- 018 グロース(3) -

文字数 3,759文字

 エイジが気づくと、先程までの丘の上でなく、どこか別の大きな平原にいた。遠くには大きな山脈も見え、その稜線が空のコントラストにくっきりと浮かび上がっていた。
 頭上には太陽が見えたが、それはカシリアムの太陽ではないことは、すぐわかった。全く別の星である。そして何より驚いたのは、そこの空の先には、凄まじいまでの大地が見えた。山、海、川。いや、正確には、それらが上下反転して見えているのだ。というよりも、太陽を取り囲んでいるようだった。太陽の先にも広がる大地。ところどころには、暗い影がゆっくり動いているのも見えた。さらに、太陽の周りには、方形をした板が幾つも浮かんでいるようだった。その板で夜を作り出しているようである。
 どうやら、ここは、ある星の全周囲を大地で囲んだ巨大な世界である、ということが直感できた。それにしても大きすぎて、エイジはその事実が飲み込めなかった。
 大きすぎる。……一体、どれくらいの広さがあるのか、全く見当もつかなかった。
 どこなんだ、ここは。エイジは、周囲を見渡すと、平原の先に一つ目の星とジェシカがいるのを見つけた。しかし、ここでは、もうどこにも隠れる場所はない。たちまち、一つ目の星とジェシカに見つかった。
 星の目がエイジに注がれた。その目は、一瞬まばたきをしたようだった。

「こちらへ来なさい」

 星が、そうエイジに言った。いや、精神感応=テレパシーのようだった。そして、その声は紛れもなくエレナのものだった。
 エイジは、恐る恐る近づいた。

「やはり、ついて来ていたのね」

「あんた、目玉の化け物に見えるけど、姉貴だよな。まぁ、勝手について来たのは謝るよ」

「仕方ないわね」

「ここは、どこ?」

「エイジの記憶は、後で消すから、まぁ、今は何でも答えてあげるわね。ここは、人工球殻天体ゼルテクスフィアという所。いわゆるダイソン球という物ね。そして、先程いたカシリアム3星から7万光年も離れた場所。そして、時間も数億年も昔」

「理解できなくもない」

「いいわ。私の姿は、どう? 怖くない?」

「小さい時にも見た気がするよ」

「あら、そうだったわね」

「で、俺達は、肉体もここへ来ているの? それとも精神だけ?」

「あら、今言おうと思ってたのに。精神だけよ。それに、これは私の心の中の世界だし」

「なんか現実感ないし、そう思ったんだ。この前、読んだ大昔の地球のSFに、精神だけ宇宙旅行する話があったからね」

「そう」

「それで、この世界は、本当にあったの?」

「ええ。今もあるわ。ついでに言うと、私もエイジもここで生まれたのよ」

「ここで? そうなんだ」

「あと、いいことを教えてあげましょうか?」

「ああ、もう何でも聞くよ」

「エイジは、妹萌えの素質はあるのかしら?」

「さあね。姉萌えでないことは確かだよ」

「そう。まぁ、いいわ。ここで、私達の妹も生まれているのよ」

「そうなんだ。なぜ、俺達と一緒にいないの?」

「私達がここを脱出した後に、生まれるはずだったからね」

「脱出?」

「そうよ。エイジは赤ちゃんだったからわからないだろうけど、大変だったのだから」

「そうなんだ。で、ジェシカや、先輩達も、ここで生まれたの?」

「いいえ。ジェシカやミラ、ベルナス、アリシアは、れっきとした地球系のカシリアム人よ」

「それじゃ、サグダとか、あの三兄弟は?」

「コミトロン人ね。銀河星間連邦とは、まだ接触のない星間帝国のコミトロンよ」

「コミトロン? 知らないな」

「ええ。しかし、銀河星間連邦とコミトロンとは、近い将来、戦争するでしょうね、きっと」

「そうなんだ……」

「あの三兄弟は、そのコミトロンのどこからか、小さい時にここに連れてこられたの。そして、ここで発見された『オーティオン神族』の一柱、ウボ・サスラの何かを移植されたのよ」

