- 007 ヌンガイの森 -
文字数 4,454文字
その日の夜。
何とか家に着いたエイジは、姉が帰ってきた所を見計らって姉の部屋へ行った。
だが、怪物の話をすれば、姉貴は喜ぶに違いないので、それは黙っておくことにした。
「あら、何の用? エイジ。入部しない言い訳をしに来たけど、他にも何か重大な相談をしたいって感じかしら」
「あのさ、怒ってる?」
「入部しなかったことを怒ってるのか、と聞かれれば、ウソじゃないわ。でも、いくら私の都合であっても弟の自由意志を曲げることはしないわよ」
エイジは厭きれた。そんなことはウソばっかり。今まで何度、姉の我が儘放題に振り回されてきたことか。
だが、それはあえて言葉にはしなかった。
「あら、むっとしたようね。そう、私はエイジの自由意志を曲げてばかりだものね。でも、私の言うことに従っていたほうがいいことも学んでほしいところね」
「ああ、そうだね。ブライトン高校へ行くことになったのも姉貴のおかげだしね」
「隣のジェシカちゃんも一緒になれたのだから、嬉しいでしょう」
「今はジェシカの話はいい。って、ジェシカは本当に入部したの?」
「ええ。厭きれるくらい本当にいい子だわ。彼女、かわいいし、私の義妹になれるよう、私も努力するわ」
「それは、どういう意味で?」
「あなたのお嫁さんってことよ」
エイジは、その件はもう何も触れないことにした。
「ところで、俺が陰陽部の部室から出る時に、最後に入ってきた女の人、あれ、名前聞いてなかったな……」
「彼女はアリシア・ロングランドって言うの。え、エイジはあの子が趣味なの? まぁ、悪くない趣味だけどね。アリシアが義妹候補か、……それじゃジェシカはどうするの?」
「違うよ、趣味とかじゃなくて、アリシアさんっていうその彼女が、俺に入部しないと危ないって言ったんだけどさ」
「ああ、そうなの。私の怒りで危ないっていう意味で、かしら?」
「いや、そうじゃないと思う」
「それじゃ、どういう意味かしら。学校で習っていないような形態の異星生命体と遭遇してエイジが襲われるとかいう意味かしらね」
ああ、なんと図星。見てきたような光景をそのまま言い当てる。
「いや、それは……え……そうじゃなくてさ」
「見たんでしょう、アイツを」
「何も見てないさ」
「エイジは本当にウソが下手だわ。見ていないわけがない。その瞳が恐怖を体得したって物語っているもの」
エイジは昔から姉にはウソがつけなかった。そこで、もうバラすことにした。
「ああ、見たよ」
「やっぱり。どこで?」
「ヌンガイの森の道でさ」
「へぇ。いい経験したわね。象の化け物かしら」
「アイツは一体何者なんだ? 俺に鼻の一撃をあびさせようとしたんだ」
「生きているだけ、よかったわね。どうやって生き延びたの?」
「鞄を投げつけてやったんだ。それよりも、あいつを知っているのか?」
「そう。それは、チャウグナー・フォーンの化身よ」
「チャウグナー……? 化身? 異星の生命体ではないのか?」
「神よ」
「え? 神!」
「神というか、神格的な存在というか。かつての宇宙の支配者の一部というか。昔、地球のインドという国には、ガネーシャという象の神様がいたの。知ってるかしら?」
「いや、知らないよ。チャウグナーなんとかは、そのガネーシャとかいう神様なのか?」
「全然違うわ。でも、チャウグナー・フォーンの意識、というか化身というか、そういう存在が昔、地球にいたのよ。それを見たインドの人がガネーシャを考えたのかもしれないわね」
「ヤツはなんでここにいる?」
「さぁね。それはわからない。チャウグナー・フォーンは人間から血液を吸う吸血神なのよ。で、地球がもうお先真っ暗だから、人の多いここに来たのかもしれないわね」
そう言って、エレナは、くくくっと笑った。
「なぜ、鞄を投げただけで逃げ出したんだろう?」
「エイジの血がおいしくないって思ったのかもね。まぁ、助かって私も安心したわ。実は被害者がかなりいるの。発表されていないけどね」
「パニックになるからか?」
その問いには姉は答えなかった。何か思い出すことでもあるかのようだった。
「それより、明日部室に来て今日遭ったことを説明してくれるかしら?」
「え? ああ、説明するくらいならいいさ。でも、入部は勘弁してくれよ」
すると、エレナは今度はフフフと笑った。
◇
翌日の放課後。
昨日の部室の一件があったので行きづらかったが、真相を知ってそうな者がごろごろいそうなのでエイジはまた陰陽部へ行った。
だが、部室に入ると、昨日エイジに最後に話し掛けたアリシアという女子だけが、窓側の一番端の席に座っているだけだった。
「あ、あの……昨日は助言をありがとう」
エイジは彼女の前の席に腰掛けながら声をかけた。
しかし、アリシアは何も言わず黙っているだけだった。
「あの、昨日言っていた危ないって意味なんだけど……」
「危なかった?」
アリシアはぽつりと言った。何一つ表情を変えることなく。
「危なかったんだけど、危ないっていうか、……、それをどうしてわかったの?」
また、アリシアは応えず、黙っている。かなり寡黙な人のようだ。見た目はかわいらしい部類だけど、コミュニケーションが取りづらい。背もかなり小さく、大学一年のはずだが、自分よりも年下にしか見えない。ショートカット。目が大きくクリクリと瞳が動く。そう、かわいらしいという点では、もう一人の高校二年のミラという女子にも言える。ただ、ミラは、長身であるが。
まぁ、いいか。早く誰か来ないかな、とエイジは思った。
ただ、とにかく無口でヤリズレエ!
