- 043 ジェシカとエイジ(3) -
文字数 2,853文字
玄関の奥の部屋が居間であるが、その閉じた扉の隙間から電気が点いているのが、わかった。
エイジは、その扉を開けた。
テーブルにエレナが突っ伏して寝ていた。その向かいの席にアリシアが起きて座っていた。
「ただいま」
エイジが言った。
「おかえり」アリシアが言った。「待ってたよ。どこまで行ってたの?」
「あら、」エレナが起きた。「エイジ、やっと帰ってきた! もう、心配したのよ!」
「ごめん。陽が暮れて、ジェシカがツァールに顕現できなくなったので、トゥライ山から歩いて帰ってきたんだ」
「そう、それは、お疲れ。……ジェシカに、何かされなかった?」
「別に、大丈夫だよ。それで、ジェシカのことで相談なんだけど」
「何?」
「家の前で俺達を襲ったのは、ツァールだって、ジェシカが認めたんだ」
「やっぱり! 許せないわ、ジェシカ。これは、裏切り行為よ」
「待って、あのさ、そんなにいきり立たないで、お願いだから」
「何? あなたも襲われたんでしょ? それでも、ジェシカのかたを持つの?」
「彼女、俺には本気で謝ったんだ。だから、明日、みんなで会った時、ちゃんと彼女の謝罪を聞いてあげてほしいんだよ」
「エイジ! どこまで、お人好しでおせっかいなの! 本当に厭きれるわ」
「なんというか、俺とアリシア先輩にヤキモチを焼いただけだから。俺も、最近ジェシカのことをないがしろにしてたし」
「まぁ、エイジがそこまで言うなら、今回は彼女の謝罪を聞いてから、判断しましょう。今日は、もう遅いというか、もうすぐ朝になってしまうけど、少しの間でも眠りましょう。アリシアは、まだベッドがないから、私の部屋で寝てちょうだい」
「いえ、あの、エイジの部屋では、ダメですか?」
アリシアは大胆にも、そう言った。
「ダメ、って言っても、行くんでしょ。勝手にしたらいいわ。それじゃ、お休み」
エレナは、自分の部屋へ入って行った。
アリシアは、エイジを見た。
「少し、話がしたい」
アリシアが言った。
「うん。それじゃ、部屋へ行こうか」
二人は、エイジの部屋へ入った。
エイジは、ベッドへ腰掛けた。アリシアもその隣に座った。
「俺から話すよ」
「うん」
「ジェシカを救おうと思って、彼女にウソをついたんだ」
「なんて?」
「ジェシカを、いとおしいって言った」
「そう」
「彼女は、責任とるから自殺するとまで言ったんだ」
「そうなの……」
アリシアは、エイジを見つめていたが、少しするとうつむいた。
「でも、俺の気持ちは、アリシアしかないよ。俺が一緒にいたいのは、アリシアだけだよ」
「本当なの?」
「本当さ」
エイジは、アリシアの肩に手を回した。
「ちゃんと信じてるから、エイジのこと」
「大丈夫さ。俺もアリシアを信じてる」
「私、あまり男の人のこともよくわからないし、お付き合いしたこともないから、本当にどうしていいかもわからなくて。だから、エイジにも迷惑かけると思うけど、エイジの負担になりたくない。ジェシカやミラが、エイジに接する態度も理解できるけど、私の心の中では、必死に溺れないようにあえいでいる自分がいるのよ。それも、エイジにはわかってほしい」
「わかったよ、アリシア」
「ありがとう」
「あのね、今日はエイジのベッドで寝たいな」
「いや、それは、ちょっと、まだ早いんじゃないかな、そうだ、俺、居間のソファで寝るからさ、うん」
突然の申し出に、エイジは驚いてしまった。
「だめよ、ここで、一緒に、ね」
「だって、ほら、このベッドは、シングルだし……」
「平気だよ、体を密着させれば」
「いや、それは、俺、寝られないって言うか、リビドーっていうか、煩悩というか、本能というか、そういうものの制御って、高校生男子には難しくて、大好きな人と寝られるなんて、嬉しすぎるんだけど、ほら、問題が多いからさ、やっぱり、ソファにしておくよ」
エイジのうろたえぶりに、アリシアは不思議そうな顔をしていた。
「そうなんだ。じゃ、私がソファで寝るよ」
「ああ、ソファには俺が寝るから。アリシアは、ここで寝て。あ、それから、ベッドの下のものには、絶対さわらないで、お願いだから」
「わかった。それじゃ、おやすみ、エイジ」
「おやすみ、アリシア」
エイジは、部屋を出ると居間に戻り、ソファに横たわった。
今日一日で、いろいろなことがあったな、と感慨深く思った。
そう言えば、俺、陰陽部でキスしてないのは、ベルナス先輩だけだ。……姉貴の言ってたように、陰陽部総ナメだな。
エイジは、そんなことを考えて、すっと眠ってしまった。
◇
翌日の朝。
「あら、これは、一体どんなパフォーマンスのつもりかしら」
