイジ、ごめんなさい!」
ジェシカは平身低頭に謝った。
「よし! これで終わり」エレナは意外とさっぱりしていた。「アリシアもエイジも、なんか文句ある? ジェシカは十分反省した。これでよし。ね!」
エレナは、ジェシカに合図した。
今日のエレナは、女なのに男気があるというか、ちょっとかっこいいなとエイジは思った。
と、その時、陰陽部の扉をトントンとノックする音。
「おや、誰かしら?」
エレナが言った。一番近い席にいたジェシカが扉を開けた。
「きゃー!」
ジェシカの悲鳴。
扉の外には、爬虫類というか、立ち上がった蜥蜴というか、セイール人が立っていた。と、よく見れば、それはガゼル特務兵であった。服装は、兵装ではなく、普段着。と言っても、セイール文化のものであるが。
「ジェシカ、失礼よ!」
エレナが言った。
ジェシカは、ツァールの顕現が解けた時には気を失っていたので、ガゼルの姿を見ていなかった。そのため、今、その姿を初めて見て、ちょっと驚いたのだろう。
中央の作戦卓の周りで、ラザフォード少佐とランドー少尉が、向かい合ってある報告書を見て立っている。
「結論から申し上げます、」ランドー少尉がラザフォード少佐に報告していた。「ブライトン学園陰陽部の戦力は、我々PS部隊の戦力を凌駕しています。詳細を申しますと、一、アリシア・ロングランドに同行したガゼル特務兵からの聞きとり調査、二、蜘蛛の化け物の死体解剖、三、生き残った象の化け物の取り調べより得られた結果を報告します。まず、ガゼル特務兵の話から、アリシア・ロングランドは、敵に手を触れることなく遠方より切断できるとありました。また、蜘蛛の化け物には、我々の通常兵器、工具では傷一つ付けられないほどの装甲の皮膚を持ちながら、最大の厚みのある装甲個所の頭部を貫通する何らかの熱線の射撃痕が見られました。さらに、象の化け物の自白には、陰陽部員の一人が所持するツァールと呼ばれる神格に上空から叩き落とされたとのことでした。このツァールとは、我々の現在追っているロイガーと姿形もそっくりで同等の力を所持している、とのことであります」
「なるほど」少佐が応えた。「どうやら、少尉は、あの化け物達よりも、陰陽部に興味があるようだな」
「これを放置しておくのは、我々にとってもいずれ脅威になると思われますので!」
「しかし、彼等を統率しているのは、故ロックウッド大佐の御子息だ」
「実は、それについても調べた結果があります」
ランドーはおそれながら言った。少佐がかつてロックウッド大佐の部下だったという、旧知の仲であることも知っていて、その調査を進めていたからだ。
「ほう、どんな結果だった?」
だが、意外にも少佐はその調査結果を聞きたそうであった。
「はい。エレナ、エイジのお二人の御子息は、大佐夫婦の実の子供ではない、ということです」
「なに?」
「実は、軍に保管されている大佐の家族の扶養履歴を閲覧しました。それによると、今から15年前に、大佐は二人のお子さんをカシリアム3のキャブラータ宇宙港の事故で亡くしておられました」
「では、あの二人は?」
「大佐は、その直後にいきなり二人の子供を養子として迎えています。その二人の年齢は、その時点で、長女6歳、長男1歳で登録されていました。長男の方は認識がないでしょうが、長女の方は、自分と弟が養子であると認識していると思います」
「なるほど」
「さらに、大佐の個人記録を調べた結果、その扶養変更の直前に一カ月の長期休暇が取られています」
「考えうるに、その間に養子を取ったということか。しかも二人もいっぺんに。その頃は、まだ、私も大佐とは知りあっていないからな。おそらく、その頃は、大佐もまだ少佐の位であっただろう。で、その二人の養子は、どこで見つけたことになっているのだ?」
「そこまでは判明していません」
「そうか。……もしかすると、これはPS部隊の設立そのものに何か関わっている可能性があるな」
「と、言いますと?」
「PS部隊、つまり、サイキックソルジャー部隊の設立には、故ロックウッド大佐も絡んでいる。私は大佐から引き継いだだけだ。おそらく大佐には、PS部隊の要員に、エレナ、エイジを利用しようと考えたことがあったのかもしれない。やはり、問題は、あの二人の出自だな。現在、それを知っているのは、エレナ・ロックウッドだけということか」
