- 003 禁断宙域(3) -
文字数 3,296文字
翌朝。
目覚めたレドは着替え終わると水を一杯口にし、オプス・ステーションに向かった。
オプス・ステーションの中は、既に五、六人の者がディスプレィに向かっていた。
「輸送船プリドマサ船長、レド・マセフェン出頭」
「やあ、レド船長。おはよう。私は、このゼルテクスフィア基地の責任者、ムゲルファ中佐だ」
その小柄な男はやたら早口に喋ってきた。
「こんな銀河の果てまで、ようこそ。昨晩は、よく眠れましたかな?」
「おかげさまで」
「そう。ならば、いろいろ質問もあると思うのだが、この基地のことは勿論、このゼルテクスフィアという人工天体のことについてだ、その辺りのブリーフィングはもう済んでいるかな」
「いいえ。自分には、何の知識もあたえられておりません。チャガルデル提督より、三人の子供をルティミスの司令部に連行せよ、という命令によりここに赴いております」
「そうだったな。それは私も聞いている。ところで、この人工天体について、興味は湧いたかな?」
「はい。自分はこのような物を見るのは初めてであり、何なのかも皆目見当がつかない状態です」
「そうだろう。実際のところ、これは我がコミトロン帝国の所産ではない。だが、ここにこれが建設された時の歴史は、ここにある」
そう言ってムゲルファは、パッドを差し出した。
「君の疑問点の解答はすべてこの中にある」
レドは、それを受け取った。
「後で読みたまえ。が、わかっていると思うが、ここのことは他言してはならない。絶対だ。君が退役した後、家族と平穏に暮らせるようになるためにも」
そのことは、ここに来る前から聞かされていたことだった。しかし、軍人である以上、他言できないことは他にもたくさんある。ここも、その一つなんだという具合にしか考えていなかった。
「さて、君の任務に変更が生じたことを知らせよう」
「変更?」
「三人の子供とあったろうが、二人に変更された。このことは提督も承認された。この件で、君が提督に確認する必要はない」
レドは、何やら雲行きが怪しくなってきたのを感じずにいられなくなった。
「カフデル、オプス・ステーションにテコレイを連れてきてくれ」
ムゲルファはインカムに向かって言った。
「それがその……」
昨日の男の声がインカムから聞こえた。
「どうした?」
「どうやら研究所内を歩き回っているようで、どこへ行ったものか……」
「なに! 至急探し出してここへ連れてくるんだ!」
そう言って、ムゲルファはインカムを切った。
「全く何をやっているんだか……」
「私も探してみましょうか?」
レドはムゲルファに提案してみた。
「そうか。相手は小さい女の子だ。頼む」
そして、レドはオプス・ステーションを出て所内を歩き回れる権利を得た。そして、あてもなくあちらこちらを犬が臭いを嗅ぐ回るように所内をふらふらとしだした。
「さぁてと、もう一つの任務を始めようか」
やがて、レド・マセフェン船長は小さくこう呟いた。
レドは、近くの端末から研究所内図を見つけ、目的の場所を確認した。
「ウボ・サスラ研究室。あった、ここだ」
レドがその研究室に入ろうとすると、背後から視線を感じて振り返った。
「おじさん、だれ?」
その声の主は五才くらいの小さな女の子だった。
「お嬢ちゃんは、こんなところで何してるんだい?」
と、レドは少し困ったというような顔をした。おそらく、この少女は命令にあった子供に違いない。しかし、研究対象を所内にフラフラさせているなんて、ここはなんて所なんだ。と、レドは内心憤慨した。
「散歩よ」
すると、レドはその少女の目が焦点が定まらないというか、目玉の色だけがくるくると変わるような錯覚に陥った。
「おじさんは、悪いことを考えているみたいね。この中に入ってウボ・サスラを盗もうって思ってる。違う?」
レドは驚いた。この少女は他人の心を読めるのか?
