- 040 アリシアとエイジ(2) -

文字数 4,390文字

 翌日。
 アリシアの引越しは、次の日曜日に決まった。ロックウッドの家は、少し裕福というのもあって、一人くらい増えたところで、手狭になるようなこともなかった。
 だが、エレナはすべきことがあると思っていた。
 陰陽部。
 その日は、ミラとジェシカを残してお開きとなった。
 ジェシカにも、ミラにも、エレナがアリシアの件を話すのだろう。エイジは少し気が重かった。
 そして、エイジはアリシアに提供する部屋の片付けをするために、早めに帰った。
 そして、アリシアが手伝いたいと言ってきたので、家にあげることにした。だが、その間もエレナはイヤな役を買ってくれているのかと思うと、エイジはエレナにも申し訳ない気持ちを感じてしまうのだった。

「アリシア・ロングランドをロックウッドの家で引き取ります」

 エレナは、ミラとジェシカに対して言った。

「え? それって、一緒に住むってことですか?」

 ジェシカが言った。

「そうよ。私が決めたの。彼女の感情を削除するなんて残酷なことは、もう私にはできないから。だから、常に私の監視下におくことにしたの。エイジのことは、決して関係ない。いい? 誤解しないでね。それにあの二人には、付き合うとか、私が許さないって言ってある」

 エレナは言った。

「でも、一つ屋根の下、ですよね」

 と、ジェシカ。

「そうね、心配? ジェシカ」

「心配です。私、自分でも嫉妬深いって知りました」

「そうみたいね。ミラはどうなの?」

「アリシア先輩には、かなわないです。私は降参です。でも、エイジくんファンクラブの活動は続けますよ」

「もう、諦めるの? ミラにも、チャンスはあるじゃない」

 と、エレナ。

「でも、アリシア先輩とエイジくんが四六時中一緒なんて、もう、エッチすぎますね」

 と、ミラ。なぜか、ミラは喜んでいる節があった。

「イヤ、そんなの!」ジェシカは言った。「エイジは、小さい時から一緒だったもの。エイジは私のものだよ。私のエイジを取らないでよ!」

 ジェシカはそう言うと、立ち上がって部室を出ようとしたが、エレナに腕を掴まれて止められた。

「部長! 放して!」

「それじゃ、ジェシカもウチに来る?」

「え?」

「ウチには、まだキャパもあるし。ジェシカがアリシアに勝ちたいって思ってるなら、公平にしてあげるよ。それで、エイジがどう思うようになるかは、ジェシカ次第だよ」

「でも、ウチって言ったって、隣だし……」

「いいじゃない、ジェシカのお父さんとお母さんだって、エイジと一緒なら何も起こらないって信じてるみたいだし。どう? しばらく、ウチに来なさいよ。それとも、アリシアとエイジがイチャつくのを見るのが恐い?」

「……それは、やっぱり、できません」

「そう? それじゃ、エイジが取られた、とか言わないって約束できる?」

「それも、わからないです……」

 ジェシカは、困惑した。

「私は、あの二人には付き合うことは禁じているわ。でも、私の見ていない所では保証できない。なにしろ、あの二人は、今、突発性の熱病にかかったみたいだから」

 ジェシカは大きなものを失った感じで、心にぽっかり穴が開いたのを感じていた。



 ロックウッドの家の二階、エレナの部屋の隣の部屋。

「また、あったよ、写真」

 アリシアが部屋の片隅でロックウッド家のアルバムを見つけた。

「ほんとだ……」

 エイジはアルバムをパラパラとめくった。
 アルバムは、これまで見つけたのが四冊。

「やっぱりだ。俺の赤ん坊の時の写真はあるのに、姉貴の赤ん坊の時の写真は一枚もない……」

「どういうことなのかしら?」

 アリシアも疑問に思い出した。

「姉貴が別の所へしまったのか、見たくないと思って捨てたのか……? まぁ、それより、片付けをやろう」

「でも、エイジの写真はたくさんあっていいな」アリシアは寂しそうに言った。「私のは一枚もないもの」

「そうなのか。……でも、これから、俺達の写真でいっぱいにしよう、な」

 エイジは慰めた。

「そうだね」

 アリシアは、笑った。
 しばらく、二人で片付けたり、掃除したりして、エイジは部屋の片付けを終えられた。

「今日は、もう終わり、ありがとう、アリシア」

「ここで、私、暮らすのかぁ。エイジのすぐ近くで、ね」

 アリシアは、エイジを見た。

「なんか、予想以上の展開だね」

 エイジは言った。
 そして、アリシアとエイジはお互いを抱き寄せて軽く口付けした。

「嬉しい」

「俺も嬉しい。それじゃ、家まで送っていくよ」

「うん、ありがとう」

 アリシアとエイジが仲良く手をつないで、家の玄関を出た時だった。
 家の前、真昼の道路の上に立っていたのは、化け物の姿。とりもなおさず、そいつは逃げていたロイガーだった。



「い、た、な」

 化け物が言った。
 高さは五、六メートルはあるだろうか。二階建ての家より大きいくらいである。住宅街の中では凄い存在感であった。体中から生えている触手をしゅるしゅると震わし、まがまがしい口からだらしなく涎が垂れている。そして、印象的な緑の目。

「エルディリ、オン、神、族。クティ、ラ。こ、ろ、す」

 エイジは、アリシアの腕を掴むと、一目散に道路へ駆け抜けた。

「まずいな……」

 そう言えば、アリシアとキスしてもエルディリオン神族は顕現しない。やはり、エレナかミラでないと顕現しないのか?

