- 036 捕獲作戦(3) -

文字数 3,254文字

 エルディリオン神族は、アトラック・ナチャの脚を一本捕まえた。その脚は、意外と太く、大きな木の幹くらいはあった。だが、エルディリオン神族の握力は、その脚をぐっと締め付けて、ちぎれんばかりのものであった。アトラック・ナチャは、離れようと必至になって、鋭い牙をエイジに突き立てるが、それさえも全く効果がなかった。続いて、アトラック・ナチャは、糸をエイジに吐いて、巻きつけたが、空いている手でそれを簡単に剥ぎ取った。

「神妙にしろ、蜘蛛神」

 エイジは言った。

「ちきしょう! 殺せ、エルディリオン神族」

 アトラック・ナチャは言った。

「人間共におまえを殺すな、と言われている」

「それじゃ、取引しよう。な、そうしよう」

「おまえが条件を言える立場か?」

「お、おまえの、その体の、エイジ・ロックウッドとかいうヤツの正体を教えてやるから。それと、姉のテコレイの正体も、だ。というか、エレナと名乗ってるけど」

「なに? 何を知っている?」

「俺を放してくれたら、教えるから」

「ウソを言え!」

「本当だ。俺は、おまえの誕生した瞬間を見ているんだぞ」

「なんだと?」

 その二人のやりとりを、近くで聞いていたエレナは、顔をしかめた。

「まずいわね。エルディリオン神族は、頭脳戦には向かないみたいだわ」

 エレナが言った。

「ど、どうしましょう?」

 ミラは不安そうに言った。

「エイジ! そいつの言っていることを聞いてはダメよ! ひと思いに殺しなさい!」

 エレナはエルディリオン神族の力をまとったエイジに向かって叫んだ。

「グロースの言うことは聞くな」アトラック・ナチャは言った。「だいたい、なぜオーティオン神族とエルディリオン神族が姉弟なんだ? おかしいだろう」

「確かにそうだな」

 エイジは、蜘蛛神を押さえながら言った。

「では、おまえの話を聞くことにするか。俺も、グロースがどうもいけ好かないと思っていたのだ」

「そ、そうだろ、俺の言うことを聞いてくれるか? もし、聞いてくれるなら、おまえの眷属になってもいい」

「そうか! 俺も眷属が欲しいと思っていたところだ。おまえは、頭も良さそうだし、俺のブレインにでもなってくれるか?」

「よ、よろこんでなるよ、だ、だから、放してくれ」

 エイジがアトラック・ナチャを放した瞬間、一筋の赤い閃光がアトラック・ナチャの頭部を突き抜けた。

「うう!」

 アトラック・ナチャの頭には風穴が開き、その蜘蛛神は、その場に伏してしまって、そのまま動かなくなった。
 エイジが、その赤い閃光の出所を確かめようと振り返ると、そこに赤く巨大な目があった。

「おまえは!」

「私は、グロース!」

 森の中に浮かぶ、大きな黒い星。星の真ん中に巨大で真っ赤な一つ目。どうやら、赤い閃光はグロースの目から発せられたものだった。

「何てことをするのだ、グロース。蜘蛛神は死んでしまったぞ」

「仕方ない。おまえは、任務を忘れたか?」

「おまえの言うことなど、誰が聞くか。私はエルディリオン神族。おまえはオーティオン神族だ。ここで超古代の戦いを再現させるか?」

「今は、そんなことをしている場合ではない。人間共から与えられた使命を全うするのだ」

「だが、人間共から殺すな、と頼まれていたはずだ。なぜ、殺したのだ?」

「あのままにしておけば、おまえはあの蜘蛛の術中に嵌っていた。だから、殺した」

「せっかく、エイジ・ロックウッドの誕生のことを教えてくれると言っていたのに」

「それは、今度、私が話す。私もその場にいたからな。それでいいな」

「わかった、……よかろう」

「では、目標地点へ進もう」

 このやり取りをそばで見ていたミラは、あまりのことに卒倒しそうだった。だが、ミラは忘れずに、この地点をGPSにマークした。



 PS部隊が配置された場所に、小柄のカワイらしい女性が息を切らせてきたのは、もう夜明けとなっていた時だった。

「ラザフォード少佐は、おられますか?」

 その女性は、部隊の隊員が休憩で座って取り囲んでいる中に向かって言った。

「あなたは?」

「ブライトン学園陰陽部のアリシア・ロングランドです」

「少し待ってください」

 一人の隊員が少佐のいると思われる方向へ歩いて行った。アリシアが、その先を見ると、そこにラザフォードがいた。エイジの両親の葬儀にも来ていたので、わかった。やがて、ラザフォードがアリシアの元へやってきた。

