- 028 ヴルトゥーム(5) -
文字数 3,055文字
「もう、いなくなりました。どこかへ逃げたようです」
「エイジくん、とてもカッコよかったよ。ほれぼれするなぁ。ふふ。ごめんね、私、やっぱりエイジくんのことを諦めるとか言ってたのは取り消すことにする。エイジくん、素敵だもの。何とか、私と付き合ってもらうから」
「こんな時に冗談は、止めてください」
エイジは必死だった。
「だって、エルディリオン神族の顕現方法がわかっただけでもいいでしょ。私がいないとダメみたいだし」
そう言うと、ミラは、エイジと腕を組んだ。
「うう、それは……」
「それじゃ、作戦行動の時は私達一緒だね。嬉しい。それに今日だけで、二回もキスしちゃったよ。どうする? 責任とってくれるかな?」
「キスとかで責任って言われても……」
「純真な乙女の心をもてあそぶなんて、ひどいなぁ」
ミラは笑いながら言った。
「ミラ先輩、姉貴に言い方が似てきましたよ。それに、キスしてきたのは、ミラ先輩の方だし……」
ふふ、とミラは笑った。
◇
その晩、ミラがどうしても一緒に夜明かししたいというのを振り切って、エイジは何とかミラを自宅に送り返し、自分も家に帰った。
エイジが玄関で靴を脱いでいると、一足先に帰っていたエレナがやって来た。
「お帰り、色男」
エレナが冷たく言った。
「ただいま」
エイジは応えた。
「どう? ミラとキスくらいしたの?」
ああ、なんて答えればいいのか。……エイジは顔に出さないように無視した。
「え、待って、エイジ。本当にキスしたの? ブラフかけただけなんだけどね」
それも応えないようにした。
「やばいわね。エイジ、どうやらミラに本気になったみたいね? どうするの、アリシアとジェシカは? これじゃ、陰陽部も解散の危機かも。……ちょっと、冗談じゃないわね。どういうことか、教えなさい」
「わかった、わかった、俺の部屋へ来てくれる? 話さなければならないことがあるから」
「男の匂いの立ち込めるあの部屋ね」
「そう、そう、そうですよ」
エレナとエイジは、エイジの部屋へ入った。
エイジはベッドに腰掛けた。エイジの部屋に入ると、普段は、エレナは部屋の入口に立っているのだが、その日はなぜかエイジの横へ腰かけた。
「で、話をききましょうか?」
「ミラ先輩とキスしました」
「やっぱり。あの娘は、そういうの得意技だからねぇ」
「得意技なの?」
「そうよ。ヴルトゥームだもの。で、もう付き合うことになったの?」
「付き合わないよ」
「え? ミラをフったの? エイジが? あんた、超美少女のミラに、そんな大それたことできるの?」
「フったわけじゃない。まぁ、いろいろあってさ。最初から言うと、俺がアリシア先輩のことを大好きってのは、もうミラ先輩は知っていてさ。それで、自分は諦めるからキスさせてくれって言うんで、キスしちゃったんだよ」
「大胆ね、彼女。ってことは、エイジのファーストキスが奪われたってことね」
「ああ、そうだよ」
「それで、キスされたら、エイジはミラのこと好きになっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだ。キスの代償ってか、お腹すいたから、飯を奢れって言われてさ、ハフメナって街のギルマンハウスって店に入ったんだ」
「ハフメナ。……よくそんな貧乏臭い街でデートしたわね」
「仕方ないだろ、他になかったんだ。そしたら、ミラ先輩が、店の中にあのチャウグナー・フォーンがいるって言いだしてさ」
「チャウグナー・フォーン! 本当に?」
「で、入ったら、ミリニグリとかいうカエル人間が四人いて、襲ってきたんだ」
「で?」
