- 029 フサッグァ(1) -

文字数 4,009文字

 翌朝。
 玄関を出ると、おはようと、ジェシカが隣の家から出てきた。エイジもおはようと返して、二人で歩き始めた。

「昨日は、遅かったの?」

 いきなりジェシカが問いただしてきた。きっと、女の感というのに違いない。

「あ、うん……」

「エレナさんは、早くに帰って来てたみたいだけど」

「姉貴は、用があったみたいでさ」

「お父様も、その後に帰って来てたみたいだけど、エイジはどこか寄ってたの?」

「う、うん、ちょっとヤボ用って言うか、まぁ、そんなとこで」

「そうなんだ。で、軍との作戦はできたの?」

「それなんだけどね、俺の作った作戦でさ……」

 いつものように、角を曲がると、そこへミラがおはようとやってきた。

「楽しかったね、昨日」

 ミラがエイジに言った。

「そ、そう、ですね」

 できれば、今、この二人とは一緒にいたくない、エイジはそう考えた。

「ミラ先輩と一緒だったの?」

 ジェシカが尋ねた。

「う、うん、まぁ、ね……」

 あの件を絶対に言うなよ、ミラ先輩、と念じていたエイジであった。

「キスしちゃったの、私達!」

 ミラは勝ち誇ったように言った。
 ああ、思った通り言ってしまったよ! もう、ジェシカの顔を見られない。
 ジェシカは、うつむいてしまった。

「本当なの……? 最低。エイジのバカ!」

 ジェシカは、そう呟くと、だーっと走り出した。

「待って、ジェシカ!」

 エイジは追おうとした。

「ダメよ、彼女をそのまま放っておいて」

 ミラが言った。

「ひどいです、先輩」

「遅かれ早かれ知ることになると思ったんだけど」

「先輩からじゃなく、俺が言うべきです」

「エイジくんにそんなひどいことできるわけないもの。ジェシカちゃんには、結局言えないでしょ。私が悪役になってあげたのに」

 ミラはいつもと違っていた。

「私だって、アリシア先輩にかなうなんて思ってないよ。もし、その時が来たら、エイジくん、私のことを追いかけてくれるの? でも、やめてほしいな、そんなこと」

 エイジは、ミラに返す言葉がなかった。

 教室に着くと、既にジェシカは席にいた。エイジはその前の自分の席に着いた。
 エイジが話しかけても、ジェシカは無視していた。
 昼休みになると、エイジは立ち上がった。

「きちんと話を聞いてほしい」

 エイジはジェシカの腕をつかんだ。

「やめて、放して」

 ジェシカは、そう叫んだが、強引に学校の屋上へ連れて行った。
 クラスの連中は、唖然としていたが、エイジはお構いなしだった。

「イヤかもしれないけど、」エイジは言った。「話を聞いて」

「何のこと? ミラ先輩のこと?」

「最初から話すから」

 エイジは、それから、昨日の基地でのこと、その後ミラと海岸へ行ったこと、チャウグナー・フォーンと遭ったこと、顕現の仕方がわかったことを話した。
 ジェシカは、聞きたくないと言っていたが、その内、平静心を取り戻した。