「聞いたと思うけど、」しばらくの沈黙の後にアリシアが出し抜けに切り出した。「……チャウグナー・フォーンだから」
やっと会話が成り立つか、と思ったら、この人もそれを知ってるのか、とエイジは思った。
「聞いています。姉は神と言っていたけど」
「神というより、『旧支配者』。いえ、正しくは『イーヴァイラス』」
『イーヴァイラス』? なんだかわからないが、まぁ、そのままスルーしておこう。質問しても会話が途絶える可能性があるように思えたからだ。
「血を吸われるってのは本当ですか?」
「全身の血液が吸われる。たまにしもべにするために全部吸わない場合もある」
「そうなんだ。詳しいですね」
すると、またアリシアは黙ってしまった。
「アリシア・ロングランドさんですよね」
アリシアは頷いた。
「あいさつ、まだでしたよね。俺、エイジ・ロックウッドです」
「入るの? 陰陽部」
「え、その、うん、えっと。……あまり関わり合いたくないって言うか……」
「入った方がいい。あなたを守れる」
「え? 守れる? どういうことです?」
「じきにわかる」
エイジは困った。きっと聞いてもあまりいい答えは期待できない。早く誰か来ないものか。そうか、あたりさわりのない質問でもしておくか。
「アリシアさんの学部は何ですか?」
だが、彼女は黙っている。無視された? それとも質問が唐突すぎたか?
それでも、エイジはあきらめずに答えがあるまで笑顔でいることにした。しばらくすると、アリシアは言った。
「医学部。……なぜ訊くの?」
「え? いや、その、まぁ、アリシア先輩が何を専攻してるのかなって」
「そう」
「それでは将来は医者に?」
「そのつもり」
アリシアは朴訥に応えた。
「なぜ、そんなこと訊くの?」
「なぜって、少し話をしたいかなって思っただけなので」
エイジはこの質問は失敗だったか、と悔いた。
「一人を除いて、今まで誰も私のことを気にかけてくれる人がいなかった」
「そうなんですか?」
それでアリシア・ロングランドとの会話は途切れた。一人を除いて、って、誰だろう。彼氏? いや、そんなことはどうでもいい。
そこへタイミングよく、昨日、象のぬいぐるみを着ていたミラ・モンコンプスがあらわれた。
「こんにちは。あ、エイジくん!」
ミラは本当に信じられないくらいの美少女だ。彼女が部室に入っただけでそこはパラダイスのようだった。
「こんにちは」
エイジはあいさつを返した。しかし、アリシアはあいさつしなかった。相変わらず黙っている。彼女は多分いつもそうなのだろう。
「聞きました、エイジくん。昨日は大変だったみたいですね。お怪我とかなかったですか?」
ミラが言った。アリシアといい、ミラといい、姉はおそらく部員全員に連絡したようである。
「ええ、大丈夫です」
「怖くなかったですか?」
「とても怖かったですよ。びっくりしました」
「やっぱり、昨日無理にでもお引き留めしておけばよかったですわ。ごめんなさいね」
「いえいえ、ミラ先輩が謝ることなんてないですよ」
「では、もう、入部されるのですよね」
「いや、今日は姉が昨日のことをみなさんに是非話してほしいというので、来ただけなんです」
「そうなの。……残念です。もっと御一緒したかったのに」
ミラのような美少女に引き留められと、エイジも嬉しい気持ちだった。
「ミラ先輩にそう言われると、正直信念も揺らぎます」
エイジは照れた。
「じゃ、入部なさいな」
だが、正直なところ、姉とあまり関わりたくない。
そこへ、ベルナスとジェシカが連れだって、あらわれた。そういえばジェシカはエイジより先に教室を出て部室へ向かったはずだった。
「こんにちは」
ベルナスとジェシカが言った。
「あれ、ジェシカ、先に出たはずだったよな?」
ジェシカはベルナスを見た。
「おや、エイジさん、勘違いしないでください、僕はジェシカさんとは何もありませんよ」
ベルナスが言った。
エイジは、そうじゃないと言いたかったが、冷やかされ慣れしていたので、何も返答しなかった。ただ、ジェシカはもしかすると、この美男子に舞い上がっているかもしれない。たとえ、そうであってもエイジには何の感慨もない。
「ところで、エイジさん、昨日の化け物を見た感想はどうです?」
ベルナスが訊いた。
「怖かったです。ベルナス先輩も俺を守ってくれたりするんですか?」
「御要望とあれば」
と、ベルナス。エイジはまたか、と思った。守るって?