「ラヴォルモスの楯とかいう技で守ってもらったんだけど、彼女の技じゃ戦えないからさ。……俺のエルディリオン神族で戦って撃退したんだ。そしたら、奴等一つに合体して、チャウグナー・フォーンになったんだよ」
「うんうん」
「で、俺は、敵さんに訊いたんだ。ここで何をしてるんだって。そしたら、食うためにバイトだって」
「え? バイト? チャウグナー・フォーンが? はははは」エレナは声高々に笑った。「ごめん、続けて」
「で、敵さんがあの鼻の攻撃をしたから、避けたんだけど、その隙に逃げられたよ」
「それは、御苦労だった。いろいろ貴重な情報だわね」
エレナはエイジの顔を見て尋ねた。
「でも、ひとつはっきりしないのは、エイジの中のエルディリオン神族がどうやって顕現したか、という点ね」
「え、それは、つまり、ええと、何て言うか、その……」
「はっきり言いなさい」
「ミラが、私を守って、とか言って、おまじないって言うか……」
「ん? もしかして、キスしたのね」
「う、……うん、そうなんだけど」
「そういう手ね! ミラ、うまいわね。お手柄だわ。ミラのキスで顕現できることがわかったわ。……でも、ミラがいない時はどうするか。……ちょっと、ごめんね」
エレナは、そう言うと、エイジをベッドに押し倒した。
「うわ!」
「私を守って」
エレナは、エイジの顔を両手で押さえつけ、強引にキスしようとした。
「や、やめろ!」
だが、すったもんだした揚げ句、寸での所で、エイジは、エレナの抱擁から逃げのびた。
「あ、こら! 逃げるな」
「イヤだよ、姉貴とキスするなんて」
「ただの実験よ」
「ただの実験でも、イヤだよ。何を考えてるんだよ」
そう言っても、エレナが顔を近づけてきた時、エイジは少しドキドキしてしまった。いや、ドキドキは今も続いている。よく見ると、エレナもなかなか綺麗な顔をしていることに改めて気づいた。まぁ、確かにいつもそう思っていたが、そんなことを言おうものなら、何を言われるかわからないので、黙っていただけなのだが。
「ちょっと、ドキドキしたんじゃない?」
「するわけないさ」
「ふふん、どうだかね。ちょっと、姉萌えになったでしょ」
「ぜんぜん、ならないよ」
「女の子となら誰でもキスしたら、顕現するのかと思ったのだけれども。ミラだけが顕現させられるとなると、エイジはミラとコンビを組むしかなくなるわね……」
はぁ、それもつらいなぁ。いろいろと問題があるなぁ、とエイジは思った。
「これで報告は以上です。御自分の部屋へお戻りください、部長様」
「あともう少しだけ、お話しましょうよ、エイジくん」
エイジくん、とミラのようにエレナが言った。何か良くない兆候をエイジは感じ取った。
「これ以上、何を話すんだよ。大体、エイジくん、とか、ミラ先輩みたいに俺のことを呼ぶなよ」
「だって、いいなぁ、ミラちゃん。エイジくんとキスを二回もして。私もしたいなぁ」
エレナのミラの物真似はまだ続いた。そして、エレナはエイジに体を密着させてきた。
「もう、ミラ先輩の真似はやめろよ。それから、ミラ先輩は、ヴルトゥームの力で部屋にいる俺を見てたりしてるから、これもきっと見てるよ。だから、もう勘弁してくれよ」
「え? あの娘、そんなことまでしてるの?」
「知らなかったの?」
「それじゃ、ミラは、相当、エイジのことを好きなんだね。最初は、私の弟だから興味本位だけかと思ってたんだけど。それじゃ、ミラのために少し離れましょう。エイジはプライバシーとかなくなったわね」
エレナはエイジから離れた。
「ミラ、今も見てるの? 今のは冗談だから、安心してね。仲のいい姉弟の戯れだから」
エレナは、そうミラに言い訳して、エイジの部屋から出て行った。
「はぁ……」
エイジは溜息をついた。
その晩。
「う、うーん……」
ベッドで寝ていたエイジは、良くない夢にうなされて、ぱっと飛び起き、独り言を言った。
