- 044 ジェシカとエイジ(4) -

文字数 2,636文字

 エレナは、エイジの部屋に入って行った。
 エイジは、部屋の外で待った。

「なんだ、アリシア、起きてたの?」

 と、部屋の中からエレナの声がしてきた。

「うん。ちょっと寝られなくって」

「あら、その雑誌は?」

「エイジのベッドの下にあった」

「まぁ! これが、この部屋の匂い立つ根源ということなのね!」

 え? ちょ、ちょっと待て! 部屋の中から不穏な台詞が聞こえてきたエイジは、慌てて自分の部屋に入って行った。
 ちょうど、エレナとアリシアがエイジのベッドの上で、エイジの隠し持っていた雑誌を広げていた。

「う、うわぁ!」

 エイジは、その場に崩れ落ちた。

 その時、家の呼び鈴が鳴った。

「誰かしら? エイジ、見てきなさい!」

「いや、自分としては着替え中なので、絶対的お姉様が見てきていただけないでしょうか?」

「仕方ないわね。この家の恥を晒すわけにもいかないから。では、そうしましょう」

 エレナは、つかつかと玄関の方へ行った。

「なんか、おもしろいね、部長とエイジって。本当に仲がいいんだね」

 アリシアが言った。

「仲がいいとか、やめてくれ! あの口だけは、凄いサディスティックだよ。小さい時から、何度泣かされたか、わからないよ」

「でも、エイジは、部長のことをとても信頼してるし、部長もエイジがかわいいんだろうな、っていうのがわかった。いいな。私も兄弟が欲しかったな」

「うざいだけだよ」

 その時、エレナの怒鳴る声が聞こえた。なんだ? エイジは、着替えを済ませると、玄関へ急いだ。玄関の外には、ジェシカが立っていた。

「……じゃないの! もう、なんで?」

 エレナが怒っている真っ最中だった。

「すみません……」

 ジェシカが謝っている。おそらく昨日の件だ。でも、なぜ、ジェシカが来たのか?

「姉貴! ここで、怒らなくてもいいだろ?」

 エイジは、玄関で怒りまくっていたエレナを制した。

「ダメよ!」

「お願いだから、ジェシカの謝罪を聞いてほしいって昨日言ったよね?」

「あら、そうだったわね。つい、感情的になってしまった」

「で、ジェシカは何をしに来たの? 学校、遅れるよ」

 次に、エイジはジェシカに訊いた。

「エイジを迎えに来たの。エイジが、なかなか家から出てこなかったから」

「そうだったんだ。わかった、それじゃ、一緒に行こう。ちょっと待ってて」

 エレナは、エイジの腕を引っ張って、奥へ移動した。

「家ではアリシア、学校ではジェシカってことなの?」

 エレナが訊いた。

「そうだよ、非難でも、なんでもしてくれ」

 エイジは言った。

「どちらかにしなさい」

「俺の気持ちは、アリシアしかいない。でも、放っておいたらジェシカが暴走しちゃうんだ」

「私も女のひとりとして、見過ごせないわ。もし、ジェシカの心を弄ぶのなら、許さない」

「弄んでなんかじゃない」

「それじゃ、そのことをちゃんとアリシアに言えるの?」

「言ったら、アリシアも暴走するよ。正直、俺だって、どうしたらいいのか、わからない」

「では、24時間の猶予をあげる。もし、改善の兆しがなかったら、エルディリオン神族にグロースの力を使う」

「俺と戦うってこと?」

「そうよ。私はエイジと戦争も辞さない。もし、このまま行ったら、もっとひどくて、目を覆うようなことになるわ。エイジが優柔不断だから、こういう結果になるのよ」

「わかったよ。……姉貴と戦争なんかしたくないし」

「もう、遅刻かもしれないけど、学校へ行きなさい。そして、放課後、必ず部に来るのよ、いい?」

「うん」

 エレナの言うことは、もっともである。
 もし、どっちつかずの態度を取り続けていたら、必ずどちらかが傷ついてしまう。そうすれば、どちらかが暴走してしまう可能性もあり、憂慮する事態になりかねないのだ。

 エイジは玄関を出た。玄関までアリシアが送ってくれた。大学の授業開始は、もう少し後だからだ。玄関で顔をあわせたアリシアとジェシカは、気まずそうだったが、エイジには、もうどちらかを選択するしかなかった。
 少し前に考えていたように、部内で恋愛しないという考えを貫けば、こんなことにはならなかったはずなのに。つい、流されてしまって、自分がモテるだのと有頂天になったからだ。
 高校へ行く道で一緒に歩くジェシカに、本当に言えるのか? 教室でも自分の後ろの席に座っているというのに。しかも、幼稚園の頃から何をするのも一緒の彼女を。
 これは、普通の恋愛とは分けが違うのだ。
 みんな、神であり、化け物であり、人類の脅威なのだから。

 校舎の屋上。
 その日は、学校へ着くと一時限目の授業が始まっていたので、エイジとジェシカは教室に入れなくなり、屋上で時間を潰して次の時限の授業から入ることにした。
 エイジとジェシカは、屋上にあるベンチに腰掛けていた。

「のどかで、いい天気だね」ジェシカが言った。「やっぱり、今朝、部長はお怒りだったね。私が悪いんだけど」

「部へ行くのは、億劫じゃないかい?」

 エイジがジェシカを気遣って言った。

「平気だよ。ちゃんとアリシア先輩にも謝れるから。でも、さっきは言いそびれちゃった」

「そうかい」

 そして、ジェシカはしばらく空を見ていた。
 空を見ていたジェシカは笑顔だったが、いつの間にか、くしゃくしゃの顔になっていて、自分の涙が流れ落ちないようにしていたのだ。
 そのことに、エイジはようやく気づいた。

「それで、いつ言うの?」

 ジェシカが鼻声混じりで訊いた。

「何を?」

 エイジは何のことかわからなかったので、訊き返した。

「かわいい幼馴染に、やっぱり、おまえとは付き合えない、って」

 ジェシカには、エイジの心が見透かされていたのだ。

「私さ、今までエイジとずーっと一緒だもん。エイジが何を考えているのか、なんて、すぐにわかっちゃうんだな」

「ジェシカ……」

「私、いつかエイジのお嫁さんになれる日が来るまで、待ってるよ。でも、今は思い切り私をフッて。ね?」

「できないよ、そんな残酷なこと」

「それじゃさ、またツァールになって、暴れちゃうぞ」

「やっぱり、言えない」

「早く言って。私も、自分の気持ちにスッキリしたいもん」

「……付き合えない」

 エイジは言った。

「そう、わかった。でも、お友達ってのは、これからもずっとだよ」

「うん」

 エイジがそう返事をすると、ジェシカはぼろぼろ泣いた。

「エイジは幼稚園の頃に隣に引っ越してきたよね。それからずっとだよ。ずっと、この気持ちのままだったの……」

 そして、ジェシカは言葉にならないくらいの思いを話した。
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