その声に、エイジは目が醒めて、飛び起きた。そして、バランスを崩してソファから落ちた。
「いたっ!」
また、朝起きる時に落ちた。この前もベッドから落ちた気がする。また、だ。
ベッドと思っていたのは、居間のソファだった。そうだ、自分の部屋のベッドにはアリシアが寝ているんだっけ。と、腰の痛みの中で思い出した。そして、ソファの傍らには、腕組して立っているエレナがいた。
「ここにエイジが寝ているということは、アリシアのことを大事にするとかキザなことを考えてのことか、はたまた夜中にアリシアにエッチなことをしようとしたら断られて追い出されたのか、のどちらかね」
朝から、うるさいな、とエイジは思った。
「私としては、後者の方が愉快なのだけども、エイジはええかっこしいの所があるから、真相は前者と見たわ。どう? 正解を教えてほしいところだわ、弟君」
「前者ですよ!」
「それでは正解ということで、賞金は私のものね」
「賞金なんか、ないよ!」
「ああそう。では、とてもいい情報を教えてあげようと思ったのだけど、どうしようかしら」
「なんだよ、また、くだらない情報なんだろ?」
「くだらない? この部長兼絶対的姉の存在の私にむかってなんという暴言!」
「なんだよ、その絶対的姉なんとかって。もう変な肩書はいいよ」
「では、学園でミラの次に、素敵なこのお姉様から、とっておきの情報を無料でサービスしてあげるわ」
「もったいぶらずに、さっさと言えよ」
「それはね、ブライトン学園高校部の始業時間まで、あと20分ということよ」
「はぁ? ……って、やばい! 早く言えよ!」
エイジは、急に慌てた。
「さっきから、言おうと思っていたのに、それを愛する我が弟は、姉の純粋な気持ちを踏みにじっていたからじゃない。ひどいわ」
「ああ、もうわかったから、すいませんでした!」
「わかればいいわ。ところで、着替えようにも、自分の部屋には、愛するアリシアが寝ているので入りづらいな、ということはないかしら?」
「あ、そう、そうです。よく、俺の気持ちに気づいてくれました。ちょっと入りづらいんです、絶対的お姉様」
「そう。では、私が、弟君の匂い立つ部屋に、秘かに入ってあげても、よくてよ」
「ぜひ、お願いします」
「ならば、この部長兼絶対的姉兼ロックウッド家当主の私に、感謝しなさい」
「感謝します。なんか、ちょっと増えてるね、肩書」
エイジは、その扉を開けた。
テーブルにエレナが突っ伏して寝ていた。その向かいの席にアリシアが起きて座っていた。
「ただいま」
エイジが言った。
「おかえり」アリシアが言った。「待ってたよ。どこまで行ってたの?」
「あら、」エレナが起きた。「エイジ、やっと帰ってきた! もう、心配したのよ!」
「ごめん。陽が暮れて、ジェシカがツァールに顕現できなくなったので、トゥライ山から歩いて帰ってきたんだ」
「そう、それは、お疲れ。……ジェシカに、何かされなかった?」
「別に、大丈夫だよ。それで、ジェシカのことで相談なんだけど」
「何?」
「家の前で俺達を襲ったのは、ツァールだって、ジェシカが認めたんだ」
「やっぱり! 許せないわ、ジェシカ。これは、裏切り行為よ」
「待って、あのさ、そんなにいきり立たないで、お願いだから」
「何? あなたも襲われたんでしょ? それでも、ジェシカのかたを持つの?」
「彼女、俺には本気で謝ったんだ。だから、明日、みんなで会った時、ちゃんと彼女の謝罪を聞いてあげてほしいんだよ」
「エイジ! どこまで、お人好しでおせっかいなの! 本当に厭きれるわ」
「なんというか、俺とアリシア先輩にヤキモチを焼いただけだから。俺も、最近ジェシカのことをないがしろにしてたし」
「まぁ、エイジがそこまで言うなら、今回は彼女の謝罪を聞いてから、判断しましょう。今日は、もう遅いというか、もうすぐ朝になってしまうけど、少しの間でも眠りましょう。アリシアは、まだベッドがないから、私の部屋で寝てちょうだい」
「いえ、あの、エイジの部屋では、ダメですか?」
アリシアは大胆にも、そう言った。
「ダメ、って言っても、行くんでしょ。勝手にしたらいいわ。それじゃ、お休み」
エレナは、自分の部屋へ入って行った。
アリシアは、エイジを見た。
「少し、話がしたい」
アリシアが言った。
「うん。それじゃ、部屋へ行こうか」
二人は、エイジの部屋へ入った。
エイジは、ベッドへ腰掛けた。アリシアもその隣に座った。
「俺から話すよ」
「うん」
「ジェシカを救おうと思って、彼女にウソをついたんだ」
「なんて?」
「ジェシカを、いとおしいって言った」
「そう」