「じゃ、エルディリオン神族を顕現するたびにミラ先輩とキスすることになるの?」

「うん」

「よかったじゃない、美少女のミラ先輩とキスできて」

「仕方ないだろ、どうやら、エルディリオン神族がミラのことを気に入ったみたいなんだから」

「なんてスケベな神様なの? じゃ、まぁ、いいわ。その件はそういうことで。今度は私の話をしてもいい?」

「うん」

「先週、隣のクラスの男子に告白されちゃったの」

「え! 本当に?」

「そうよ」

「誰?」

「今は教えない。その時は断ったけど、やっぱり付き合うわ」

「そ、そう、そうなんだ。よ、よかったね」

「そんなヤツと付き合うな、とか、言ってくれないの?」

「……俺にそんなこと言う資格はないな……」

「本当に付き合うよ。いいの? もう、朝もエイジと一緒に学校へ行かないよ」

「う、……うん、どんなヤツか知らないけど、ジェシカが幸せになるなら……」

「イヤだよ、付き合うな、って言ってよ」

 エイジはジェシカの顔を見た。エイジは何も考えられなくなっていた。

「なんか言ってよ」

 エイジは答えられなかった。

「いいの? 本当にいいの?」

「よくない。よくない。だけど、それは俺のただの優柔不断な言葉だと思う」

「それでもいいよ。ちゃんと言って。信頼してるのは、エイジだけだよ」

「……付き合うな」

「わかった」

 それから、二人で屋上の端のすべりどめの上に腰掛けた。そこで、エイジは自分の気持ちを言うことにした。

「今、自分が好きなのは、アリシア先輩なんだ」

「わかってたよ、そんなこと。エイジのこと昔から見てるもの」

「ミラ先輩にも、それは見透かされていたよ」

「そう」

「俺、ただの優柔不断な男だよ」

「違うよ。優しいだけだよ。エイジがアリシア先輩とうまく行くといいね」

「どうして、そんなこと言うの?」

「アリシア先輩には、エイジしかいないみたいだから。もう、教室へ戻ろう。休み時間、終わっちゃうし。それから、隣のクラスの男子の話はウソだから」

「え?」



 放課後。
 エイジが部室へ行くと、既にベルナスがいた。最近は、いつも彼が最初に部室に来ている。

「やぁ、こんにちは、エイジさん。昨日は軍の基地でどうでしたか?」

「作戦を決めたのですが、詳しくは部長から説明があると思います」

「お噂では、エイジさんが立案なさったとか、聞きましたよ」

「ええ、そうなんですけど」

「それはすばらしい! それからエルディリオン神族の顕現の仕方も判明したと聞きましたよ」

 相変わらず、情報が早い。おそらく、エレナから聞いたのだろうけど。

「ええ、顕現、顕現ですね、はい。できました」

「ミラさんとキスで顕現できると聞きました。羨ましいですね」

 ああ、そこまで、知ってるのか……。

「あの、ベルナス先輩、聞きたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「俺、今、色恋沙汰に巻き込まれていて、ちょっとシンドイというか、その、こんな話を男性にするのもはばかれるんですが、他に相談できる人もいなくて」

「ミラさんとジェシカさんの件ですね。それなのに、当のエイジさんは、別の人が好きということですか?」

「何でもお見通しですか。凄い情報の早さですね」

「今日は、学年は違いますが部長と同じ授業があって、隣に座りましたので、ちょっと聞いただけですよ」

「そうなんですか。あの、ベルナス先輩は、陰陽部の女性の方とは、お付き合いしたいとか、思わなかったのですか?」

「ええ。私には既にお付き合いしている女性がいますので」

「ああ、そうなんですか」

「でも、部長もアリシアさんもミラさんもジェシカさんも、みなさん、確かにこの部の女性はとてもおきれいですね」

「まぁ、部長は置いておくとして、どなたかから言い寄られたりしなかったのですか?」

「ええ、一年前に入部したばかりのミラさんから」

「ああ、やっぱり」

「でも、既にお付き合いしている方がおりますので、とお断りしたら、それきりです。彼女、ちょっとかわいそうな所があって、同情もしたのですが、私のことはそんなに彼女の好みではなかったようですね。エイジさんのことは、昔から、カワイイ、カワイイとおしゃってましたよ」

「そうでしたか」

「エイジさんには、少しショックかもしれませんが、部長も結構、大学部の男子の中では人気がありますよ」

「特にショックではないです」

 エイジはきっぱりと否定した。

「そうですか。部長も、今の所は、どなたともお付き合いするつもりはないようですけどね。ところで、お三人の内、どなたかに絞ろうとお考えですか?」

「もう、そういう時期かなって思っています」

「それは、おやめになった方がいいですね」

 と、ベルナスの意外な回答だった。

「なぜです?」

「うまくいくわけがないからです。私が助言できるのは、このままの状態を継続させることが望ましいですよ、ということです。仮にエイジさんがお付き合いしたいと考えているアリシア・ロングランドと、そういう関係になったところで、あなたは顕現のためにミラ・モンコンプスとキスをしなければならない。表情を表に出さない彼女とて、決して面白いことではないでしょう。では、ミラ・モンコンプスとお付き合いしたことを考えてみてください。彼女の統計を知っていますか? 彼女はこの学園の男子の人気ナンバー・ワンです。彼女は一言もエイジさんに言ってないでしょうけど、彼女は週に平均20通ほどのラブレターやラブメールを受け取っています。中には、高校部の教師や大学部の助教授からのものもあります」

「そんなに!」

「そうですよ。それなのに、言い寄る男には見向きもしていません。ある意味凄いです。ただ、これは彼女がまだヴルトゥームの力を制御できていない証拠かもしれませんね。まだ、顕現して一年足らずですから。こういったモテまくる彼女に、恋愛経験の浅いエイジさんは耐えられるでしょうか?」

「ちょっとカチっときましたが、確かにその通りですね」

「はい。言い過ぎた非礼をお詫びします。それから、次にジェシカ・スレイトンとお付き合いしたことを想定してみましょう。彼女はエイジさんの古くからのお友達ですね」

「はい」

「端的に訊きますが、お友達以上の関係を望めますか?」

「いいえ」

「素直で結構です。彼女とは、お互いを知りつくしていますので、秘密の部分というか、謎の部分というものは皆無です。これは恋愛にとって致命的ですね。秘密や謎の部分はお互いの結束を強めるエッセンスです」

「凄い洞察力ですね。感服しました」

「いえいえ、私などがお力添えできて、光栄です」

「ところで、ベルナス先輩は、今お付き合いしている彼女とは、いつからお付き合いしてるのですか?」

「中学の頃ですから、五年近いですね」

「そんなに! では、行く行くは結婚とかも?」

「私は、そのつもりですが、彼女はどう思っているかはわかりませんので」

「ひょっとして、ベルナス先輩がワルだった頃から?」

「そういうことになります」

「全然信じられないのですが、どんな風にワルだったのですか?」

「こんな風にです」
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