- 021 ロックウッド家(2) -

文字数 2,559文字

 その日の真夜中。
 エイジは、きっと姉は久しぶりに会った父親と、どう会話していいのか、わからないのだと、勝手に思っていた。明日になれば、姉も以前のように打ち解けるだろう、と。しかし、また一週間くらいで父は仕事に戻ってしまうのだろうか。ライノーサは大変な所と聞くけど、父は大丈夫なのだろうか。
 エイジがそうこう考えているうちにトイレへ行こうと思い、部屋を出ると、食卓の間に明かりが灯っているのを見つけた。そして、小さい声が中からしていた。
 エイジは誰かと思い、耳をすませた。
 食卓の間からは、父とエレナの声がしていた。
 こんな遅くに? 先程は、よそよそしかった姉もやっと父と話す気になったのだろうか。
 ただし、話している詳細はよく聞こえなかったが、断片的な言葉が聞くともなく、聞こえてしまった。

「……計画は順調なのか……」

 と、父の声。

「全員が顕現し……」

 これは、エレナの声。

「軍の上層部の期待は、あまりある……」

「特にツァールと……」

「ツァールというのは、隣のジェシカちゃんの……エイジのエルディリオン神族も……」

 これは、父の声。一体、何を話しているのか?
 エイジは慄然とした。
 聞こえてきたその会話の断片で十分だった。
 学生のものとはおよそ思えないエレナが主導する部活動と、軍人としての父の何らかの計画が一致するものだとは、エイジは思ってもみなかった。いつ頃、どちらが提案したかわからないが、両者の思惑が同時に随行するものであったのであろう。
 父の帰りで、エレナの普段とは違う食卓での態度が、それを物語っていたのであったか、と。
 エイジは、しばらく自分の部屋のドアの所で立ちつくして茫然としてたのだが、食卓の間のドアが開くと、中から不意にエレナが出てきてしまった。

「あっ」

 声に出したのは、エレナとエイジだった。
 エイジの様子から、エレナはエイジが会話を聞いていたことを察した。

「エイジ、今の聞いていたの?」

 エレナは怪訝そうに尋ねた。

「うん。……聞いちゃった」

 父も出てきた。

「エイジ、いたのか。……仕方ない。それでは、エイジも一緒に聞いてくれないか」

 だが、そこに優しい父の顔はなかった。険しい軍人の顔だった。

「誤解されては、困るので、エイジにも……」

 と、父が言いかけた所で、エイジは取り乱した。

「そんなこと、知らないよ! 俺は、軍人じゃない。俺の力で、軍に加担するつもりもない。この力で人殺ししろなんて、できない! それに陰陽部の皆を巻き込むなんて、どうかしてるよ。姉貴、最低だ。そんなことが目的だったのか? ずっと、何かを隠してるって思ってたけどね。姉貴のこと、身勝手でイヤな人間って思うこともあったけど、素晴らしい仲間を集めて何かを達成するなんて、最近では、とても尊敬できる姉だって思い始めてたところだったのに。親父も、なぜ自分の子供にそんな危険なことをさせるんだ? どうしてだよ!」

 エイジは、部屋に戻ろうとしたが、エイジの腕はエレナに押えられて、できなかった。エイジは必死に振りほどこうとしたが、エレナの力は強く放そうとはしなかった。

「放せ、姉貴!」

 エイジのその言葉に、エレナは手を放すことはなかった。そして、何も言わなかった。
 しばらく、エイジは振りほどこうとしたが、しばらくすると、エレナは目から涙があふれ、手を緩めて一言だけ言った。

「悲しい」

 気丈な姉が初めて見せる泣き言。そして、涙。
 エイジは、えっ? と、思い、姉の言いたいことが自分に伝わっていないのだと理解した。

「言いたいことを言ってしまった。ごめん」

 エイジは謝った。

「私の話を聞いて」

 と、エレナ。

「いや、今日は、もう遅い。明日、話し合おう」

 父が言ったので、その日はお開きになった。



 翌日の放課後。
 釈然としないまま、エイジはその日も陰陽部に参加した。できるだけ姉と顔を合わさないようにして、アリシアとランニングをしに外へ出た。

「今日は海まで行ってみる」

 アリシアがそう言うと、学園から十キロメートル位のセレナリア海まで走ることにした。往復で20キロメートルだが、最近ではそんなに苦でもなくなってきた。特にアリシアと走るのは、時間を忘れさせてくれた。いつまでも走り続けたい気がするのだ。
 やがて、海が見えてきた。
 蒼い海のセレナリア海。
 アリシアと海が見られるのも、エイジには嬉しかった。

「海が見えてきましたね、先輩」

 海に沈む主星カシリアムが、波に反射して眩しかった。前を走るアリシアの影がそれをさえぎって行く。

「気持いいですね」

 と、エイジが言うと、アリシアは返事さえしなかったが、こくりと頷いた。エイジにはそれで大満足だった。
 エイジは、昨晩の家でのこととか、忘れたかったが、もやもやした気持ちもすっきりしないので、アリシアに姉の計画を知っているのか、尋ねてみることにした。

「アリシア先輩、訊きたいことがあります」

「なに?」

「陰陽部と軍との関わりとか、御存知ですか?」

「知っている。だが、新入生に教えるには制限がある」

「そうだったんだ」

「我々は常人にない能力を持っている。陰陽部の存在は、我々が平穏無事に暮らすためのカモフラージュ。そして、私の安らげる居場所」

「はぁ」

「もし部長の指導がない状態で我々が生活していれば、必ず問題が起きていただろう。実際、私はそうだった……」

「え、そうなんですか?」

 すると、急にアリシアは立ち止った。と、それにつられて、エイジも止まった。
 アリシアは、いつもの無表情と違い、見たことのないような暗い顔になっていった。何かを思い出させてしまったのだろうか。そして、アリシアはそのままぺたんと座り込み、両手で顔を隠した。

「アリシア先輩、……大丈夫ですか?」

 しばらくアリシアは顔を伏せたままで、何の返答もしなかった。
 少し経って、エイジはもう一度声をかけた。

「先輩?」

 エイジの再度の呼びかけで、アリシアは、今度は顔を上げた。気のせいか目がうるんでいたように見えた。

「すみません。俺、変なこと言いましたか?」

「いえ、もう大丈夫。走りましょう」

 エイジは少し心配になったが、そのままアリシアについて走っていった。どうも、最近、アリシアは感情的になるようだ。以前は、こんなことはなかったのに。
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