- 020 ロックウッド家(1) -

文字数 3,630文字

 エイジがドリームランドから家に帰ると、姉が玄関で出迎えた。

「お帰り。楽しかった?」

「ああ。楽しかったよ」

「それで、誰と付き合うのかは、決まったの?」

「いや、もうそれはないと思う」

「そう。ちょっと、つまらないわね」

「アリシア先輩も、ミラとジェシカと俺に、ちょっと怒ったし」

「あの子が怒ったって?」

「うん」

 エイジは、家の中に上がり、自分の部屋へ行こうとした。

「ちょっと、邪魔するわね」

 エレナは、づかづかとエイジの部屋へ入り込んできた。

「詳しく聞かせて。アリシアが感情的になったということ」

「どうして?」

「いいから」

 エイジは自分のベッドの上に座り、エレナはドアの所で立った。

「まぁ、姉貴の考える通り、最初はミラ先輩とジェシカがいがみあってたんだけど、そしたら、アリシア先輩が、こんなことなら三兄弟に対処できないって。俺が優柔不断なのも悪い、って怒りだしたんだ」

「そう」

「で、俺は、陰陽部のことを考えて、誰とも付き合いません、って宣言したってわけ。それで、ミラ先輩とジェシカのいがみあいはなくなったんだけど」

「なんだ、やっぱり、つまらない。でも、まぁ、エイジは、陰陽部にとっては、正しい選択をしたんだろうけど、アリシアが気になるわね」

「なぜ」

「あの子は、感情を表に出さないようにさせたから」

「させたって? 姉貴が?」

「あっ、今のは言い間違いよ。彼女は感情を出さないように普段から心がけているのよ、ふふふ」

 何か、エレナの態度に引っかかるものがあるが、スルーしよう。何か問いかけても、まともな答えは期待できそうにない、と思えたからだ。
 すると、エレナは、何か考え込んでいるようだった。

「どうしたの?」

 エイジは姉の態度が変わったことに、戸惑った。

「いや、何でもない。でも、どうするかな。うぅん」

 明らかにエレナは何かを企んでいるようである。

「あのさ、……」

 と、エイジが言いかけた時だった。

「エイジ、アリシアのこと、今はどう思ってるの?」

「え? 何だよ、急に」

「なんだかんだ言っても、エイジは、アリシアのことが大好きよね。おそらく、アリシアもエイジのことが好きと思われるわ。それもかなり重症で」

「どうして、そんなことがわかるのさ?」

「アリシアも、きっと自分がわからなくなってきているはず。彼女が感情を露わにするなんて、彼女もかなり動揺しているのね。これが、彼女の初めての恋愛になるのかしら、ふふふ」

「でも、姉貴が師弟関係で付き合うなって言ったじゃないか」

「面白いね、これ」

「何が面白いんだよ」

「まぁ、後は若い二人に任せてみましょうか」

「何を言ってるんだよ、大丈夫か、姉貴」

「はっきり言うと、エイジ、アリシアと付き合ってみてはどう? もし、アリシアがダメと言っても、それは本心ではないよ。エイジが強引に付き合えって言えば、彼女はエイジと付き合うと思うわ。どう? それなら、エイジも嬉しいでしょ。こんなに御膳立てをしてあげたのだから、自分の姉に感謝しなさい」

「付き合っちゃいけないとか、付き合えとか、全くどっちなんだよ」

「これで、クティラが次のステージへ行くかもしれない」

「はぁ?」

「まぁ、エイジにその気がないなら、このことは忘れなさい。でも、もし、アリシアと付き合うことになっても、ミラやジェシカには絶対に黙ってること。いいね」



 それから、数日が経った。
 高校生も部活に復帰し、陰陽部にも平穏な日々が続いていた。
 ジェシカもエイジも訓練の毎日が続いていたが、部室にいる時には、トランプやゲームなどのコミュニケーションも相変わらずであった。
 あの三兄弟も、あれ以来、何ら音沙汰もなかった。
 エイジは、アリシアに対する思いは募らせていたものの、姉が言うように付き合うなどということはしていなかった。そんな状況を姉がどう思っていたのかはわからないが、エイジは姉が何か恐ろしいことを考えているような気がしていてならなかった。『クティラが次のステージへ行く』というのが、アリシアにとってどういうことなのか、エイジにはわからなかったし、何より一人の女の子として、アリシアを見ていいのかどうか不安だった。
 ただ、アリシアのプライベートについては、エイジはかなり興味があった。
 少し前の雨の日に、傘を忘れたアリシアを部活の帰りに送っていくことができたのだ。初めのうち、アリシアは途中で傘を買うからと言って断ったが、エイジはどうしても相合傘で帰りたいと言ったら、承諾してくれた。雨に濡れないようにとの思いからか、アリシアはしっかりとエイジの腕に寄り添って歩いた。エイジは、その時のアリシアの感触といい匂いを忘れないだろうと思った。
 そして、何よりもアリシアの家の前まで送ることができたのだ。もちろん、家の中には入らず帰ったが、初めて見るアリシアの家にエイジは嬉しかった。それは、そんなに大きくないメゾネットで、アリシアはその最上階に住んでいると言った。実は、その時、アリシアはエイジに家に寄ってお茶でも飲んで行きなさいと言われたが、エイジは丁重に断った。
 アリシアの家を見られただけでも、その時のエイジは嬉しかったのだ。
 また、依然としてミラとジェシカは、エイジにモーションをかけ続けていたが、エイジは適当にかわしていた。