「彼女は、責任とるから自殺するとまで言ったんだ」
「そうなの……」
アリシアは、エイジを見つめていたが、少しするとうつむいた。
「でも、俺の気持ちは、アリシアしかないよ。俺が一緒にいたいのは、アリシアだけだよ」
「本当なの?」
「本当さ」
エイジは、アリシアの肩に手を回した。
「ちゃんと信じてるから、エイジのこと」
「大丈夫さ。俺もアリシアを信じてる」
「私、あまり男の人のこともよくわからないし、お付き合いしたこともないから、本当にどうしていいかもわからなくて。だから、エイジにも迷惑かけると思うけど、エイジの負担になりたくない。ジェシカやミラが、エイジに接する態度も理解できるけど、私の心の中では、必死に溺れないようにあえいでいる自分がいるのよ。それも、エイジにはわかってほしい」
「わかったよ、アリシア」
「ありがとう」
「あのね、今日はエイジのベッドで寝たいな」
「いや、それは、ちょっと、まだ早いんじゃないかな、そうだ、俺、居間のソファで寝るからさ、うん」
突然の申し出に、エイジは驚いてしまった。
「だめよ、ここで、一緒に、ね」
「だって、ほら、このベッドは、シングルだし……」
「平気だよ、体を密着させれば」
「いや、それは、俺、寝られないって言うか、リビドーっていうか、煩悩というか、本能というか、そういうものの制御って、高校生男子には難しくて、大好きな人と寝られるなんて、嬉しすぎるんだけど、ほら、問題が多いからさ、やっぱり、ソファにしておくよ」
エイジのうろたえぶりに、アリシアは不思議そうな顔をしていた。
「そうなんだ。じゃ、私がソファで寝るよ」
「ああ、ソファには俺が寝るから。アリシアは、ここで寝て。あ、それから、ベッドの下のものには、絶対さわらないで、お願いだから」
「わかった。それじゃ、おやすみ、エイジ」
「おやすみ、アリシア」
エイジは、部屋を出ると居間に戻り、ソファに横たわった。
今日一日で、いろいろなことがあったな、と感慨深く思った。
そう言えば、俺、陰陽部でキスしてないのは、ベルナス先輩だけだ。……姉貴の言ってたように、陰陽部総ナメだな。
エイジは、そんなことを考えて、すっと眠ってしまった。
◇
翌日の朝。
「あら、これは、一体どんなパフォーマンスのつもりかしら」
その声に、エイジは目が醒めて、飛び起きた。そして、バランスを崩してソファから落ちた。
「いたっ!」
また、朝起きる時に落ちた。この前もベッドから落ちた気がする。また、だ。
ベッドと思っていたのは、居間のソファだった。そうだ、自分の部屋のベッドにはアリシアが寝ているんだっけ。と、腰の痛みの中で思い出した。そして、ソファの傍らには、腕組して立っているエレナがいた。
「ここにエイジが寝ているということは、アリシアのことを大事にするとかキザなことを考えてのことか、はたまた夜中にアリシアにエッチなことをしようとしたら断られて追い出されたのか、のどちらかね」
朝から、うるさいな、とエイジは思った。
「私としては、後者の方が愉快なのだけども、エイジはええかっこしいの所があるから、真相は前者と見たわ。どう? 正解を教えてほしいところだわ、弟君」
「前者ですよ!」
「それでは正解ということで、賞金は私のものね」
「賞金なんか、ないよ!」
「ああそう。では、とてもいい情報を教えてあげようと思ったのだけど、どうしようかしら」
「なんだよ、また、くだらない情報なんだろ?」
「くだらない? この部長兼絶対的姉の存在の私にむかってなんという暴言!」
「なんだよ、その絶対的姉なんとかって。もう変な肩書はいいよ」
「では、学園でミラの次に、素敵なこのお姉様から、とっておきの情報を無料でサービスしてあげるわ」
「もったいぶらずに、さっさと言えよ」
「それはね、ブライトン学園高校部の始業時間まで、あと20分ということよ」
「はぁ? ……って、やばい! 早く言えよ!」
エイジは、急に慌てた。
「さっきから、言おうと思っていたのに、それを愛する我が弟は、姉の純粋な気持ちを踏みにじっていたからじゃない。ひどいわ」
「ああ、もうわかったから、すいませんでした!」
「わかればいいわ。ところで、着替えようにも、自分の部屋には、愛するアリシアが寝ているので入りづらいな、ということはないかしら?」
「あ、そう、そうです。よく、俺の気持ちに気づいてくれました。ちょっと入りづらいんです、絶対的お姉様」
「そう。では、私が、弟君の匂い立つ部屋に、秘かに入ってあげても、よくてよ」
「ぜひ、お願いします」
「ならば、この部長兼絶対的姉兼ロックウッド家当主の私に、感謝しなさい」
「感謝します。なんか、ちょっと増えてるね、肩書」