「なんだよ、今度はセイール人とキスする夢かよ……」
「エイジくん、とてもカッコよかったよ。ほれぼれするなぁ。ふふ。ごめんね、私、やっぱりエイジくんのことを諦めるとか言ってたのは取り消すことにする。エイジくん、素敵だもの。何とか、私と付き合ってもらうから」
「こんな時に冗談は、止めてください」
エイジは必死だった。
「だって、エルディリオン神族の顕現方法がわかっただけでもいいでしょ。私がいないとダメみたいだし」
そう言うと、ミラは、エイジと腕を組んだ。
「うう、それは……」
「それじゃ、作戦行動の時は私達一緒だね。嬉しい。それに今日だけで、二回もキスしちゃったよ。どうする? 責任とってくれるかな?」
「キスとかで責任って言われても……」
「純真な乙女の心をもてあそぶなんて、ひどいなぁ」
ミラは笑いながら言った。
「ミラ先輩、姉貴に言い方が似てきましたよ。それに、キスしてきたのは、ミラ先輩の方だし……」
ふふ、とミラは笑った。
◇
その晩、ミラがどうしても一緒に夜明かししたいというのを振り切って、エイジは何とかミラを自宅に送り返し、自分も家に帰った。
エイジが玄関で靴を脱いでいると、一足先に帰っていたエレナがやって来た。
「お帰り、色男」
エレナが冷たく言った。
「ただいま」
エイジは応えた。
「どう? ミラとキスくらいしたの?」
ああ、なんて答えればいいのか。……エイジは顔に出さないように無視した。
「え、待って、エイジ。本当にキスしたの? ブラフかけただけなんだけどね」
それも応えないようにした。
「やばいわね。エイジ、どうやらミラに本気になったみたいね? どうするの、アリシアとジェシカは? これじゃ、陰陽部も解散の危機かも。……ちょっと、冗談じゃないわね。どういうことか、教えなさい」
「わかった、わかった、俺の部屋へ来てくれる? 話さなければならないことがあるから」
「男の匂いの立ち込めるあの部屋ね」
「そう、そう、そうですよ」
エレナとエイジは、エイジの部屋へ入った。
エイジはベッドに腰掛けた。エイジの部屋に入ると、普段は、エレナは部屋の入口に立っているのだが、その日はなぜかエイジの横へ腰かけた。
「で、話をききましょうか?」
「ミラ先輩とキスしました」
「やっぱり。あの娘は、そういうの得意技だからねぇ」
「得意技なの?」
「そうよ。ヴルトゥームだもの。で、もう付き合うことになったの?」
「付き合わないよ」
「え? ミラをフったの? エイジが? あんた、超美少女のミラに、そんな大それたことできるの?」
「フったわけじゃない。まぁ、いろいろあってさ。最初から言うと、俺がアリシア先輩のことを大好きってのは、もうミラ先輩は知っていてさ。それで、自分は諦めるからキスさせてくれって言うんで、キスしちゃったんだよ」
「大胆ね、彼女。ってことは、エイジのファーストキスが奪われたってことね」
「ああ、そうだよ」
「それで、キスされたら、エイジはミラのこと好きになっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだ。キスの代償ってか、お腹すいたから、飯を奢れって言われてさ、ハフメナって街のギルマンハウスって店に入ったんだ」
「ハフメナ。……よくそんな貧乏臭い街でデートしたわね」
「仕方ないだろ、他になかったんだ。そしたら、ミラ先輩が、店の中にあのチャウグナー・フォーンがいるって言いだしてさ」
「チャウグナー・フォーン! 本当に?」
「で、入ったら、ミリニグリとかいうカエル人間が四人いて、襲ってきたんだ」
「で?」
「ラヴォルモスの楯とかいう技で守ってもらったんだけど、彼女の技じゃ戦えないからさ。……俺のエルディリオン神族で戦って撃退したんだ。そしたら、奴等一つに合体して、チャウグナー・フォーンになったんだよ」
