- 002 禁断宙域(2) -

文字数 3,409文字

 長い昼が終わり、頭上の太陽は遮蔽されようとしていた。遠くに見える景色も徐々に暗くなり始めており、このあたりも夕闇に包まれようとしていた。
 遮蔽板がはるか彼方の空に浮かび、頭上の太陽はそれに呑み込まれていく。

「やっと夜になるね」

 少年はもう二人外にいる男の子を呼び寄せ、手招きをした。

「サグダ兄さん、待ってくれよ」

 二番目に大きい男の子が叫びながら走ってきた。それに続き、一番小さい男の子も走ってきた。

「ギュト、シュファ、急いで。もうすぐ陽が暮れてしまうよ」

 小さな二人が追いつくと、三人は並んで歩き出した。そんなに大きくない山の中腹にいたこの子供達は、細い道づたいの山麓に見える建物に向かっていた。
 その建物以外に建造物はない。周りは、どこまでも平原がつづいているだけである。
 そして、子供達のいる山もそこが特に山といえるほど立派なものではなく、何もない所にある少し小高い丘と言えるくらいのものであった。

「研究所に戻ったら、船は着いているかな?」

 一番小さい子、シュファと呼ばれた子が、残りの二人に言った。

「僕達、それに乗って家に帰れるんでしょ? サグダ兄さん」

「シュファは帰れると思うか?」

 ギュトが言った。

「もう、帰りたい。パパとママに逢いたいよ」

 一番上の子が天を指さして言った。

「ここが暗くなれば、向こうが明るくなる」

 太陽を遮蔽した巨大な板の向こう側、つまりゼルテクスフィアの反対側が太陽光の反射で明るく見えた。
 三人は、やがてその辺りで唯一の建造物の前まで来た。
 窓もなく白く大きな建物で、およそこの風景に似つかわしくない。ただ一つのドアだけがそれを建造物と認めていた。
 ドアが自動的に開き、三人はその中に入って行った。
 中は廊下がずっと奥まで続いている。やがて少し行ったホールの方から白髪の男が、廊下の奥から出てきて言った。

「お帰り。約束通りに帰って来たね。ところで、プロジェクトは、新たにもう一つ進行しているのを知っているだろう」

 長兄のサグダは、ここから逃げられないのを知っていたので、この男の偽善的な言葉が腹立たしかった。
 何しろ、建物の中はおろか、この周囲の至る所にセンサーとカメラが仕掛けられている。誰であろうと、ここから脱出するのは不可能だった。
 男は三人と歩きはじめ廊下を進んだ。