 そして、その日は、久しぶりにエレナとエイジの父が、少しの間の休暇で家に帰ってきた。

「お帰りなさい、お父さん」

 エレナとエイジが家の玄関で出迎えた。

「元気にしてたか?」

 ロックウッド大佐。
 父は銀河星間連邦軍のライノーサ方面大部隊の指揮官である。
 軍の指揮官といっても、しっかりしたような体形でイカツイ感じというわけでなく、どちらかと言えば、その逆で誰が見ても小柄の優男である。

「また、あまり、長く家に居られないのだがな。エレナもエイジも大きくなったな」

 エイジは、父の顔を見られたのが幸せだった。ライノーサは政情不安定で、新政権が銀河星間連邦からの脱退を表明して以来、旧政権派と激しいゲリラ闘争を続けていたのだ。無論、連邦政府としては看過できるはずもなく、大規模な部隊が投入され、治安維持任務に当たっていたのだ。父はその大部隊の指揮官である。無事に帰ってきてくれたことが何より嬉しかった。

「あなた。……お帰りなさい」

 母も姿を見せた。

「ただいま、母さん」

 父は応えた。

 久しぶりの親子四人の食卓であった。食卓の上の食事はあらかた片付いてしまっていて、母もエイジも、久しぶりの父と楽しそうに歓談していた。ところが、いつもの調子とは打って変わって、エレナはあまり話をしていないようだった。
 姉は、父のことをどう思っているのだろうと、エイジは思って、姉の方を見た。だが、姉はそんなに嬉しそうでもない。と言って、嫌がるようなこともなく、全くの無表情だった。無口、無表情と、誰かの真似をしているわけでもないと思うのだが。

「遅くなったが、エイジ、高校入学おめでとう。エレナと同じ学園でよかったな。姉弟で仲良くやっているかね」

 父が尋ねた。

「実は、姉貴と俺、同じ部活しているんです」

 エイジが応えた。

「ほう、それは初耳だ。何の部活なんだね」

「陰陽部です」

「陰陽部? 古代の地球にいた陰陽師のことかな?」父は意外と詳しかった。「すると、星の観測をしているのかね? 父さんのいる所とか、見てくれているのかな」

「いえ、宇宙の生命体の調査とか……」

 エイジがそう言いかけた時、姉はあまりいい顔をしていなかった。陰陽部の活動を父に知られたくなかったのか?

「そうなんだ。楽しそうだな。ライノーサにも面白い生き物がたくさんいるぞ。父さんもかなり見たな」

「どんな、です?」

「砂漠にいるデスワームとか、凄いぞ。長さは30メートルあるヤツもいる。小さい子供とかも襲ったりするんだ」

「へぇ」

「だが、ここのところの内戦で、かなり数が減ってしまったようだ。元々そんなに数はいなかったらしいのだがね。そうか、おまえ達、そういうことに興味があるなら、写真とか持ってきてあげればよかったな」

「お父さん、」母が言った。「エイジは、この前デートしたんですよ」

 母は話題を変えたかったようだ。

「ほう、同じ学校の子かい?」

「それが、女の子三人と。それもみんなカワイイ子ばかりで」

 父は目を細めたが、同じ男として内心では、よくやったぞ、みたいなことを考えたようだった。

「そいつは、驚きだな。でも、女の子を泣かすようなことしたらイカンぞ」

「いやだな、母さん、デートじゃないってば。みんな、陰陽部の子だし」

 エイジは、笑いながら言った。

「あら、そうだったの。あなた達、部活のこととか、あまり母さんに話してくれないから」

 そうした会話の中、姉はずっと黙したままだった。
 やはり、姉は、こうした雰囲気があまり好きではないのか?

「今日は疲れているので先に寝ます」

 エレナはそう言うと、席を立って自分の部屋へ行ってしまった。
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