「私がやってみる」

 アリシアは走りながら振りかえると、断裂波を化け物の中央に向かって放った。
 だが、いとも簡単にはね返されてしまう。

「この前の湖では、効果あったのに……」

 星間宇宙を歩むもの、だからなのか? 空間を操作するのは、クティラ以上なのか? と、アリシアは思った。

「き、か、な、い、」

 化け物は言った。そして、触手を二人に伸ばしてきた。

「エイジ、全速で走るよ」

「はい!」

 二人は、その場をなんとか逃げ切った。
 だが、なぜかロイガーの姿は見えなくなった。

「追ってこないようだ……」

 エイジは、安堵した。

「だけど、家の場所を知られてしまったわね」

 と、その時、エレナとジェシカの二人が揃って学校から帰って来たところに、アリシアとエイジが出くわした。

「姉貴、大変だよ」

 エイジは息を切らせて言った。

「どうしたの、お二人さん」エレナが言った。「息せき切らして、大変だ、なんてことを言うところを見ると、私がもうじき叔母になるとか、そういう冗談? でも、まだ、それはやめてほしいところだわ」

 もう、そういうブラックな言い回しは、本当に勘弁してほしいよ、とエイジは思った。特に微妙な人がいる前で。

「ロイガーが家の前に来たんだ! 俺達の家を知られてしまったよ」

「それは、本当なの? 困ったことになったものね。さて、どうしたものか、って考えるまでもないじゃない」

「え?」

「来たら、やっつけなさいよ。あなた達、その力があるでしょ」

「あ、いや、クティラの断裂波が通用しなかった。それに、俺も一人じゃ顕現できないし……」

 エイジは口籠った。

「断裂波が通用しないですって。まぁ、ロイガーも空間を操れるし、ね。エイジもエルディリオン神族の顕現の問題があるし、って、アリシアとキスしたら、って試してないの?」

 二人は顔を見合わせた。そして、エイジはちらりとジェシカの方も見た。

「あ、うん、ダメみたいです……」

 ああ、これで、もうキスはしたって言っちゃたようなものだよ、……とエイジは、うつむいた。

「そうなの。エルディリオン神族の基準は、よくわからないわね。まぁ、私がいれば、私とキスすればいいでしょ」

 エレナはさらりと言った。

「え?」

 アリシアもジェシカも驚いたようだった。

「もしかして、この前の戦いで、部長が試されたのですか?」

 ジェシカが言った。
 エレナは、しまったという表情になったが、もう後の祭りだった。エイジも少し居たたまれない。

「まぁ、あの時はね、仕方、なかった、のよ。ミラとキスしても顕現しなくなってね、そう、仕方ない、そう、やむをえなくてね。決して姉弟で、キスしたかったとか、そういうのじゃ、ないから」

 エレナは、アリシアとジェシカを見ながら、しどろもどろで応えた。

「そうね、それじゃ、私がいない時の場合も考えて、ジェシカともキスしてみなさい!」

 ここで、そう、ふったか! エイジは、恐れていたことが的中してしまった、と思った。
 エレナは、形勢逆転とでも思っているのか、無事に危機を脱したとでも思っているのか。

「それじゃ、しょうがないね、やってみようか、エイジ。幼稚園以来だけど」

 ジェシカは、急にその気になってきた。

「え、あ、ちょっと待って、気持ちの整理が、その……」

 ジェシカは、エイジに抱きついた。

「優しくしてね」

「うわ、それって……」

 エイジは、アリシアをちらりと見た。エイジのことをじーっと見ている。

「なによ、エイジ! 女の子に恥をかかせるの?」エレナが怒鳴った。「自分の使命とか、立場を考えなさい!」

 エイジは、あえてアリシアのことを考えないようにした。結局、優柔不断からは逃れられないのか……。
 そして、エイジもジェシカをぎゅっと抱きしめた。ジェシカは、目を閉じていた。そして、エイジはジェシカに口づけした。
 と、エイジはエルディリオン神族をまとった。

「また、用か? おまえは、ツァールか。ちょっと俺の趣味ではないけど。……まぁ、いいか」

 エイジは言った。

「エルディリオン神族」エレナが言った。「このあたりにロイガーがいるらしいのですが、この前の続きをお願いできますか?」

「そうか? だが、あいつは、空を飛ぶからな。そうだ、ツァール、俺を乗せて空を飛んでみてくれ」

「はい!」

 ジェシカは、嬉しそうに応えた。

「いあ いあ つぁーる!」

 ジェシカの影が伸びると、ツァールが顕現した。先程のロイガーと区別つかないほど似ている。

「いきますよ、エルディリオン神族」

 ツァールから伸びる触手がジェシカとエイジを絡めた。すると、ツァールは、ばさっと羽ばたいて、空中へ舞って行った。

「行ってしまったわね」エレナが残されたアリシアに言った。「どう? 今の自分の気持ちは?」

「部長、……ひどいです」

 アリシアは応えた。

「そう、何と思ってくれても結構よ。ちょうどいい機会だから、テストしてみたの」

「テスト……」

「そうよ。エイジとジェシカのキスでエルディリオン神族が出るか、そして、アリシアの感情がどう変化するか、をね」

「見たくなかった」

「正直でいいわ。でも、私、これでも、あなた達の味方のつもりよ。いい、アリシアとエイジがお互い好きなのは、よくわかったわ。でも、我々の使命もあるのよ。理解できてる?」

「心が伴わない。……エイジを奪われたくない」

「ジェシカも同じことを言っているの。だけど、エイジは一人しかいない。それにエルディリオン神族を出すためなら、誰とでもキスさせるわ。例え、この私とでも」
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