「この前、二人目のゼルテクス人が生まれたんだ。見ていくかい?」

 実は、一番上の子サグダは既に見ていたのだが、男に合わせて頷くことにした。
 ギュトとシュファが見たそうにしていたからだ。

「逢わせてあげよう」

「だめよ」

 どこにいたのか、急にその場に女の子が出てきた。シュファよりもさらに小さい子だった。

「どうしてダメなのかな?」

 男は言った。

「サグダ達、私とエイジを憎んでる」

「エイジ?」

 男は尋ねた。

「あの赤ちゃんに、テコレイが付けた名前かい?」

「違うわ。エイジは、エイジなの。決まってるの。それに私はテコレイなんて名前じゃないわ」

「じゃ、なんて名前なんだい?」

「私はエレナよ。……サグダ達、私のこと嫌いなのよ。エイジのことも。きっとひどいことするわ」

 サグダは、ぎくっとしたが、そんなことは顔に出さなかった。

「テコレイ、僕達はひどいことなんかしないよ、いつも遊んであげてるじゃないか」

 サグダが言った。

「それじゃ、今日だけエイジを見せてあげるわ。カフデルさん、ちゃんとサグダ達を見ていてね。それなら、エイジの所に行ってもいいわ」

「私は食堂に行くわ。お腹すいちゃったもの」

 それだけ言うと、その少女は小走りに去っていった。



 その表面は滑らかに見えた。
 人工球殻天体、ゼルテクスフィア。一言で言えば、ある恒星を取り囲み、そのすべてのエネルギーをその外殻の内側に取り込む、という無尽蔵システムである。見たことのない者が想像すれば狂気に陥るほど、とてつもなく巨大である。この船の通常エンジンだけで周囲を一周するにしても、かなりの時間がかかるだろう。
 この中の土地だけでも、コミトロン帝国人民をすべて収容して、一人に百フレクの広さの土地を与えても、まだ余裕があると思われた。
 しかし、それにしても誰がどうやってこれを作ったのか?
 なぜ、コミトロン帝国の宙誌書や歴史書は、このことを抹殺しているのか?
 やがて、レドはその解答の一部を垣間見ることになった。表面にクレータらしきものが散在している。そして、その中にオーグが転がっているのだ。
 あの巨大なオーグが、砂粒か小石のように見える。いや、巨大といってもオーグはMクラスの惑星ほどの大きさだから、ゼルテクスフィアとは比較にならない。
 それは始めてみる支配者種族オーグの屍だった。その数は一体や二体ではない。
 おそらく、古代にオーグとこのゼルテクスフィアとの間で戦争があったのだろう。

「なるほど、オーグはこいつに負けたというわけか。それなら隠しておきたいわけだ。まぁ、関係ないけど、こいつはどこから入るんだ?」

 船のセンサーは、その入り口にまだ反応しない。
 どすんと、鈍い音がした。

「牽引光線に捉まった!」

 プリドマサの船体は、徐々にその巨大な物体に近づいていく。

「おい、ゼルテクスフィア基地、連絡もなしに牽引光線を出すなんて、非常識じゃないか!」

 レドは亜空間通信チャネルに向かって叫ぶと、相手が返答してきた。

「ゲートを教える手間が省けるんだ。そっちのセンサーでは、ここのゲートは見つけられないからね」

「なんてヤツらだ。これだから学者連中は困る」

 やがて、ゼルテクスフィアの表面の一部に波紋上の模様が現れると、ゆっくりとそのゲートが姿を現した。
 その中から光がこぼれてくる。まるで闇の中の一条の道標に見えた。
 そのゲートは徐々に大きくなっていく。そして、船が近づく頃には、表面に転がっているオーグよりも大きくなっていた。

「これ以上ぶったまげることは、もうないからな」

 しかし、レドはがたがたと震えていた。
 船がそのゲートに差し掛かると、その外殻の表面の厚さがはっきりとわかったからだ。
 その厚さだけでも、オーグの直径の二倍はあろうか、というものだった。もう、厚さとかいうより、そいつは距離の単位で測るべきと思われた。
 そして、ゆっくりとそのトンネルに入り、船はゼルテクスフィアの内部に入った。
 頭上に太陽。
 そして、その廻りを浮遊するいくつかの巨大な板。
 おそらく、あの板が太陽を周回して夜を作り出しているに違いない。
 船は相変わらず牽引光線に捕捉されたままであるが、地表を越えたところで方向転換され、ある地点を目指しているかのようだった。ここからではその方角に何があるのかさえも判別できない。

「この中ならセンサーも効くかな」

 試しに、レドはレベル4のスキャンを船の進行方向にしてみた。

「何か建造物があるな。あれが基地か」

 やがて肉眼でもその基地が見えるようになり、輸送船プリドマサはそのままその基地の発着場に着陸した。

 船から降りると夜だった。頭上を見ると、あの空飛ぶ遮蔽板が唯一の太陽を隠していた。

「やあ、船長。ようこそ」

 レドがその声の方を見ると、白髪の男が基地から出てきたところだった。

「プリドマサ船長のレド・マセフェンだ。よろしく。乗員は俺一人だけだ」

「私はこのゼルテクスフィア基地の主任技師をしているカフデルだ。ま、主任技師と言っても雑用ばかりやってるんだがね。こんな銀河のはずれまで長旅だったろうに。今日はもう休むといいよ。部屋は用意してある」

「ありがとう」

 二人は中に入って行った。
 そして、二人は廊下を歩き階段を上り、用意されたレドの部屋の前までカフデルが案内した。

「食堂はこの廊下の先にあるが、部屋の中にフードジェネレイタもある。自由にどうぞ」

 レドは頷いた。

「今晩はもう遅い。それでは、明日の朝にオプス・ステーションまで来てください」

 カフデルは立ち去り、そこでレドは一人になった。
 部屋の中に入るとそこは薄暗く、レドは照明をつけた。部屋に窓はなかった。そもそも、外から見た時も建物に窓らしいものはなかった。
 基地と言っても、周りに繁華街があるわけでもなく、つまらない所に来ちまったと思ったが、ここはそう滅多に来られる所でもない。
 ここから出られるのだろうか?
 レドは、ふいに不安になった。家に残してきた妻と生まれたばかりの娘の顔が脳裏をよぎった。
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