「ええ、その通りだから」
少女は続けて言い切った。
そして、さらにレドは驚愕することになった。この少女が自分の思考に応えるかのように返事をしてきたからだ。
「驚いたな、お嬢ちゃん」
「エレナよ」
レドが命令を受けた時に聞いたのは、少女はテコレイという名前のはずだった。
「ああ、エレナちゃんね。その通り、おじさんは秘密の任務を受けているんだ」
レドはこの少女の名前のことはさておき、話を少女に合わせた。
「秘密? へぇ、面白そう。いいわ、私もおじさんに協力する」
それは意外な申し出だった。
「おお、そうかい?」
「おじさんの任務って、ウボ・サスラを少し持っていくことなんでしょ?」
エレナという少女のその言葉に、レドは驚きを通り越していた。
「少しくらいなら平気だわ。それに私が手伝わないと、おじさんはウボ・サスラに溶かされてしまうし」
そして、エレナはにやりと笑った。その年齢には全く似つかわしくない、まるで何かを企んでいるかのような笑顔で。
「さ、中へ入って。どうやら、カフデルさんが私を探してるから」
ウボ・サスラ研究室と書かれた入口から、レドとエレナは入っていった。
中は薄暗く、およそ研究室とは言い難かった。まるでジャングルの中のように何かの植物が生い茂り、何にも増して蒸し暑かった。一体、なぜこんな環境調整をしているのだろうか?
「なぜって、ウボ・サスラの生育には最適だからよ」また、エレナが自分の心を読んで応えてきた。「このゼルテクスフィアの中の遮蔽板を見たんじゃない? あれって凄く大きいの。中にも入れるようになってるんだから。それで、このウボ・サスラはどういうわけか、あの遮蔽板の中にできちゃったのよね。で、ここの人達がそれを見つけてここへ一部を運んできたの。それで、あの遮蔽板の中の世界って、まさにこんな感じ。暗くて湿気が多くてやたら暑いの。だから、ここの人達はウボ・サスラを生かすにはこんな環境がいいんじゃないかって考えたんでしょ」
なるほど。そう言えば、夜の部分を作り出す遮蔽板が中心の恒星の周囲を多数回っていたな。と、レドは思い出した。
「エレナちゃん。そのウボ・サスラってのは何だい?」
「少しは知ってるんでしょ?」
「ああ、少しはね」
「一言で言えば、自存する源。すべての生命の基なのよ」
「そうなんだ」
「わかってないでしょ! 私はそのウボ・サスラから生まれたのよ。そして、エイジもね」
「それじゃ、お母さんになるのかな?」
「お母さん? そんな安っぽいものじゃないけど。それから、サグダ達はウボ・サスラの遺伝子を組み込んでいるわ。それがどんなことになるか、わからないけどね」
結局、ウボ・サスラが何なのかはレドにはさっぱりわからなかったが、そいつから抽出した何かで子供達の遺伝子をどうにかしたというのは知らされていた。
しかし、レドが連行していく命令を受けていたのは、三人の兄弟の子供の方ではなくなった。生意気な口をきくこの幼女と、まだ赤ん坊の弟の二人だ。どうやら、この姉弟の方はそのウボ・サスラから抽出した遺伝子をどうこうしたとかそういうことではなく、ウボ・サスラそのものから生まれ出たということだった。しかし、その話が本当なのか嘘なのかは、レドにとってどうでもよかった。
しかし、その後、人工球殻天体ゼルテクスフィアから連行された二人の子供は、ルティミスの司令部へ連行するというレドの任務中に、輸送船プリドマサを突然襲った謎の敵性勢力によって奪取されてしまった。
レドによれば、この敵性勢力はゲリラか宇宙海賊ではないか、ということだったが、レド本人はその時に気を失わされていたため、はっきりとはわからなかったという。しかし、これはレドの尋問中に彼自身がそう話しただけで、公式にはそれが真実とされてしまった。しかし、プリドマサの航行記録にも船が襲われたような証拠は何も出てこなかったのである。
さらに不思議なことに、これだけの失態をしたレドには大した咎めもなく、その後は逆に裕福な生活が送れるようになっていた。そして、それについても誰かが疑問に思うこともなかった。