「あなたが、アリシアさん?」

 ラザフォードは言った。

「はい。すみません、集合時間に遅れてしまいました。もう、陰陽部は、突入しているのでしょうか?」

「もう、一時間が経過しています。予定では、30分後に、我々が突入します」

「その前に、今から私が突入します!」

「一人では、危険だ」

「いいえ、大丈夫です」

「森の中の様子は、わかっていない。だが、もし、どうしても行きたいというなら、……そうだ、ガゼルを同行させよう」

 少佐は、一人のセイール人兵を見た。

「ガゼル特務兵、ここにいるアリシアさんと同行して、陰陽部の目標地点へ向かってくれ」

「了解」

 アリシアは、セイール人を初めて見た。驚いた様子を見せたつもりはなかったが、やはり驚きを隠せなかった。

「大丈夫ですよ、アリシアさん。ガゼル特務兵はとても頼りになると思います」

「はい、わかりました。では、ガゼルさん、お願いします!」

「わかりました、アリシアさん。行きましょう」

 ガゼルは、アリシアを軍用エア・バイクが並んでいる場所に案内した。

「ヘルメットをしてください」

 アリシアは渡されたヘルメットを被った。重い。ガゼルは、セイール人用のヘルメットを被った。爬虫類種族用にヘルメットが変形していたのを、アリシアは少し笑ってしまった。

「何か?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 ガゼルは、一台のエア・バイクに跨ると、アリシアに後ろに乗るように、と合図した。アリシアはエア・バイクに乗るのは初めてだったので、少し恐い感じがした。

「大丈夫です。乗ったら、しっかり掴まっていてください。空中に浮きますから」

「はい」

 アリシアが後ろの席に跨ると、二人を乗せたエア・バイクは、音もなく、すーっと空中に舞い上がった。

「きゃ、凄い!」

 アリシアは、思わず口走った。

「エア・バイクは初めてですか?」

 ガゼルが言った。

「はい」

 アリシアは、楽しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいだ気持ちになった。

「では、発進します。くれぐれも、しっかり掴まっていてください」

「どうぞ!」

 エア・バイクは発進し、森へ向かっていった。

「速いです! 凄いです!」

 アリシアは、嬉しい気持ちで一杯だった。

「アリシアさんは、なぜ遅れてきたのです?」

 ガゼルが訊いてきた。

「寝坊してしまって……」

「そうですか。アリシアさんは、陰陽部で一番の攻撃力を持つ人と、聞いています」

「クティラというイーヴァイラスの力を使えるんです」

「クティラ、ですか。カシリアムにもイーヴァイラスの伝説があったのですね」

「ええ、御存知でしたか?」

「セイールにも、あります。セイール人は、自分達がかつてエルディリオン神族によって創られた、と考えています」

「エルディリオン神族って、エイジが顕現させる神のことだわ……」

「エイジ・ロックウッドのことですか?」

「ええ」

「彼の力は、そちらの部長は企業秘密と言っていましたが、そうですか、彼はエルディリオン神族だったのですか」

 エア・バイクは、もう森にまで辿り着いた。

「このまま、エア・バイクで森に突入します。木の枝に気をつけてください」

「はい」

 覆い立つ大木。昼間でも日差しが遮られる。森の中央には、少し大きな湖があるが、以前の戦闘では湖より先には行っていない。だが、今回の作戦では、湖の先にある兄弟団の乗ってきた宇宙船が隠されれていると思われる場所までの遠征であった。
 エア・バイクはスピードを落としたものの、ガゼルの操縦で木々をパスして進んだ。
 アリシアは、スリルが増したことに嬉しさを募らせた。

「湖の東を回るコースで進みます」

「はい、お願いします」
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