「彼女を尋問しますか?」
「待て。彼女は、何も悪いことはしていない。むしろ、協力的だ。しかも、将来、我々の仲間になる可能性もある。では、どうする?」
「では、籠絡いたしますか?」
「いや、むしろ泳がせておこう。彼女が何か尻尾を出したら、その時、対処する。エレナへの監視の目を怠るな」
「了解しました」
大佐の遺産は、大変なものだな、とラザフォードは感じた。
◇
エイジとジェシカが遅刻した、その日の放課後のミーティング。
「じゃーん!」陰陽部全員の前で、エレナが大きな声を上げて部室に入ってきた。「もうすぐ夏休み! みんな計画とか何もないはずよね」
「ないよ!」
突っ込んだのは、エイジだけだった。
「全く、いい若者が夏休みに家でごろごろするなんて、不健康の極みね」
「で、夏休みに何をすればいいのでしょう?」
エイジは厭きれたように訊いた。
「エイジ君! いい質問。我々は、地球に合宿に行きます!」
「地球だって! そんな旅費なんかないでしょう!」
「もう決定したもの。お金は、なんとかするから」
エレナは、小さい声で、つまらなそうに言った。
「これだけの人数で、そんな大金、どうやって? それに、どこで、そんな合意がされたんです?」
と、エイジ。
「私の心の中で」
さらに小さい声でエレナ。
「大体、地球とか、もう汚染が酷くって、行っても健康を害するだけでしょ? 行くならもっと綺麗な星にしたら、どうです?」
「地球。地球がいい。地球に行ってみたい。絶対に地球へ行く」
ああ、また、エレナの我が儘病だ。我が儘が始まると、どうしようもなくなる。この時点で、これは部の決定事項という。
「はい、わかりました! ベルナス副部長、どうなんですか?」
エイジは、ベルナスに振った。
「部長がおっしゃるなら、それは、この部の合意ですので」
ベルナスは、にこにこしながら言った。
「じゃ、この件は、私の方で計画立てるから。みんな楽しみにしてるのよ。家に帰ったら、エイジも手伝いなさい!」
「え、俺も? ……ところで、合宿って何やるのかね?」
エイジが訊いた。
「海で泳いだり、肝だめしとかよ」
「それ、地球じゃなくてもいいじゃん! 第一、俺等が化け物なんだから、肝だめしとか、ほとんど意味ないでしょ!」
エイジが言ってしまった。言ったとたん、イヤな雰囲気となった。
全員、シーンとなったからだ。
「それね、言っちゃいけないんだよなぁ。我々は本当に化け物なんだよね。確かに第三者が見たら怖いと思うよ。でも、みんなそれを敢えて、自分でカワイイとか言ってるわけよ、わかる?」
エレナが諭すように言った。
「す、すいません」
「まぁ、肝だめしやっても、我々相手じゃ、妖怪や魑魅魍魎も退散するという意味だよな、弟君」
「す、すいません、その通りです」
「以後、言葉に気をつけるように。で、次の話題。ジェシカ君、立って」
ああ、ついにジェシカの番だ……。
「はい」
ジェシカは立ち上がった。
「言いたいことを言いたまえ」
エレナは偉そうに言った。
「すみません、本当にすみません。アリシア先輩、エイジ、ごめんなさい!」
ジェシカは平身低頭に謝った。
「よし! これで終わり」エレナは意外とさっぱりしていた。「アリシアもエイジも、なんか文句ある? ジェシカは十分反省した。これでよし。ね!」
エレナは、ジェシカに合図した。
今日のエレナは、女なのに男気があるというか、ちょっとかっこいいなとエイジは思った。
と、その時、陰陽部の扉をトントンとノックする音。
「おや、誰かしら?」
エレナが言った。一番近い席にいたジェシカが扉を開けた。
「きゃー!」
ジェシカの悲鳴。
扉の外には、爬虫類というか、立ち上がった蜥蜴というか、セイール人が立っていた。と、よく見れば、それはガゼル特務兵であった。服装は、兵装ではなく、普段着。と言っても、セイール文化のものであるが。
「ジェシカ、失礼よ!」
エレナが言った。
ジェシカは、ツァールの顕現が解けた時には気を失っていたので、ガゼルの姿を見ていなかった。そのため、今、その姿を初めて見て、ちょっと驚いたのだろう。