- 032 クティラ(1) -

文字数 2,854文字

 軍と作戦会議をした日から一週間が過ぎた。
 『黄色の印兄弟団』が街中に出没しだしたため、陰陽部も軍も当初の予定を変更せざるを得なかった。
 街中では、派手な戦闘は行えないため、森に三体が揃う時を見計らって急襲することになった。調査の結果、およそ明け方から昼前の時間にかけて三体が揃うことが判明したため、一週間後に作戦を決行することになった。
 一方、エレナ、エイジの父と母は、残りわずかの父の休暇を利用して、カシリアム5星にあるリゾート施設ヒューペルボリアへ旅行することになった。

「行ってくるね」

 それが父と母の最後の言葉になろうとは、エレナもエイジも予想だにしなかった。
 父と母を乗せていたカシリアム5星への定期便は事故を起こして、爆発したと発表された。貨物室から出火したという連絡を最後にそれ以降の通信も途絶え、機影は見失われたという。

「冗談だろ!」

 ニュースを見ていたエイジは、それが両親の乗った船でないことを祈ったが、後で発表された乗客名簿には、二人の名前が記載されていた。
 数日後、亡骸のない棺桶の葬儀が行われ、続いて行われた親戚の会議の中で、エレナとエイジをどうするかという話し合いが行われた。しかし、その席で既に成人しているエレナは、弟が成人するまでは自分で面倒を見ると宣言した。
 また、葬儀にはラザフォード少佐も現われ、作戦の延期を申し出てきたが、エレナは頑なにそれを拒んだ。
 作戦決行まで、あと二日だった。

 そして、エイジの部屋。
 エレナもエイジも、ベッドの上で腰かけていた。

「なんで、こんな時に作戦ができるんだよ、姉貴」

「お父さんが、自分が死んだことで作戦を行わないのは許されない、って言ったような気がしたの」

「でも、俺はそんな気持ちになれない」

「お父さんは軍人だったの。お母さんだって、元軍人だった。二人とも、いつも死と隣合わせの人生だったのよ。私、それを考えたら、ここで作戦を行わないのは、お父さんのためにも良くない気がした、それだけ」

「姉貴の気持ちは、どうなんだよ、親だろ?」

「ええ、私達を立派に育ててくれた。とても感謝してる……」

 エレナは、涙がぽろっと出ると、そのまま止まらなくなった。

「ごめんね、エイジ……」

 エレナはエイジにすがって泣いた。エイジも涙があふれていたが、エレナを抱きしめるしかなかった。



 翌日、忌引き休みも取らずにエレナとエイジは、学校へ行った。
 気を使ってくれたのか、ジェシカはその日の朝は、エイジと一緒に登校しなかった。
 教師やクラスメートから次々とお悔やみの言葉をもらっても、エイジは特に表情一つ変えなかった。その日、エイジの後ろの席のジェシカの目は腫れていたが、部活までにエイジに声をかけることはなかった。
 そして、放課後の陰陽部の部室。
 部員は全員揃っていた。

「まぁ、みんな、もう知っていると思うけど。ロックウッド大佐というか、ウチの父と母がカシリアム5へ行く途中に亡くなりました。……私も、エイジも多少落ち込んでいますが、明日の作戦は決行します」

 エレナとエイジを除く部員は、ざわついた。

「それが、軍人としての父の遺志だと思うので、ね」

 エレナは無理に笑って見せた。

「エイジさんは、それで大丈夫なのですか」

 ベルナスが訊いた。

「はい。俺も大丈夫です。軍人の父と母の子ですので」

「他の理由がなければ、作戦は明日、決行します」

 エレナは言った。

「アリシア先輩!」突然、エイジが立ち上がった。「作戦がうまくいったら、俺と付き合ってください!」

 陰陽部全員の前で、エイジは大きい声でそう言った。

「うん」

 アリシアは、こくりと頷いた。
 エレナも含めて他の部員は、みんな唖然とした。

 その日は、金曜日であり、明日の決行の前に部は早くにもお開きとなった。
 エイジは、教室で帰り支度をしていると、そこへエレナがエイジのそばに来て言った。

「姉貴、ここは神聖な高校部だよ」

「まぁ、いいじゃない。私も以前はここにいたのだから。でも、アリシアへの突然の告白には、正直びっくりしたわ」

「ごめん、何も言ってなかったけど」

 エイジは応えた。

「うまく行くといいな、弟」

 エレナはいつもとは違って、物腰が柔らかく言った。

「ありがとう」

「ただし、自分でも言っていたけど、エイジがアリシアと付き合えるのは、作戦がうまくいったら、という前提だからね」

「ああ、わかってる。がんばるよ」

「でも、みんなの前で堂々と告白して、かっこいいというか、男らしかったよ。きっとアリシアも嬉しかったと思うよ……うん。あれ、ジェシカはもう帰ったのかな」

「さっき、部室から一緒に戻ったけど、先に帰ると言って帰って行った。いつもは、一緒に帰ってたけど。だから、教室には、もう俺一人だけ」

「微妙な問題が、残ってる感じだね」

「うん」

「それじゃ、私と一緒に帰る?」

「うん」

 エレナは何か寂しそうだな、とエイジは感じた。



 その夜。
 明日は、夜明け前の現場に集合となっており、エイジはいつもより早くベッドに入ることにした。
 と、その時、突然、エイジの携帯電話のバイブレータがジジジと唸った。
 アリシアからであった。

「もしもし」

 エイジは携帯電話に向かって言った。

「ロングランドです」

 エイジは、緊張した。こんな夜中に何の用なのか。アリシアから電話をかけてくることなどは、今までになかった。

「今から、ウチに来て」

「今から、ですか?」

「そう。来たら、話す」

「わかりました」

 そう言って、電話は切れた。
 こんな時間に女子の家に行ってもいいのだろうか。明日はアリシアも早いはず。自分も含めて睡眠不足となることが心配だった。
 エイジは、こっそりと家を抜け出し、自転車をこいで、以前行ったことのあるアリシアのメゾネットへ急いだ。そして、エレベータに乗って、その最上階に着いた。
 エイジは、心臓がどきどきして、やたら緊張していた。足もふらふらで、歩くのもやっとだった。交際を申し込んだばかりの相手の家に夜中に入るなんて。
 エイジは玄関の前まで来ると、インターホンのボタンを押した。

「どなた?」

「エイジです」

「待って」

 やがて、ガチャガチャと錠が外される音がしてドアが開くと、そこにはアリシアが立っていた。

「入って」

 アリシアが言った。

「あのう、家の人は?」

「誰もいない」

 誰もいない? そう言えば、大好きな相手にも関わらず、アリシアの家族構成とか、全く知っていないということに気づいたエイジであった。なんて、情けないことか!

「失礼します」

 おずおずとエイジは玄関の中に入って、ドアを閉めた。

「鍵をかけて」アリシアは言った。「奥へ入って」

 言われるままに、エイジはアリシアの家へ入った。初めて入る憧れの人の家。エイジは、夢を見ているようだった。電気は点いていたが、まるでエイジはあたりのものが目に入らなかった。だが、女の子の部屋という印象はあまりない部屋で、それほど広くもなかった。

「座って」

 アリシアは、部屋の隅にあるソファを指差した。
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