「先輩達に尋ねたいのですが、守るって、あの怪物とどう渡り合うつもりですか? 戦うんですか?」
エイジはベルナスに訊いた。
すると、ミラがしゃしゃり出てきた。
「天を我が父と為し、地を我が母と為す、六合中に南斗、北斗、三台、玉女在り、左には青龍、右には白虎、前には朱雀、後には玄武、前後扶翼す、急急如律令」
と、そんなことをミラが言った。
エイジが何だかわからずに呆気にとられていると、ミラは続けた。
「今のは、悪い魔物に取りつかれたら払い除ける呪文ですよ。部長に教えてもらったんです」
ミラはにこにこして話した。
と、その時、部室のドアが勢いよく開き、部長が登場した。
「さぁ、行くわよ」
まさか、あの森へ? エイジは少し震えた。だが、彼女の行動は十分に予測されたことである。
「わざわざ宇宙生命体が、むこうから来てくれたからね」
え、俺も行くの? 説明しに来ただけなのに、とエイジは思った。
何とか家に着いたエイジは、姉が帰ってきた所を見計らって姉の部屋へ行った。
だが、怪物の話をすれば、姉貴は喜ぶに違いないので、それは黙っておくことにした。
「あら、何の用? エイジ。入部しない言い訳をしに来たけど、他にも何か重大な相談をしたいって感じかしら」
「あのさ、怒ってる?」
「入部しなかったことを怒ってるのか、と聞かれれば、ウソじゃないわ。でも、いくら私の都合であっても弟の自由意志を曲げることはしないわよ」
エイジは厭きれた。そんなことはウソばっかり。今まで何度、姉の我が儘放題に振り回されてきたことか。
だが、それはあえて言葉にはしなかった。
「あら、むっとしたようね。そう、私はエイジの自由意志を曲げてばかりだものね。でも、私の言うことに従っていたほうがいいことも学んでほしいところね」
「ああ、そうだね。ブライトン高校へ行くことになったのも姉貴のおかげだしね」
「隣のジェシカちゃんも一緒になれたのだから、嬉しいでしょう」
「今はジェシカの話はいい。って、ジェシカは本当に入部したの?」
「ええ。厭きれるくらい本当にいい子だわ。彼女、かわいいし、私の義妹になれるよう、私も努力するわ」
「それは、どういう意味で?」
「あなたのお嫁さんってことよ」
エイジは、その件はもう何も触れないことにした。
「ところで、俺が陰陽部の部室から出る時に、最後に入ってきた女の人、あれ、名前聞いてなかったな……」
「彼女はアリシア・ロングランドって言うの。え、エイジはあの子が趣味なの? まぁ、悪くない趣味だけどね。アリシアが義妹候補か、……それじゃジェシカはどうするの?」
「違うよ、趣味とかじゃなくて、アリシアさんっていうその彼女が、俺に入部しないと危ないって言ったんだけどさ」
「ああ、そうなの。私の怒りで危ないっていう意味で、かしら?」
「いや、そうじゃないと思う」
「それじゃ、どういう意味かしら。学校で習っていないような形態の異星生命体と遭遇してエイジが襲われるとかいう意味かしらね」
ああ、なんと図星。見てきたような光景をそのまま言い当てる。
「いや、それは……え……そうじゃなくてさ」
「見たんでしょう、アイツを」
「何も見てないさ」
「エイジは本当にウソが下手だわ。見ていないわけがない。その瞳が恐怖を体得したって物語っているもの」
エイジは昔から姉にはウソがつけなかった。そこで、もうバラすことにした。
「ああ、見たよ」
「やっぱり。どこで?」
「ヌンガイの森の道でさ」
「へぇ。いい経験したわね。象の化け物かしら」
「アイツは一体何者なんだ? 俺に鼻の一撃をあびさせようとしたんだ」
「生きているだけ、よかったわね。どうやって生き延びたの?」
「鞄を投げつけてやったんだ。それよりも、あいつを知っているのか?」
「そう。それは、チャウグナー・フォーンの化身よ」
「チャウグナー……? 化身? 異星の生命体ではないのか?」
「神よ」
「え? 神!」
