- 017 グロース(2) -

文字数 4,050文字

 また、だ……。
 『部長に本当に感謝している』という理由。
 もしかしたら、これは姉の持つイーヴァイラスの力のせいなのか? なんとなく、そういう気がしてきた。
 おそらく、エレナの力は顕現だけでなく、精神的に支配することに違いない。エイジは姉が怖くなってきた。だが、なぜ自分は支配されていないのか? それは、エルディリオン神族の力のおかげなのかもしれない。
 そして、何よりもイーヴァイラスの力の顕現の方法を自分に教えていないことが、怪しい。いつも何かとはぐらかされる。つまり、何かの秘密があるに違いない。
 そう言えば、昨晩、今度ジェシカをきちんと顕現させると言っていた。その時、その秘密を何とか見てやろう。と、エイジは考えた。
 と、そこへ、噂をすれば影がさす、のように、エレナとジェシカが入ってきた。

「おはよう! みんな、集まってる?」

 エレナは昨日の疲れを知らないのか、元気よく言った。そう言えば、エレナのしたことは、肉体労働的にはベルナスを少しおぶったくらいで、大したことはない。元気もいいはずである。
 エレナは部室に入るなり、中をぱっと見渡してこう言った。

「あれ、アリシアはまだ来てないか。……ははん、さてはエイジ君が、アリシアちゃんに何か悪さでもしたのかね?」

「していません!」

 エイジはイラっとして応えた。そのエイジの後ろをエレナは通って、今入ってきた二人は定位置の席に着いた。

「まぁ、いいわ。まず最初に言っておくと、もうすぐ高校生は中間試験だから、明日から試験が終わる日まで、高校生は部活動はありません。それから、試験が終わったら、ジェシカは顕現の儀式をします。いい?」

 顕現の儀式。ついに、か。一体、どんな儀式なのか。

「まぁ、儀式と言っても、小難しいものではないから、安心して」

 その儀式とやらは、誰が決めたものなんだ? と、エイジが考えていると、ジェシカは嬉しそうになっていった。

「はい、お願いします!」

 ジェシカは元気に言った。

「で、無事に顕現したら、これで好きな人と一緒にドリームランドに行ってきなさい!」

 と、エレナは嬉しそうに言うと、二枚の券をジェシカに渡した。

「わぁ、ありがとうございます!」

 ジェシカは受け取った。
 同じ遊園地の券。……最初から部室にいた三人は目を合わせた。

「同じ……ですね」

 ベルナスが言ってしまった。黙っていればいいものを。

「何が同じなの?」

 エレナがベルナスに尋ねた。

「先程、ミラさんが持ってきた物と同じかと」

 ベルナスは、またもや、にこやかに応えた。ああ、全く、この男はトラブルを引き起こして楽しむつもりなのか……。

「ミラが……?」

 エレナはミラを見た。

「あ、ええと、その、」ミラはいつものようにおどおどし始めた。「実は、ドリームランドの券を二枚もらったので、その、一緒に行こうかなぁって、あのエイ……」

 と、言いかけた所で、ジェシカが強い調子で割り込んだ。

「ええと! ミラ先輩がどなたにお渡ししたか、全くわかりませんが、私はエイジと一緒に行きます!」

 そう言って、ジェシカはエイジに一枚の券を渡した。
 エイジの所に同じ遊園地の券が二枚。エイジは、へらへらと薄ら笑いをしていたが、どんどんと冷や汗が出てきていた。

「お、モてるな、我が弟。それじゃ、三人で行ってきたら?」エレナが言った。「それでも、一枚無駄になるわね」

 その時、アリシアが部室に入ってきた。あいさつもなし、いつもの無言、無表情の感じで。

「いいところにきたわ、アリシア」エレナが言った。「あなた、高校生の試験が終わったら、この子達三人を連れて遊園地に行ってくれないかしら」

 高校生の三人は部長の勝手な申し出に驚いた。

「安心して、アリシア。券はあるのよ。ほら、エイジ、一枚、アリシアにあげて」

 エレナは、ぶっきらぼうにエイジに指示した。エイジはその通りに一枚の券を出した。
 アリシアは無表情で、エイジからそれを受け取った。

「この高校生トリオで遊園地へ行くと言ってるから、危ないでしょ」と、エレナ。「もし、あの三兄弟が現れでもしたらねぇ。何しろヴルトゥームと未熟な神様じゃ勝負にならないでしょ。でも、アリシアが付いていてくれたら、私も安心だわ」

 アリシアは頷いた。
 エレナの勝手なセッティングが、急にエイジら高校生三人を動揺させた。そして、エレナは、くすっと笑うと、エイジを見た。
 姉貴のヤツ、笑ってやがる。俺の心を弄んでいるな。おかしな理由をつけて、アリシアも同行させるとは。これは、俺を試しているに違いない。大体、高校生トリオとか、勝手なグループ名を付けるなよ。でも、アリシア先輩と一緒ならいいかもしれない。だが、ミラとジェシカも、一緒だ。……きっと物凄くヤリズレエ。それにしても、ミラもジェシカも自分の思惑が崩されてるんだから、少しくらいは反抗しろよ……。



