- 011 アトラック・ナチャ(2) -

文字数 4,393文字

「では、本題に入ります」エレナが言った。「ギュトさん、どうぞ」

「率直に言おう。今後、君達との戦いを避けたい」

「ほう、いい提案だわ。でも、戦いを仕掛けてきたのは、あなた達兄弟の方だわ」

「その件については、我々『黄色の印兄弟団』の過失だ。素直に詫びる」

 『黄色の印兄弟団』? エイジはそのネーミングセンスに心の中で苦笑した。ジェシカもそうだった。

「随分、古いカルトの名前をつけたわね」

 エレナが言った。

「ああ、そうだ。だが、俺達にぴったりだろ」

「ただ、チャウグナー・フォーンが人を襲ったりしているじゃないの。それを見過ごすわけにはいかないわ」

「シュファには、もうさせないと約束する」

「それに、彼、エイジの血を飲んだようだけど、どうするの?」

「あのさ、」エイジが口を挟んだ。「俺の血に何か意味があるのか?」

「あるわ」エレナがエイジの方を向いた。「エイジの力は我々のレベルを遥かに超えたものなのよ。ただ、それが自分で制御できるかどうかは別。エイジにはこれから訓練を積んでもらうしかないの」

 自分の力が強大ってことなのか? 何か嬉しいよな怖いような感じがした。

「チャウグナー・フォーンがその血を得たということは、エイジの力の何パーセントかは与えられたということ。もう、クティラもフサッグァも太刀打ちできるかわからないわ」

 そうだったのか。

「今後、チャウグナー・フォーンが暴れたら、エイジしか対処できないってことよ」

「本当に? じゃ、俺の持っている力って何なのか? そのイーヴァイラスの中でも最強の部類なのか?」

「いえ、エイジの力はイーヴァイラスのものではないわ。多分……」

 エレナはそこで口をつぐんだ。

「テコレイもそう感じているのか?」

 ギュトが怪訝そうに言った。

「私はもうエイジとずっといるから、何となくわかるけど。でも、確信は持てない」

「で、俺は一体何の支配者なの?」

「どうしても知りたい?」

「ああ。じらさないで教えてくれよ」

「しょうがないね。『エルディリオン神族』と呼ばれる神の中の何かよ。『旧神』とも呼ばれたことがあるわ」

「『エルディリオン神族』の何かだって? 何だ、イーヴァイラスとかと大して変わらないじゃないか」

「大違いよ」

「そうなのか。それで、そいつはいつ俺が使えるようになるんだ?」

 エレナもギュトも厭きれてエイジを見た。

「そんなもの、使えない方がよっぽど幸せなんだけど、エイジはそんなものが欲しいの?」

 エレナが言った。

「面白そうじゃないか」

「そんなに言うなら、顕現するのも近いんじゃないの」

「よし、がんばるぞ。って、姉貴の何とかって神の力で俺の力を顕現させてくれるんじゃないのか?」

「エルディリオン神族を顕現させるなんて、私にできるかわからないわ」

「やってみせてよ」

「じゃ、今度、家でね」

「やった!」

 エイジの有頂天をよそに、ジェシカは不安げだった。

「あのう、」と、ジェシカ。「エルディリオン神族のことを教えてください」

 エレナはジェシカを見て言った。

「エルディリオン神族は謎の多い神格よ。一柱だけでなく、複数存在しているはずだけど、エイジについているのが、何という神かはわからない。エルディリオン神族の力はイーヴァイラスの力とは比較にならないほど強大なの。エイジがきちんと制御できるかどうかもわからない」

「制御できなかったら、どうなりますか?」

「宇宙からこの星が消えるかもね」

「ええ? そんな力がエイジに? どうしよう!」

 ジェシカの大きな瞳は、みるみる悲しげになっていった。

「まぁ、この話は、また今度しましょう。いい?」

 ジェシカは、エイジの方を見て軽く頷いたが、相変わらず不安を隠しきれていなかった。が、エイジは能天気に浮かれていた。

「で、『黄色の印兄弟団』がカシリアムに来た目的は何?」

 エレナが言った。

「逃げてきた。君達と同じさ。いや、君達は連れ去られたのが正しいのだろうけど」

 エレナはその話題に触れたくないのか、それ以上聞きださずに別の質問をした。

「で、サグダもこの星に来てるの?」

 その時、ジェシカはなんとなくエレナとエイジの姉弟には秘密があるのだということを感じ取った。エレナがエイジに秘密にしていることがあるのかもしれない。だが、肝心のエイジはエルディリオン神族のことでうわの空のようだった。ジェシカは引っかかるものがあったが、立ち入ってはいけないと思って何も言わなかった。
 ギュトは、思い切ったようにこう言った。

「それなんだ。実は頼みがある」

「何?」

「カシリアムに来た時、事故があって兄のサグダが怪我をしたんだ。兄は大丈夫だと言って、そのままどこかへ消えた。そして、そのままだ。俺とシュファは探したが、慣れない場所で今も行方不明のままだ」

