- 006 チャウグナー・フォーン(2) -
文字数 2,214文字
エイジは溜め息をついて厭きれたが、本人が言うなら仕方ない。
そして、エイジは部屋を出ようとしたが、その瞬間、腕を掴まれたのを感じた。
腕を掴んだのは、後から部屋に入ってきた女性の方だった。
「待って。入った方がいい」
その女子は言った。
よく見ると、背はかなり小柄で、ショートヘアだが、目が大きく口元が小さい。しかし、恰好は制服でないことから大学部の学生らしいことはわかった。
「あの、俺は入部しないんですよ」
エイジはその彼女に断りを入れた。
「ダメ。危ない」
「はぁ? 危ないって、どういうこと?」
この女子の方が、よっぽど危ない気がする。
「今は……言えない」
エイジはその女子を振りほどいて、部室の外へ出た。
どいつもこいつも、どうかしてるんじゃないのか? 時間の無駄だった。と、思った。
エイジは、学校を出て帰路についた。
◇
もう、陽はとっぷりと暮れていた。
辺りは暗かったが、街燈が明るかったので歩きやすい道ではあった。
学校から家までは近道をして、20分くらい歩けば着く距離である。ただし、近道とは鬱蒼とした森の道であり、普段なら通らずに遠回りをする所であった。
しかし、その日は入部しないことを言明したため、エイジは姉と顔を合わせづらくなってしまい、早く帰りたかったこともあって、森の道を通っていた。
森といっても道はきちんと舗装されており、街燈もあるが、生い茂る木々の葉の中に灯りは埋没していて、照らされているのは、街燈直下の地面だけであった。
薄暗く細い一本道だった。
不気味な木々の葉影が生暖かい風に震え、さらにどこかで夜鷹が鳴き喚いていた。エイジの足も普段より早く歩いていた。
そして、しばらく歩くとガサっと前方で音がして、エイジはギクリとした。
何もいるわけはない、とエイジは自分に言い聞かせた。
いや、前方30メートルくらいの所に、薄暗い街燈に照らされた何かの影が蠢いているのがわかった。
何かいる!
なんだ、あれは? 小さくうずくまっている人物のようだった。
気持ち悪いな。こんな所で。何をやっているんだろう? 人? 本当に人か? エイジは、足を止めた。そして、それを凝視してみた。
だが、不意にそれは大きく動いた。
エイジは少し後ずさりした。
なんか、ヤバいな。
すると、そいつは徐に立ち上がった。
立ち上がったそいつは、人の姿ではなかった。薄くて大きな耳のようなものが、かなり大きい頭部の両脇から生えていた。そして、長い鼻のようなものも見えた。
さっきの象の着ぐるみか?
「なんだ、陰陽部の人?」
エイジは恐ろしさを紛らわしたいのもあって、わざと大きな声で言った。
姉が嫌がらせで夜道で脅しているのか?
だが、先程の問いに返事はない。ふいに、その影はエイジの方を向いた。
「もう、やめろ、姉貴か、それともその配下か?」
だが、その大きな耳は飾りではないようだった。なんと、ぱたぱたと動きだしたのだ。
ほんとうに着ぐるみなのか?
鼻も動き出した。いや、鼻のようだが、はっきり言えば蛸の触手のような動きだ。
エイジは恐ろしくなって逃げたくなったが、相手の能力がわからない。足が速いのか、遅いのか。
そいつは、徐々にエイジに向かって歩き出した。
足は二本ある。ゆっくりと近づく。それに合わせて、さらに一歩、二歩と、エイジもそれに合わせて後ずさりした。
あれは着ぐるみなんかじゃない。
完全に化け物だ。
遂にそいつの姿が灯りの中に現れた。
象のような頭。違うのは両耳の端にいくつもの触手が蠢いていることと、漏斗のように先端が広がったり、縮んだりを繰り返す鼻。
目は小さくてよくわからなかったが、両脇に一つずつあるようだった。その他の体の各部は人間のようである。
いや待て、エイジはまだ自分の知らない、最近になって銀河星間連邦とコンタクトしたばかりの異星種族か、とも考えた。それならば恐怖は失礼になる。だが、そいつはあからさまに化け物の姿だ。
学校では、異星の種族を見ても驚いてはいけないという教育をされてはいるものの、エイジはまだ爬虫類種族のセイール人くらいしか見かけたことはなかった。
「学校で習ってないよ、君の種族。どこの星の人かな?」
エイジは震えながら声をかけてみた。
その声に反応するように、徐にそいつの長い鼻が天を指した。さらに、そいつの低く鈍い叫び声が響いた。
仕掛けてくるのか!
