- 026 ヴルトゥーム(3) -

文字数 2,864文字

 ミラとエイジはバスを途中下車して、蒼い海のセレナリア海の海岸にやって来た。もう、陽は暮れ始めていて、夕焼けと赤い波のコントラストが二人の目に染みていた。
 以前、アリシアとランニングで来た場所からは、かなり離れていた。
 ミラは、エイジの腕を組んできた。

「嬉しいな、エイジくんと二人で、ロマンチックだなんて」ミラは、はしゃいでいた。「夕日がきれいです……」

「うん、とてもきれいだ」

 二人は、海岸沿いの歩道を歩いていた。
 誰もすれ違わない。ずっと二人きり。

「ねぇ、本当に、陰陽部の女子とは付き合わないの? 私もだめなの?」

 ミラが言った。

「そう、決めたので」

「でも、私、エイジくんのことが大好きなんだけどな」

「ミラ先輩のような美少女に、そう言われると、正直心が揺れます」

「私ね、本当は、今までにいろいろあったんだ」

 歩いていると、ベンチがあった。

「座りましょうか?」

「うん」

 二人は、そこへ腰掛けた。夕日も徐々に消えかかっていく。歩道脇の街灯だけの明かり。薄暗い海に白く見える波。

「以前に、先輩が姉貴に救われたということを聞きましたけど、それと関係してるのですか?」

「そう、あの話ね。一度、エイジくんにも聞いておいてもらいたかったっと思って」

 エイジは、ミラの顔を見た。ミラは真正面の海を見ていた。

「私の出た中学は、エイジくんやジェシカちゃんの出た中学とは違う中学だったの。そこでね、一つ上の先輩のことが大好きだったの。それで、ちょっと付き合ったりしたんだけど、……あ、こんな話イヤかな?」

「いえ、平気です」

「そう、ごめんね。今は、エイジくんが大好きだから。うん、それでね、彼はバスケ部で、私はバレー部だったのだけど、部活が終わるといつも一緒に帰っていたの。部が違うから終わる時間も違って、時間差があるから、必ずどちらかが学校で待っていたのだけど。ある時、そうして私が待っていると、ある光景が頭の中に入ってきたの。それは、その彼氏がバスケ部の女子のマネージャーと仲良くしているものだった。なぜ、そんなものが見えたのか、その時はわからなかった。でも、そんなの何の証拠もないし、彼を責めるわけにもいかなかった」

「それが、力の最初の発現だったんですね」

「いいえ、それが最初じゃない。小さい時から、フラッシュバックって言うのかな、突然、そこでは見えないものが見えたりした。それは、だいたい、私の好きな人が思いもかけない行動を取っていることが多かった。両親や、学校の先生や、友達が、人には言えないようなことをしてたりとか、好きなアイドルのも見えたな。最初は妄想か夢でも見てるような感じだったのだけど。彼氏の浮気はショックだったな。で、どうしたかって言うとね、私も浮気って言うか、いろいろな男の人をたぶらかすようになったの」

「たぶらかすって、はは、本当ですか?」

 突然のカミングアウトに、エイジは驚いた。

「うん。あまり言いたくないけど、エイジくんには過去の私を知っていてほしいって思ったの。迷惑?」

「そんなことないです、続けてください」

「それも、ヴルトゥームの力のせいだったみたいなんだけど。具体的には、人の精気を吸い取るみたいなことなんだけどね。でも、エッチなことじゃないよ、想像しちゃったかな?」

「はぁ、びっくりしました。ちょっと、想像しました」

「そう、素直だね、エイジくん。後から部長に聞いたら、ヴルトゥームって凄い美人でエロティックなイーヴァイラスだったみたい。男の人をたぶらかして、その人から精気を失敬するのが得意技らしいの。そう言えば、私がロイガーに操られた時、エイジくんにちょっと技かけちゃったっけ」

「はい、あの時は、ミラ先輩がきらきら輝く天使のように見えました。技をかけられていない今もそうですけど」

「ふふ、上手だね、エイジくん。でね、そんな時に部長に見つかったの。街中で夜中に獲物を探してふらふらしてる時に。その時、部長には、正しく顕現しないと、身の破滅だって言われた」

「それで、姉貴の力で顕現したんですね」

「そう。部長には感謝してる。それで、部長のそばにいたいなって思って、部長のいる学園に入って、陰陽部へ入ったの」

「そうだったんですか」

「ええ。それから、いけないって思ってても、中学生だった頃のエイジくんのことも見ちゃったりしたんだけど」

「ええっ! 本当ですか?」

 エイジは焦った。

「もともと、部長のことが見えると、弟さんのこともよく見えたから、実はエイジくんの入学前からエイジくんのことを知ってたんだよ。ちょっとカワイイ弟さんだなって。ウチの学園に入ったらいいなって、ずっと思ってたんだよ。だから最初に見た時、とても嬉しくて。凄い緊張してたんだよ」

「はは、そうだったんですか。……象のぬいぐるみ着てた時の」

「うん。まさか部長にあんな恰好させられるとは、思わなかったけど」

 ミラは少し黙った。エイジと波の音をしばらく聞いた。
 その後、ミラは続けた。

「でも、しょうがないよね、エイジくんも思春期だもの。私もう慣れているから、別に平気だよ。いろいろなものが見えちゃったんだけど……」

「え? それって、ああ、俺の一番見られたくないことですよね?」

 エイジは焦りまくっていた。

「もう、私は平気だって。だから、私はエイジくんが本当に好きな人もわかってるんだ」

 ああ、そっちか。助かった、とエイジは思った。

「ちょっと、びっくりしたって言うか、当然なのかなって言うか。私でも、ジェシカちゃんでも、ないなんてね。まぁ、彼女なら、私じゃ、かなわないもの」

「いや、その、それは、ですね……」

 エイジはしどろもどろになった。

「私やジェシカちゃんに気を使って、陰陽部の女子と付き合わないとか言うのはやめてね。正々堂々と彼女に言いなさいな。今日は、私はエイジくんのこと、もう諦める覚悟でデートしたんだから」

 そうだったのか。
 エイジは何も言えなかった。全くその通りだった。

「エイジ・ロックウッド、頑張れ」

「は、はい」

「でもね、諦めるのも条件があるんだから」

「え?」

「へへ、エイジくんのファーストキス、もらうね!」

 ミラはそう言って、突然エイジの方を向くと口づけした。

「あ……」

 エイジは、情けない声を上げると、ミラになすがままにされた。
 なんて優しいキス。何もかもが、とろけそうだった。
 キスの最中、何か冷たいものがエイジの頬にあたった。
 ミラが離れると、エイジは何も言えなくなった。

「謝らないよ、私」

 ミラは、にこにこしていたが、涙があふれていた。頬にあたったのは、彼女の涙。

「これで、もう私の恋は終わり。お腹すいちゃったね。なんか食べて帰ろうか。エイジくんの奢りで」

「は、はい」

 エイジは茫然としているだけだった。
 ミラは、もうひとつエイジに言っておくことがあったのだが、それは止めた。
 それは、毎朝エイジが玄関扉を開けた時に、ジェシカの家の扉も同時に開くのは、なぜかということだった。普通なら、そんなことは誰でもわかるよねぇ、とミラは思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み