 ミラはギュトのその発言が嘘だとわかったが、黙っていた。

「サグダは、やはりロイガーの化身なの?」

「ああ。兄弟の中では最強だよ。アトラック・ナチャもチャウグナー・フォーンも太刀打ちできない」

「それだと何かあった時、クティラとフサッグァだけでは、やはり心もとないわねぇ」

「大丈夫だ!」エイジが言った。「俺がいるじゃないか。エルディリオン神族の俺が」

「黙ってなさい。あなたは戦力外。訓練もしていないのにそんな力を使ったら、どうなるか。ここは、ジェシカの神格を顕現させた方がよさそうね」

「え! 私ですか!」ジェシカは驚いた。「私の神格って何なんですか?」

「ジェシカ、よく聞きなさい。あなたの神格はおそらくツァールと思われるわね」

「ツァール?」

「ええ。何の偶然か、ツァールっていうのはロイガーの双子の兄弟なの。力も互角。明日から特訓するわ」

「いいなぁ、ジェシカ」エイジが言った。「俺も特訓してくれよ」

「エイジはダメよ」

「なんだよ、今、俺は陰陽部に入ってよかったって思い始めてるんだぜ。姉貴が無理にでも入れって言うから入ったんだけどさ。でも、俺のヤル気をそぐなんて酷いなぁ」

「ああ、もう、わかったわよ。全くしょうがないわね」

「なぁ、テコレイ、本当にそんなことでエルディリオン神族を目覚めさせちまってもいいのか?」

 ギュトは、かなり動揺したようだった。



 家路。
 珍しく、エレナとエイジ、ジェシカの三人で家路についていた。例の森の道は通らずに遠回りの街路を通っていた。

「エイジ、考え直すつもりはなくて?」

 エイジは首を横に振った。

「そう。まぁ、楽しいのは最初だけかもしれないわね。ジェシカは、どう? 別にイヤなら、そう言って」

「私もみんなと一緒にやります」

「そう。本当に無理しないでね。私、昔からジェシカのことを子分みたいに扱ってきたけど、これは別。あなたの人生がかかっているもの」

 エレナのそんな殊勝な言葉を聞いて、エイジもジェシカも驚いた。

「いえ、本当にやってみたいんです」

「わかったわ。でも、ツァールの力はエルディリオン神族には及ばないけど強大よ。私ね、ジェシカのことは本当の妹みたいに思ってるから、少し心配でもあるのよ」

「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいです」

 ジェシカは顔を赤らめた。

「なんだ、ジェシカ、ウチの姉貴、あげようか?」

 エイジが茶化した。
 その時、道の向こうからアリシアがあらわれた。

「アリシア!」エレナが大声で呼びかけた。「どうしたの? 今日、休みって聞いてたけど」

 アリシアが小走りで三人の前に来た。

「あの男、」アリシアが言った。「危険」

「あの男って、ギュトのことね」

「そう」

 三人は顔を見合わせた。

「彼は我々の手の内を読みに来た」

「やっぱりね」

 エレナはすまして言った。

「え? 姉貴、そう思っていたの?」

「だから、私は部室に行かなかった。彼に私の力を悟られないために」

 アリシアはそう言った。

「だから、わざわざ部室へ入れたの。ミラにギュトの力を見せたかったの。さっき、ミラから聞いたわ。サグダが怪我したのもいなくなったのも嘘だって。アトラック・ナチャ自体の戦闘力は低いらしいわ。でも、実質、あの男が司令塔らしいわね」

「そうなのか? でも、かなり和気あいあいだったぞ」

「演技よ。そうしなければ、あの男も心を開かないでしょ。そんなことでエルディリオン神族になるつもりなの?」

「エイジ・ロックウッドは修練が不足している」

 アリシアが言った。

「すみません」

 エイジは頭を下げた。

「部長」アリシアがエレナに向き直って淡々と言った。「エイジ・ロックウッドは我々に必要な力。だから、私が修練させる」

「え、いいの? 助かるわ」

 エレナが言った。

「許可が出た。私は、これからあなたの師範。なんでも私に従ってください」

 アリシアはエイジに向いて言った。

「え、これから?」

 エイジは驚いた。ジェシカも。

「そう。では、これからランニング」アリシアは何でも無表情に淡々と話す。「私に付いて来て」

「あ、でも、家帰る途中だし、鞄とか持ってるし……」

「かまわない。師範の私に従うこと」

 アリシアは走り出した。アリシアが少し遠ざかったが、エイジは見ているだけだった。

「何をしている?」

 アリシアが怪訝そうに言った。

「エイジ、行かないと、クティラが炸裂するわ」

 エレナが言った。

「じゃ、姉貴、鞄を持って帰っておいて」

「わかった」

 エイジは鞄をエレナに渡すと、アリシアの後に続いて行った。

「あ、エイジ……」

 ジェシカはまた不安になった。
 残されたのは、エレナとジェシカだけ。ジェシカはエイジを見送った。

「ジェシカ、しばらくエイジをアリシアに貸してあげてね。でも、嫉妬しちゃダメよ。アリシアはそんな娘じゃないから」

 エレナが言った。

「はい……」

 ジェシカは寂しそうだった。

「さて、そうするとあなたの師範は、ベルナスにお願いしておくわね」



 走ること、30分。エイジは息切れしていたが、アリシアは何でもないようだった。

「ア、アリシア先輩、……ちょっと一休みしませんか?」

 エイジは、懇願した。

「では、二分だけ」

 アリシアはそう言うとピタリと止まった。
 エイジは下を向いてはぁはぁと息を切らしていた。

「初日、から、飛ばし、すぎじゃないですかね……?」

「序の口」

「もしかして、これ、毎日、ですか?」

「そう。毎日、15キロ走る」

 アリシアは淡々と無表情に言った。

「15キロ! いや、無茶すぎます、……」

「私は、毎日、12キロ走っている。エルディリオン神族には、おそらくそれ以上の修練が必要。15キロでも足りない」

 エルディリオン神族はあきらめよう、とエイジは思った。

「エルディリオン神族の力は必要」アリシアがエイジの思考を読んだように応えた。「こんなことで、あきらめてはいけない」

「やれるだけ、がんばります」

「そう、その意気込み。二分経過した。走る」

 と、そう言うとアリシアはまた走り始めた。
 まだ息を切らしているエイジは、ようやくその後を追った。
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