「うんうん」
「で、俺は、敵さんに訊いたんだ。ここで何をしてるんだって。そしたら、食うためにバイトだって」
「え? バイト? チャウグナー・フォーンが? はははは」エレナは声高々に笑った。「ごめん、続けて」
「で、敵さんがあの鼻の攻撃をしたから、避けたんだけど、その隙に逃げられたよ」
「それは、御苦労だった。いろいろ貴重な情報だわね」
エレナはエイジの顔を見て尋ねた。
「でも、ひとつはっきりしないのは、エイジの中のエルディリオン神族がどうやって顕現したか、という点ね」
「え、それは、つまり、ええと、何て言うか、その……」
「はっきり言いなさい」
「ミラが、私を守って、とか言って、おまじないって言うか……」
「ん? もしかして、キスしたのね」
「う、……うん、そうなんだけど」
「そういう手ね! ミラ、うまいわね。お手柄だわ。ミラのキスで顕現できることがわかったわ。……でも、ミラがいない時はどうするか。……ちょっと、ごめんね」
エレナは、そう言うと、エイジをベッドに押し倒した。
「うわ!」
「私を守って」
エレナは、エイジの顔を両手で押さえつけ、強引にキスしようとした。
「や、やめろ!」
だが、すったもんだした揚げ句、寸での所で、エイジは、エレナの抱擁から逃げのびた。
「あ、こら! 逃げるな」
「イヤだよ、姉貴とキスするなんて」
「ただの実験よ」
「ただの実験でも、イヤだよ。何を考えてるんだよ」
そう言っても、エレナが顔を近づけてきた時、エイジは少しドキドキしてしまった。いや、ドキドキは今も続いている。よく見ると、エレナもなかなか綺麗な顔をしていることに改めて気づいた。まぁ、確かにいつもそう思っていたが、そんなことを言おうものなら、何を言われるかわからないので、黙っていただけなのだが。
「ちょっと、ドキドキしたんじゃない?」
「するわけないさ」
「ふふん、どうだかね。ちょっと、姉萌えになったでしょ」
「ぜんぜん、ならないよ」
「女の子となら誰でもキスしたら、顕現するのかと思ったのだけれども。ミラだけが顕現させられるとなると、エイジはミラとコンビを組むしかなくなるわね……」
はぁ、それもつらいなぁ。いろいろと問題があるなぁ、とエイジは思った。
「これで報告は以上です。御自分の部屋へお戻りください、部長様」
「あともう少しだけ、お話しましょうよ、エイジくん」
エイジくん、とミラのようにエレナが言った。何か良くない兆候をエイジは感じ取った。
「これ以上、何を話すんだよ。大体、エイジくん、とか、ミラ先輩みたいに俺のことを呼ぶなよ」
「だって、いいなぁ、ミラちゃん。エイジくんとキスを二回もして。私もしたいなぁ」
エレナのミラの物真似はまだ続いた。そして、エレナはエイジに体を密着させてきた。
「もう、ミラ先輩の真似はやめろよ。それから、ミラ先輩は、ヴルトゥームの力で部屋にいる俺を見てたりしてるから、これもきっと見てるよ。だから、もう勘弁してくれよ」
「え? あの娘、そんなことまでしてるの?」
「知らなかったの?」
「それじゃ、ミラは、相当、エイジのことを好きなんだね。最初は、私の弟だから興味本位だけかと思ってたんだけど。それじゃ、ミラのために少し離れましょう。エイジはプライバシーとかなくなったわね」
エレナはエイジから離れた。
「ミラ、今も見てるの? 今のは冗談だから、安心してね。仲のいい姉弟の戯れだから」
エレナは、そうミラに言い訳して、エイジの部屋から出て行った。
「はぁ……」
エイジは溜息をついた。
その晩。
「う、うーん……」
ベッドで寝ていたエイジは、良くない夢にうなされて、ぱっと飛び起き、独り言を言った。
「なんだよ、今度はセイール人とキスする夢かよ……」