 ミラの誘いも、ジェシカの誘いも断り、エイジは一人で黙々と試験勉強をした。アリシアとのランニングのない日は、何か物足りない気がしていて仕方なかった。
 こうしている間にも、アリシア先輩は、一人で走っているのだろうか? そうでなければ、今は、何しているのだろう? そう言えば、彼女のプライベートは何も知らない。付き合っている彼氏とかいるのだろうか? あの性格では、ちょっと難しいかもしれないな。しかし、そうは言ってもカワイイ人だから、声をかける男もいないわけないか。どうも気になって仕方ない。だが、そんなことよりも試験勉強。……試験が終われば、またアリシア先輩と逢えるさ。と、悶々として勉強が続いた。
 そして、高校の最初の中間試験の日となり、数日かけて、その中間試験も終わった。試験最終日の翌日は、答案の採点のため、学校はまる一日休みとなる。
 エイジは、試験が終わったことをほっとする間もなく、ある計画を実行するつもりだった。
 おそらく、その日がジェシカにツァールを顕現させる日と思われたからだ。姉や他の部員に訊いたところで、顕現の儀式については、何も答えてくれなかった。それは、日時や場所に関しても同じで、誰も教えてくれなかった。
 だが、エイジは絶対にそれを暴いてやる、と心に決めていたのだ。
 その日、エイジは夜明け前から起きており、ベッドの中で既に外出できるように着替えをすませている状態だった。姉が自分の部屋にいつ来ても、寝ていると思わせたかったのだ。
 案の定、夜明け前に廊下を誰かが歩く音がした。姉が起きた音であった。どうやら、こちらへ向かってくる。ノックもせずにエイジの部屋のドアを薄く開けたようであった。寝たふりをしたエイジであったが、気配でそれがわかった。
 おそらく、エイジが寝ていることを確認したのだろう。姉は静かにドアを閉めると、そのまま玄関の方へ行き、用心深く家のドアを開けて家から出て行った。
 エイジは、ベッドから飛び起きると、窓のカーテンを薄く開けて外を見た。すると、家の前の道路には姉とジェシカがいるのが見えた。そして、二人は、示しあわせて一緒に歩きだした。
 エイジも玄関へ急ぎ、先に行った二人に気づかれないように家を出た。すると、家の前の道を歩いて行く二人が見えた。エイジは急いで、玄関脇の門柱に隠れた。二人が角を曲がり姿が見えなくなった所で、駆け足でその角まで行った。エイジは二人に気づかれないように、しばらく追跡した。やがて、海辺の近くの小高い丘へ向かっていくのが、エイジにもわかった。
 そこは、姉とは小さい時に何度も遊びに来ていた場所だった。そう言えば、エイジはそこでまだ幼い時に、不思議な体験をしたことを思い出した。姉の姿が見えなくなったかと思ったら、大きい一つ目のある大きな星のようなものが、エイジの頭上にいたのだった。だが、不思議と怖いことはなく、しばらくそれを見続けていた。だが、小さい時の記憶などは曖昧でいい加減なものだと、ずっと思いこんでいたので、何かの感違いくらいに片づけていたことだった。
 エイジは、二人の様子が見える近くの木陰に入って身を潜めた。
 確かに、そこは昼間でも人通りはほとんどない。こんな夜明けくらいの時間なら、おそらく誰も来ないような場所だ。エレナとジェシカの儀式とやらを、この目で確かめる!
 やがて、エレナとジェシカは丘の中腹にある何かの石碑の前で止まった。かなり古い石碑で、カシリアムへ入植した直後に誰かが作ったものなのだろう。
 二人は石碑に向かって立っていた。ジェシカを右隣にして、エレナは両手を伸ばして左右の人差し指を空に向かって指し、さらに顔を真上に向けた。そして、呪文のような言葉を大声で言った。

「ふんぐるい むぐるうなふ いあ いあ ぐろーす うがふなぐる ふたぐん」

 姉は、およそ、そのようなことを言ったと思われた。もちろん、意味はわからない。すると、伸ばした左右の人差し指がバチバチと閃光したように見えた。
 その直後、何かが現れた。
 あの巨大な目の星だ。
 うわ! エイジは、思わず声をあげそうになったが、何とかその声を押し殺した。
 すると、姉の体は、その場に倒れ伏した。ジェシカは、怖がる様子もなく、その星を見つめていた。
 星の大きさは、十メートル位はあるだろうか。石碑の上空数メートル位の所でふわふわと浮かんでいる。目は、辺りを見渡しているようで、くるくると回転していた。
 なんだよ、あれ。子供の頃に見たのは、あれだ。……やはり本当に体験したことだった。というか、あれが姉の正体なのだろうか? 姉もイーヴァイラスの化身なのではないか? 確か、聞いていたのは、イーヴァイラスの力だけが顕現していたはずであった。そして、姉の体は倒れているが、どういうことなんだ?
 少しすると、目は真下にいるジェシカの方を向いた。ジェシカも真上を見上げている。そして、星の目が赤く光った。その瞬間、エイジの眼前の景色が見る間に変わった。眩い閃光が、辺りを包んだと思われた。
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