エイジは身構えた。だが、自分には何も為す術がない。両足も逃げることを忘れていた。
そして、ついにそいつは、エイジのすぐ眼前までじわじわとやって来た。
相変わらず、鼻を高く上げている。鼻がブホっという音とともに、物凄い勢いで振り下ろされた。
それより早く、エイジは間髪いれずに右に飛びのいていた。
振り下ろされた地面は、大きくえぐられていた。
間違いない、敵意と殺意だ。いや、獲物を狩るハンターかもしれない。
エイジは持っていた学校の鞄をそいつに向かって思い切りたたきつけた。
そいつは投げられた鞄にたじろぐと、その鞄を拾い上げた。
そして、象の化け物は鞄を持ったまま、なぜかそのまま暗闇の中に消えていった。
エイジはヘナヘナと倒れこみ、道に座り込んだ。
「助かった」
化け物がえぐった地面を見たエイジは震えた。
「これ、本当か? こんなの当たってたら、洒落にならない。……でも、鞄を取られちゃったな。畜生、何なんだ、アイツ」
そして、エイジは部屋を出ようとしたが、その瞬間、腕を掴まれたのを感じた。
腕を掴んだのは、後から部屋に入ってきた女性の方だった。
「待って。入った方がいい」
その女子は言った。
よく見ると、背はかなり小柄で、ショートヘアだが、目が大きく口元が小さい。しかし、恰好は制服でないことから大学部の学生らしいことはわかった。
「あの、俺は入部しないんですよ」
エイジはその彼女に断りを入れた。
「ダメ。危ない」
「はぁ? 危ないって、どういうこと?」
この女子の方が、よっぽど危ない気がする。
「今は……言えない」
エイジはその女子を振りほどいて、部室の外へ出た。
どいつもこいつも、どうかしてるんじゃないのか? 時間の無駄だった。と、思った。
エイジは、学校を出て帰路についた。
◇
もう、陽はとっぷりと暮れていた。
辺りは暗かったが、街燈が明るかったので歩きやすい道ではあった。
学校から家までは近道をして、20分くらい歩けば着く距離である。ただし、近道とは鬱蒼とした森の道であり、普段なら通らずに遠回りをする所であった。
しかし、その日は入部しないことを言明したため、エイジは姉と顔を合わせづらくなってしまい、早く帰りたかったこともあって、森の道を通っていた。
森といっても道はきちんと舗装されており、街燈もあるが、生い茂る木々の葉の中に灯りは埋没していて、照らされているのは、街燈直下の地面だけであった。
薄暗く細い一本道だった。
不気味な木々の葉影が生暖かい風に震え、さらにどこかで夜鷹が鳴き喚いていた。エイジの足も普段より早く歩いていた。
そして、しばらく歩くとガサっと前方で音がして、エイジはギクリとした。
何もいるわけはない、とエイジは自分に言い聞かせた。
いや、前方30メートルくらいの所に、薄暗い街燈に照らされた何かの影が蠢いているのがわかった。
何かいる!
なんだ、あれは? 小さくうずくまっている人物のようだった。
気持ち悪いな。こんな所で。何をやっているんだろう? 人? 本当に人か? エイジは、足を止めた。そして、それを凝視してみた。
だが、不意にそれは大きく動いた。
エイジは少し後ずさりした。
なんか、ヤバいな。
すると、そいつは徐に立ち上がった。
立ち上がったそいつは、人の姿ではなかった。薄くて大きな耳のようなものが、かなり大きい頭部の両脇から生えていた。そして、長い鼻のようなものも見えた。
さっきの象の着ぐるみか?
「なんだ、陰陽部の人?」
エイジは恐ろしさを紛らわしたいのもあって、わざと大きな声で言った。
姉が嫌がらせで夜道で脅しているのか?
だが、先程の問いに返事はない。ふいに、その影はエイジの方を向いた。
「もう、やめろ、姉貴か、それともその配下か?」
だが、その大きな耳は飾りではないようだった。なんと、ぱたぱたと動きだしたのだ。
ほんとうに着ぐるみなのか?
鼻も動き出した。いや、鼻のようだが、はっきり言えば蛸の触手のような動きだ。
エイジは恐ろしくなって逃げたくなったが、相手の能力がわからない。足が速いのか、遅いのか。
そいつは、徐々にエイジに向かって歩き出した。
足は二本ある。ゆっくりと近づく。それに合わせて、さらに一歩、二歩と、エイジもそれに合わせて後ずさりした。
あれは着ぐるみなんかじゃない。
完全に化け物だ。
遂にそいつの姿が灯りの中に現れた。
象のような頭。違うのは両耳の端にいくつもの触手が蠢いていることと、漏斗のように先端が広がったり、縮んだりを繰り返す鼻。
目は小さくてよくわからなかったが、両脇に一つずつあるようだった。その他の体の各部は人間のようである。
いや待て、エイジはまだ自分の知らない、最近になって銀河星間連邦とコンタクトしたばかりの異星種族か、とも考えた。それならば恐怖は失礼になる。だが、そいつはあからさまに化け物の姿だ。
学校では、異星の種族を見ても驚いてはいけないという教育をされてはいるものの、エイジはまだ爬虫類種族のセイール人くらいしか見かけたことはなかった。
「学校で習ってないよ、君の種族。どこの星の人かな?」
エイジは震えながら声をかけてみた。
その声に反応するように、徐にそいつの長い鼻が天を指した。さらに、そいつの低く鈍い叫び声が響いた。
仕掛けてくるのか!
エイジは身構えた。だが、自分には何も為す術がない。両足も逃げることを忘れていた。
そして、ついにそいつは、エイジのすぐ眼前までじわじわとやって来た。
相変わらず、鼻を高く上げている。鼻がブホっという音とともに、物凄い勢いで振り下ろされた。
それより早く、エイジは間髪いれずに右に飛びのいていた。
振り下ろされた地面は、大きくえぐられていた。
間違いない、敵意と殺意だ。いや、獲物を狩るハンターかもしれない。
エイジは持っていた学校の鞄をそいつに向かって思い切りたたきつけた。
そいつは投げられた鞄にたじろぐと、その鞄を拾い上げた。
そして、象の化け物は鞄を持ったまま、なぜかそのまま暗闇の中に消えていった。
エイジはヘナヘナと倒れこみ、道に座り込んだ。
「助かった」
化け物がえぐった地面を見たエイジは震えた。
「これ、本当か? こんなの当たってたら、洒落にならない。……でも、鞄を取られちゃったな。畜生、何なんだ、アイツ」