疑惑の二人の子供がコミトロン帝国からいなくなって、15年の年月が流れた……。
目覚めたレドは着替え終わると水を一杯口にし、オプス・ステーションに向かった。
オプス・ステーションの中は、既に五、六人の者がディスプレィに向かっていた。
「輸送船プリドマサ船長、レド・マセフェン出頭」
「やあ、レド船長。おはよう。私は、このゼルテクスフィア基地の責任者、ムゲルファ中佐だ」
その小柄な男はやたら早口に喋ってきた。
「こんな銀河の果てまで、ようこそ。昨晩は、よく眠れましたかな?」
「おかげさまで」
「そう。ならば、いろいろ質問もあると思うのだが、この基地のことは勿論、このゼルテクスフィアという人工天体のことについてだ、その辺りのブリーフィングはもう済んでいるかな」
「いいえ。自分には、何の知識もあたえられておりません。チャガルデル提督より、三人の子供をルティミスの司令部に連行せよ、という命令によりここに赴いております」
「そうだったな。それは私も聞いている。ところで、この人工天体について、興味は湧いたかな?」
「はい。自分はこのような物を見るのは初めてであり、何なのかも皆目見当がつかない状態です」
「そうだろう。実際のところ、これは我がコミトロン帝国の所産ではない。だが、ここにこれが建設された時の歴史は、ここにある」
そう言ってムゲルファは、パッドを差し出した。
「君の疑問点の解答はすべてこの中にある」
レドは、それを受け取った。
「後で読みたまえ。が、わかっていると思うが、ここのことは他言してはならない。絶対だ。君が退役した後、家族と平穏に暮らせるようになるためにも」
そのことは、ここに来る前から聞かされていたことだった。しかし、軍人である以上、他言できないことは他にもたくさんある。ここも、その一つなんだという具合にしか考えていなかった。
「さて、君の任務に変更が生じたことを知らせよう」
「変更?」
「三人の子供とあったろうが、二人に変更された。このことは提督も承認された。この件で、君が提督に確認する必要はない」
レドは、何やら雲行きが怪しくなってきたのを感じずにいられなくなった。
「カフデル、オプス・ステーションにテコレイを連れてきてくれ」
ムゲルファはインカムに向かって言った。
「それがその……」
昨日の男の声がインカムから聞こえた。
「どうした?」
「どうやら研究所内を歩き回っているようで、どこへ行ったものか……」
「なに! 至急探し出してここへ連れてくるんだ!」
そう言って、ムゲルファはインカムを切った。
「全く何をやっているんだか……」
「私も探してみましょうか?」
レドはムゲルファに提案してみた。
「そうか。相手は小さい女の子だ。頼む」
そして、レドはオプス・ステーションを出て所内を歩き回れる権利を得た。そして、あてもなくあちらこちらを犬が臭いを嗅ぐ回るように所内をふらふらとしだした。
「さぁてと、もう一つの任務を始めようか」
やがて、レド・マセフェン船長は小さくこう呟いた。
レドは、近くの端末から研究所内図を見つけ、目的の場所を確認した。
「ウボ・サスラ研究室。あった、ここだ」
レドがその研究室に入ろうとすると、背後から視線を感じて振り返った。
「おじさん、だれ?」
その声の主は五才くらいの小さな女の子だった。
「お嬢ちゃんは、こんなところで何してるんだい?」
と、レドは少し困ったというような顔をした。おそらく、この少女は命令にあった子供に違いない。しかし、研究対象を所内にフラフラさせているなんて、ここはなんて所なんだ。と、レドは内心憤慨した。
「散歩よ」
すると、レドはその少女の目が焦点が定まらないというか、目玉の色だけがくるくると変わるような錯覚に陥った。
「おじさんは、悪いことを考えているみたいね。この中に入ってウボ・サスラを盗もうって思ってる。違う?」
レドは驚いた。この少女は他人の心を読めるのか?