「神というか、神格的な存在というか。かつての宇宙の支配者の一部というか。昔、地球のインドという国には、ガネーシャという象の神様がいたの。知ってるかしら?」
「いや、知らないよ。チャウグナーなんとかは、そのガネーシャとかいう神様なのか?」
「全然違うわ。でも、チャウグナー・フォーンの意識、というか化身というか、そういう存在が昔、地球にいたのよ。それを見たインドの人がガネーシャを考えたのかもしれないわね」
「ヤツはなんでここにいる?」
「さぁね。それはわからない。チャウグナー・フォーンは人間から血液を吸う吸血神なのよ。で、地球がもうお先真っ暗だから、人の多いここに来たのかもしれないわね」
そう言って、エレナは、くくくっと笑った。
「なぜ、鞄を投げただけで逃げ出したんだろう?」
「エイジの血がおいしくないって思ったのかもね。まぁ、助かって私も安心したわ。実は被害者がかなりいるの。発表されていないけどね」
「パニックになるからか?」
その問いには姉は答えなかった。何か思い出すことでもあるかのようだった。
「それより、明日部室に来て今日遭ったことを説明してくれるかしら?」
「え? ああ、説明するくらいならいいさ。でも、入部は勘弁してくれよ」
すると、エレナは今度はフフフと笑った。
◇
翌日の放課後。
昨日の部室の一件があったので行きづらかったが、真相を知ってそうな者がごろごろいそうなのでエイジはまた陰陽部へ行った。
だが、部室に入ると、昨日エイジに最後に話し掛けたアリシアという女子だけが、窓側の一番端の席に座っているだけだった。
「あ、あの……昨日は助言をありがとう」
エイジは彼女の前の席に腰掛けながら声をかけた。
しかし、アリシアは何も言わず黙っているだけだった。
「あの、昨日言っていた危ないって意味なんだけど……」
「危なかった?」
アリシアはぽつりと言った。何一つ表情を変えることなく。
「危なかったんだけど、危ないっていうか、……、それをどうしてわかったの?」
また、アリシアは応えず、黙っている。かなり寡黙な人のようだ。見た目はかわいらしい部類だけど、コミュニケーションが取りづらい。背もかなり小さく、大学一年のはずだが、自分よりも年下にしか見えない。ショートカット。目が大きくクリクリと瞳が動く。そう、かわいらしいという点では、もう一人の高校二年のミラという女子にも言える。ただ、ミラは、長身であるが。
まぁ、いいか。早く誰か来ないかな、とエイジは思った。
ただ、とにかく無口でヤリズレエ!
「聞いたと思うけど、」しばらくの沈黙の後にアリシアが出し抜けに切り出した。「……チャウグナー・フォーンだから」
やっと会話が成り立つか、と思ったら、この人もそれを知ってるのか、とエイジは思った。
「聞いています。姉は神と言っていたけど」
「神というより、『旧支配者』。いえ、正しくは『イーヴァイラス』」
『イーヴァイラス』? なんだかわからないが、まぁ、そのままスルーしておこう。質問しても会話が途絶える可能性があるように思えたからだ。
「血を吸われるってのは本当ですか?」
「全身の血液が吸われる。たまにしもべにするために全部吸わない場合もある」
「そうなんだ。詳しいですね」
すると、またアリシアは黙ってしまった。
「アリシア・ロングランドさんですよね」
アリシアは頷いた。
「あいさつ、まだでしたよね。俺、エイジ・ロックウッドです」
「入るの? 陰陽部」
「え、その、うん、えっと。……あまり関わり合いたくないって言うか……」
「入った方がいい。あなたを守れる」
「え? 守れる? どういうことです?」
「じきにわかる」
エイジは困った。きっと聞いてもあまりいい答えは期待できない。早く誰か来ないものか。そうか、あたりさわりのない質問でもしておくか。
「アリシアさんの学部は何ですか?」
だが、彼女は黙っている。無視された? それとも質問が唐突すぎたか?
