- 019 グロース(4) -

文字数 2,770文字

 その週の日曜日の朝。
 エイジの家のチャイムが鳴った。母が玄関に行くと、何やら、きゃあという母の歓喜の黄色い声がした。

「エイジ! かわいいお客さんよ!」

 エイジは、まだ出かける支度をしている最中だった。上着を着つつ、玄関へエイジが行った。

「エイジくん! おはよう」

 ミラだった。
 学校では考えられないような、フリルのついたかわいらしい帽子と服。まともに見つめられないくらいだった。うわぁ、まぶしい! と。

「いつの間に、こんなかわいいお嬢さんとお付き合いしてるの?」

 母は大喜びだった。

「いや、母さん、付き合ってるわけではないので……」

「エイジくん、待てずにお迎えに来ちゃいましたよ」ミラが言った。「お支度、まだでしたか?」

「お、おはようございます、ミラ先輩」

 エイジは、言った。

「お、ミラじゃないの」家の奥から、エレナが出てきた。いかにも今起きたばかりの恰好であった。「そう言えば、今日は四人デートの日だったね。がんばれ、弟」

「うるさいな、姉貴は」

「ちょっと、四人デートって、どういうことなの?」

 母が尋ねた。

「エイジは、二股どころか三股。それも超かわいい女の子ばかり」

「それじゃ、四人デートって、その中の男子はエイジだけなの?」

「そうですよ、モてるねぇ、エイジは。うらやましいぞ」

「まぁ! そんな不純異性交遊は、母さん認めませんよ」

 とたんに母の表情はきつくなった。

「いや、いや、お母様」エイジは弁明した。「姉貴が勝手に言ってるだけです。俺は誰とも付き合ってませんし。今日は、たまたま四人一緒になっただけで、デートじゃないですよ」

「まぁ、そうなの? でも、女の子を泣かすことになったら、母さんは許しませんからね」

「絶対、大丈夫ですって」

「それより、女の子を待たせるなんて。さっさと支度しなさい」

 エイジは、支度しに部屋へ戻った。戻る前に姉を少し睨んで。

 あれ、そう言えば、ジェシカは顕現したのだろうか。すっかり忘れていた。顕現の現場を見てやるつもりだったのに、採点休みの朝は、いつの間にか寝入ってしまっていたし。まぁ、いいか。と、エイジは考えた。

 エイジは支度も終わり、家を出た。母も姉も、かわいいゲストを見送るために、表に出た。と、そこには、既にジェシカとアリシアの姿もあった。

「あら、本当にかわいい子ばかり。一人はお隣のジェシカちゃんだけど」

 母は仰天していた。

「それじゃ、アリシア、高校生トリオをよろしく頼むね!」

 エレナが言った。
 高校生トリオを引き連れてアリシアが歩きだした。布陣としては、アリシアが先頭、その後ろにジェシカ、エイジ、ミラが横に並んで歩いていた。

「あのさ、ジェシカはツァールを顕現できたのかな?」

 エイジがジェシカに尋ねた。

「あ、うん。……顕現できたよ」

「ツァールって強いらしいね」

「うん、聞いた」

 ジェシカの返事は、あまり気のないものだった。

「やっぱり、イヤだったのか?」

「いえ、そうじゃないんだけど……」

 あれ、そう言えば、ツァールが強いって、誰から聞いたんだっけ。と、エイジは記憶を辿ったが、思い出せない。まぁ、いいか。
 と、ミラを見ると、家の前では、嬉しそうにしていたのに、全然そんな感じはなくなっていた。

「あの、ミラ先輩、気分でも悪いですか?」

「いえ、そうじゃないんだけど……」

 そう言って、誰も喋らなくなった。
 ああ、空気が重い。……というのも、ミラとジェシカは、うつむいて黙っているからであった。居たたまれない。
 アリシアは、いつものように全くの無口。全然楽しくない。
 こんなにかわいい子に囲まれているというのに。
 四人は電車に乗り、ドリームランドに着いた。
 その間も、誰も口を開かない。この分では、ジェットコースターの組み合わせとか、くだらないことで揉めることは明白だった。
 『狂気山脈』と書いてある。ここのジェットコースターの名前らしい。

「何に乗る? ジェットコースター?」

 ミラとジェシカは口をきこうともしない。
 その時、ついにアリシアが怒り出した。

「ミラとジェシカ!」アリシアのそんな喋り方は、今まで聞いたことがなかった。「きちんと、エイジの質問に答えなさい!」

「アリシアせん……ぱい……」

 ミラとジェシカは、すまなそうに言った。

「このチームワークでは、あの三兄弟が出てきても対処できない」

 アリシアの小さい体ながらも大きな声で言った。

「すみません」

「ジェシカも強い力を得たはず。ミラが憎い? 嫉妬する? もし、感情的になれば、イーヴァイラスの力は制御できない。その場合、ジェシカが望まなくても、ツァールは仲間を攻撃してしまうかもしれない。しかし、それは、私が全力を出して阻止する」

「はい、すみません」

「そして、エイジ!」アリシアは、矛先をエイジに向けた。「恋愛対象をはっきりさせないから、こういう結果になる」

「はい」

 エイジは、申し訳なさそうだった。

「この場で、誰を恋愛対象とするか決めなさい。さもなくば、全員を恋愛対象から外すか、どちらかを選択しなさい」

 ミラとジェシカは、エイジを見つめた。

「すみません、俺、優柔不断で。みんな大好きで決められません。それに、誰かと付き合ったら、陰陽部もおかしなことになっちゃうし。だから、個人では……付き合いません」

 少し、沈黙があった。
 そして、ミラもジェシカも笑いだした。

「そうだろうと、思った。エイジくんは優しすぎるね」

 ミラが言った。

「それじゃ、私達、告白もしてないのに、フラれたってことで、いいのかな」

 ジェシカが言った。

「それじゃ、じゃんけんで、ジェットコースターの組み合わせを決めようか」

 ミラが言った。
 じゃんけんをした後、アリシアとエイジ、ミラとジェシカの組み合わせになった。

 アリシアとエイジが乗り込み、その後ろにミラとジェシカが座った。やがて、『狂気山脈』という名のジェットコースターは動きだし、カタカタと最初の山を登り始めた。エイジは、すぐ隣にアリシアがいるのを嬉しくは思ったが、さっきの発言をとても後悔もしていた。やがて、そのジェットコースターは下降線に進み、ザーっという大きな音とともに落ちていった。
 その瞬間、エイジは隣のアリシアに言った。

「本当は、俺……」

 それは、音で掻き消されたと思って、言ったつもりであった。

「それ以上、言ってはいけない」

 アリシアは、そう言ったように感じられた。だが、こういった心臓が飛び出るような瞬間にも、アリシアは表情一つ変えなかった。

 その後、何度もじゃんけんをして、総当たり戦でジェットコースターに乗ることになった。次はミラがエイジの隣、その次はジェシカが隣で。
 結局、その日はジェットコースターだけでお終いになった。
 そして、懸念された三兄弟の襲撃もなく、四人はそれぞれの家へ帰った。
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