「ええ、その通りだから」
少女は続けて言い切った。
そして、さらにレドは驚愕することになった。この少女が自分の思考に応えるかのように返事をしてきたからだ。
「驚いたな、お嬢ちゃん」
「エレナよ」
レドが命令を受けた時に聞いたのは、少女はテコレイという名前のはずだった。
「ああ、エレナちゃんね。その通り、おじさんは秘密の任務を受けているんだ」
レドはこの少女の名前のことはさておき、話を少女に合わせた。
「秘密? へぇ、面白そう。いいわ、私もおじさんに協力する」
それは意外な申し出だった。
「おお、そうかい?」
「おじさんの任務って、ウボ・サスラを少し持っていくことなんでしょ?」
エレナという少女のその言葉に、レドは驚きを通り越していた。
「少しくらいなら平気だわ。それに私が手伝わないと、おじさんはウボ・サスラに溶かされてしまうし」
そして、エレナはにやりと笑った。その年齢には全く似つかわしくない、まるで何かを企んでいるかのような笑顔で。
「さ、中へ入って。どうやら、カフデルさんが私を探してるから」
ウボ・サスラ研究室と書かれた入口から、レドとエレナは入っていった。
中は薄暗く、およそ研究室とは言い難かった。まるでジャングルの中のように何かの植物が生い茂り、何にも増して蒸し暑かった。一体、なぜこんな環境調整をしているのだろうか?
「なぜって、ウボ・サスラの生育には最適だからよ」また、エレナが自分の心を読んで応えてきた。「このゼルテクスフィアの中の遮蔽板を見たんじゃない? あれって凄く大きいの。中にも入れるようになってるんだから。それで、このウボ・サスラはどういうわけか、あの遮蔽板の中にできちゃったのよね。で、ここの人達がそれを見つけてここへ一部を運んできたの。それで、あの遮蔽板の中の世界って、まさにこんな感じ。暗くて湿気が多くてやたら暑いの。だから、ここの人達はウボ・サスラを生かすにはこんな環境がいいんじゃないかって考えたんでしょ」
なるほど。そう言えば、夜の部分を作り出す遮蔽板が中心の恒星の周囲を多数回っていたな。と、レドは思い出した。
「エレナちゃん。そのウボ・サスラってのは何だい?」
「少しは知ってるんでしょ?」
「ああ、少しはね」
「一言で言えば、自存する源。すべての生命の基なのよ」
「そうなんだ」
「わかってないでしょ! 私はそのウボ・サスラから生まれたのよ。そして、エイジもね」
「それじゃ、お母さんになるのかな?」
「お母さん? そんな安っぽいものじゃないけど。それから、サグダ達はウボ・サスラの遺伝子を組み込んでいるわ。それがどんなことになるか、わからないけどね」
結局、ウボ・サスラが何なのかはレドにはさっぱりわからなかったが、そいつから抽出した何かで子供達の遺伝子をどうにかしたというのは知らされていた。
しかし、レドが連行していく命令を受けていたのは、三人の兄弟の子供の方ではなくなった。生意気な口をきくこの幼女と、まだ赤ん坊の弟の二人だ。どうやら、この姉弟の方はそのウボ・サスラから抽出した遺伝子をどうこうしたとかそういうことではなく、ウボ・サスラそのものから生まれ出たということだった。しかし、その話が本当なのか嘘なのかは、レドにとってどうでもよかった。
しかし、その後、人工球殻天体ゼルテクスフィアから連行された二人の子供は、ルティミスの司令部へ連行するというレドの任務中に、輸送船プリドマサを突然襲った謎の敵性勢力によって奪取されてしまった。
レドによれば、この敵性勢力はゲリラか宇宙海賊ではないか、ということだったが、レド本人はその時に気を失わされていたため、はっきりとはわからなかったという。しかし、これはレドの尋問中に彼自身がそう話しただけで、公式にはそれが真実とされてしまった。しかし、プリドマサの航行記録にも船が襲われたような証拠は何も出てこなかったのである。
さらに不思議なことに、これだけの失態をしたレドには大した咎めもなく、その後は逆に裕福な生活が送れるようになっていた。そして、それについても誰かが疑問に思うこともなかった。
疑惑の二人の子供がコミトロン帝国からいなくなって、15年の年月が流れた……。