それでも、エイジはあきらめずに答えがあるまで笑顔でいることにした。しばらくすると、アリシアは言った。
「医学部。……なぜ訊くの?」
「え? いや、その、まぁ、アリシア先輩が何を専攻してるのかなって」
「そう」
「それでは将来は医者に?」
「そのつもり」
アリシアは朴訥に応えた。
「なぜ、そんなこと訊くの?」
「なぜって、少し話をしたいかなって思っただけなので」
エイジはこの質問は失敗だったか、と悔いた。
「一人を除いて、今まで誰も私のことを気にかけてくれる人がいなかった」
「そうなんですか?」
それでアリシア・ロングランドとの会話は途切れた。一人を除いて、って、誰だろう。彼氏? いや、そんなことはどうでもいい。
そこへタイミングよく、昨日、象のぬいぐるみを着ていたミラ・モンコンプスがあらわれた。
「こんにちは。あ、エイジくん!」
ミラは本当に信じられないくらいの美少女だ。彼女が部室に入っただけでそこはパラダイスのようだった。
「こんにちは」
エイジはあいさつを返した。しかし、アリシアはあいさつしなかった。相変わらず黙っている。彼女は多分いつもそうなのだろう。
「聞きました、エイジくん。昨日は大変だったみたいですね。お怪我とかなかったですか?」
ミラが言った。アリシアといい、ミラといい、姉はおそらく部員全員に連絡したようである。
「ええ、大丈夫です」
「怖くなかったですか?」
「とても怖かったですよ。びっくりしました」
「やっぱり、昨日無理にでもお引き留めしておけばよかったですわ。ごめんなさいね」
「いえいえ、ミラ先輩が謝ることなんてないですよ」
「では、もう、入部されるのですよね」
「いや、今日は姉が昨日のことをみなさんに是非話してほしいというので、来ただけなんです」
「そうなの。……残念です。もっと御一緒したかったのに」
ミラのような美少女に引き留められと、エイジも嬉しい気持ちだった。
「ミラ先輩にそう言われると、正直信念も揺らぎます」
エイジは照れた。
「じゃ、入部なさいな」
だが、正直なところ、姉とあまり関わりたくない。
そこへ、ベルナスとジェシカが連れだって、あらわれた。そういえばジェシカはエイジより先に教室を出て部室へ向かったはずだった。
「こんにちは」
ベルナスとジェシカが言った。
「あれ、ジェシカ、先に出たはずだったよな?」
ジェシカはベルナスを見た。
「おや、エイジさん、勘違いしないでください、僕はジェシカさんとは何もありませんよ」
ベルナスが言った。
エイジは、そうじゃないと言いたかったが、冷やかされ慣れしていたので、何も返答しなかった。ただ、ジェシカはもしかすると、この美男子に舞い上がっているかもしれない。たとえ、そうであってもエイジには何の感慨もない。
「ところで、エイジさん、昨日の化け物を見た感想はどうです?」
ベルナスが訊いた。
「怖かったです。ベルナス先輩も俺を守ってくれたりするんですか?」
「御要望とあれば」
と、ベルナス。エイジはまたか、と思った。守るって?
「先輩達に尋ねたいのですが、守るって、あの怪物とどう渡り合うつもりですか? 戦うんですか?」
エイジはベルナスに訊いた。
すると、ミラがしゃしゃり出てきた。
「天を我が父と為し、地を我が母と為す、六合中に南斗、北斗、三台、玉女在り、左には青龍、右には白虎、前には朱雀、後には玄武、前後扶翼す、急急如律令」
と、そんなことをミラが言った。
エイジが何だかわからずに呆気にとられていると、ミラは続けた。
「今のは、悪い魔物に取りつかれたら払い除ける呪文ですよ。部長に教えてもらったんです」
ミラはにこにこして話した。
と、その時、部室のドアが勢いよく開き、部長が登場した。
「さぁ、行くわよ」
まさか、あの森へ? エイジは少し震えた。だが、彼女の行動は十分に予測されたことである。
「わざわざ宇宙生命体が、むこうから来てくれたからね」
え、俺も行くの? 説明しに来ただけなのに、とエイジは思った。