- 034 捕獲作戦(1) -

文字数 2,941文字

 エイジは自宅に戻った。睡眠時間は足りなくなってしまったが、予想外の展開で嬉しさの気持ちは爆発しそうだった。
 当然、眠気は吹っ飛んでしまい、ようやく眠りについたものの、集合に間に合うための時間には起きられずに、エレナが直に部屋に起こしに来た。

「何してるの? エイジ! 早く起きなさい!」

「う、……しまった、寝過した!」

「もう、早く着替えて!」

 エレナは、エイジの部屋のカーテンを開けた。

「あれ?」エレナは、くんくんと部屋の匂いを嗅いで、何か匂いが異なることに気になった。「これ、アリシアと同じ匂いだわね。いつもの男臭さの中に、アリシアの匂いが混ざってる……」

 なんという嗅覚なのだろう。
 エレナは、疑惑の目をエイジに向けた。

「この部屋にアリシアが入ったのは、儀式の時だったわね。一昨日、私がここへ来た時は、アリシアの匂いはなかった。ということは、エイジ、アリシアを昨日部屋に入れたの?」

「いいえ!」

「アリシアが昨晩、ここへ来たの? なんて、手が早い! それに、作戦がうまく行った後だ、って自分で言っておきながら」

「来てないよ!」

「じゃ、エイジが、アリシアの家へ行ったのね」

「行ってない!」

「それは、うそね」

 エレナは、エイジが脱ぎ散らかしたシャツからアリシアの匂いが漂っていることを突き止めた。

「これね。このシャツからアリシアの匂いがするわ。どういうこと?」

 それは、アリシアを抱きしめた時に着いたものに違いない。まるで新婚の妻が夫の服に満員電車でつけられたOLの香水を責めたてているようだった。

「なんでもないってば!」エイジは怒ったように言った。「着替えるから、出て行ってくれよ」

 エイジは、そう言ってエレナを部屋から追い出した。

 エイジが着替え終わり、廊下で待っていたエレナと一緒に家の外に出た。
 隣の家のドアが開き、ジェシカが出てきた。

「おはよう」

 三人はあいさつした。

「ねぇ、エイジ。昨晩、どこかへ行ったの?」

 ジェシカが靴を履いている途中のエイジに訊いた。

「え?」

 しまった。家を出ていく所をジェシカに見られていたのだ。

「ジェシカ、エイジがどこかへ行くのを見たの?」

 エレナがジェシカに訊いた。

「ええ。カーテンを閉めようとしたら、エイジが自転車に乗って出ていくのが見えたから」

 ジェシカが応えた。

「ははん、さっきの答えがわかったわね」エレナは、勝ち誇ったように言った。「まぁ、でも、今日の働き次第では、不問にしてもいいわ」

 エイジは、冷や汗が出てきたが、へらへらと笑うだけだった。

 集合時間になった。
 辺りは、まだ真っ暗である。
 アリシアを除く陰陽部と、軍のPS部隊が、それぞれの集合地点に集まった。アリシアだけが来ていない。
 エイジは、内心穏やかでなかった。まずい。きっと、起きられなかったに違いない。どうしよう。

「アリシア、遅いわね」エレナは、エイジを見てそう言った。「電話してみましょうか」

 エレナは電話をしたが、アリシアは出ない。

「出ないわね。……仕方ないな、ミラ、アリシアが何をしているか見て」

「は、はい」

 ミラは応えた。ミラの目が赤くなった。

「ええと、今、起きたところのようです」

「寝坊なのね、アリシアらしくないわね」

 また、エレナはエイジを見て言った。

「仕方ないわ。アリシアを待っていたら、兄弟団が移動してしまうから、クティラ抜きで始めるわ」

「待ってください」ベルナスが言った。「それでは、攻撃力が半減してしまいます」

「こちらには、半人前だけど、エルディリオン神族もツァールもいる。クティラの代わりにはなるわ」

 エレナが応えた。その時、軍から渡されていたトランシーバがコール音を出した。

「こちら、陰陽部」

 エレナは、トランシーバを取り、応えた。

「こちら、ラザフォード。PS部隊、配置を完了」

 トランシーバの先にいるラザフォード少佐が言った。

「了解。こちらの人員変更を伝える。アリシア・ロングランドは本作戦には参加せず。なお、代替要員はエイジ・ロックウッドが担当」

「了解」

「こちらは、作戦通り、目標地点に進行す。PS部隊は、こちらから指示あるまで、待機を願う」

「了解。健闘を祈る」

「通信終わり」

 エレナはトランシーバの通話を切った。
 エイジは、エレナが軍での会話方法をそのまま流暢に話すのに驚いた。父が話していたのを真似たのか?

「まず、全員、自分の携帯電話を切りなさい。人工的な音や電波の発信は命取りになるからね」

 全員、エレナの言うとおりに携帯電話を切った。さらに、エレナは続けた。

「ミラとエイジと私のAグループ、ベルナスとジェシカのBグループで散開して、目標地点へ向かうわ。GPSで常に現在地点を確認しながら、行動すること。では、作戦開始!」

 Aグループは森の東側から、Bグループは森の西側から、突入することになっていた。
 そして、BグループはAグループと別れて行った。
 エイジ達のAグループが森の入口に差しかかった頃、陽の昇る方角が明るくなり始めた。

「いいこと、エイジ、」エレナが言った。「アリシアの分まで、がんばりなさい。こっちのAグループの攻撃力は、エイジしかいないのよ」

「わかってる」

「いざとなったら、あなた達、躊躇なくキスしなさい。だから、絶対に二人が離れてはダメよ」

 ミラはエイジを見た。戸惑いの目だ。エイジは、ミラと少し目を合わせずらかった。みんなの前でアリシアに付き合いたいと宣言して、ミラとはまだ喋っていなかったからだ。

「ミラ先輩、お願いします」

「わかってるよ、エイジくん。がんばろうね」

 よかった。ミラ先輩はいい人だ。エイジは、ほっとした。
 目標地点に兄弟団の宇宙船が潜んでいることが判明している。だが、今まで近づいたものは帰ってきていない、というのが軍の調査結果である。今回の作戦は、あえて兄弟団の居場所に二方から同時に近づいて接近戦を行うというものだった。

 森の中は意外と広い。また、夜明けとはいえ、中は暗闇である。GPSだけが頼りであった。

「あと500メートル。このまま直進」

 GPSを持つエレナが言った。だが、直進と言っても枯れ木や倒木や生い茂る草で、思うように進まない。

「ミラ、何か見える?」

「いいえ、何も」

「Bチームの様子は見える?」

「問題なさそうです」

 と、その時、ブーンという大きな虫の羽音が聞こえた。

「ミラ!」

「シャンです」

 エイジは、何のことかわからなかったが、シャンとは、兄弟団が自衛のために放っている鳩ほどの大きさの昆虫種族のことであった。だが、昆虫と言っても高い知能を持ち、そして残忍な性格であって、気をつけなければならない存在である。

「ミラ、エイジにキスするのよ! エイジ、エルディリオン神族で撃退して」

「は、はい! エイジくん、行くよ!」

 ミラは言われた通り、エイジにキスした。
 が、エイジに変化はなかった。

「どうしたの?」エレナが言った。「早く!」

「もう一回いくよ、エイジくん。がんばろう」

 ミラは、もう一度キスした。
 エイジは、ミラを放した。

「なぜ、ダメなんだ! エルディリオン神族!」

 エイジは、どうしていいか、わからなくなった。
 ついに、シャンが一匹、三人の前に大きな羽音を響かせて目の前に現れた。
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