「ウボ・サスラ?」

「ええ。そのウボ・サスラが私達の生みの親よ。そして、これからそのウボ・サスラのいる所へ行くのよ。ジェシカを顕現させるために」

「以前、誰でもイーヴァイラスが顕現できるって言ってたけど、姉貴の力、そのなんだっけ、今の姉貴の姿の……」

「グロースよ。グロースも『オーティオン神族』の一柱」

「そう、グロースの力で、誰でもイーヴァイラスの力が使えるようになるの?」

「あれは、方便よ。太古、この人工球殻天体ゼルテクスフィアから、この銀河全体に、ある種子が播かれた。平たく言えば超能力者となるための。その影響を受けた者だけが、イーヴァイラスを顕現できる素質を持つのよ」

「では、姉貴がその影響を受けた者、つまり先輩方やジェシカを探したってこと?」

「ええ。カシリアムに来た時、強く感じたのがジェシカ。何しろツァールだからね。ここに私達が来た時には、その力が感じられたわ。ツァールというイーヴァイラスは、エイジの大好きなアリシア先輩のクティラよりも、遥かに強いのよ。だから、ツァールの子のいる隣の家に入ることにしたの」

「というか、簡単に入れるものなの?」

「私は、グロースの力を持っているのよ。人の心を動かすなんて、簡単」

「お姉様、僕、それが一番怖いです」

「でも、不思議とエイジには効かないのよねぇ。だから、エイジに宿っているのは、エルディリオン神族と思ったの。小さい時、私の言うことを聞かなかったら、さっきの丘に連れて行かれたでしょ? あそこで、エイジの心を操ろうと何度も試みたけど、できなかったのよ」

「はぁ。効かなくてよかったです。効いていたら、姉萌えになっていましたね。ところで、お姉様、他にも、聞きたいことが、山ほどあるのですが、このゼルテクスフィアとやらは、どなたが作ったのですかねぇ? それから、イーヴァイラスとか今はいないのでしょうか?」

「オーティオン神族もイーヴァイラスも、もともとエルディリオン神族の眷属だったの。ある時、エルディリオン神族に反乱したけど、返り討ちにあって封印された。だから、今は、もうほとんどいない。ただ、イーヴァイラスの力だけが、残ったの」

「で、俺の持っているエルディリオン神族ってのが、それなんだね」

「ええ。そのエルディリオン神族というのは、エファミティア銀河のゼルテクス人のことよ。このゼルテクスフィアを作ったのも彼等らしい。しかし、ゼルテクス人については、言えないことが多すぎると、今は言っておくわ」

「はぁ。本当だとしても、ぜんぜんピンときません。でも、もし、そうなら、俺のエルディリオン神族の力というのは、先輩方よりも格上なんでしょうか」

「憎らしいけど、そうね」

 グロースとエイジ、そしてジェシカは、大きな沼のような所に来た。

「これが、ウボ・サスラよ」

「え? 本当に? これが俺達の親なわけ? ただの汚い沼でしょ」

「何を言ってるの。このウボ・サスラは偉大なオーティオン神族の一柱よ。今はエルディリオン神族に知識も姿も奪われているけどね」

「それで、この沼の中にその神様はいるのかい?」

「いいえ、沼のように見えるもの、そのものがウボ・サスラよ」

「へぇ、これがねぇ。全く威厳もないね」

 エイジは、その沼の液体に触れようとした。

「だめよ、触れては! もし、このウボ・サスラに触ろうものなら、たちまち腐っていくわ」

「えっ、そうなのかい?」

 エイジは慌てて手を引っ込めた。

「自存する源、無定形の姿、頭手足なき塊、そして、すべての生物の源であり、遥かな未来にはすべての生命がそこに帰するもの」

「何を言ってるの?」

 エイジが不思議そうにしていると、グロースは、ふふふと笑った。
 すると、ごぼごぼと沼が泡立ち始め、その中から気色の悪い触手が伸びてきた。
 またもや触手! 本当にイーヴァイラスというのは、触手の化け物なんだな。そして、それが本当の親なのか。

「ジェシカ、あの触手に捕まりなさい」

「はい」

「ちょっと、待って、腐るんじゃないの?」

 エイジが止めようとした。

「今は、平気。さぁ、ジェシカ!」

 ジェシカは言う通りにした。
 エイジは、ジェシカがその気味の悪い触手に触れるのをじっと見た。ジェシカは、特に腐るわけでもなかった。

「あのさ、ジェシカも今、姉貴の支配下にあるの?」

「そうよ。だって、怖がられたら、面倒じゃない」

「そうなんだ」

 と、グロースの真っ赤な目が、じっとエイジを見つめていた。すると、ここで、エイジは気が遠くなっていった。

 エイジは、家のベッドの中で寝ていたのだが、気づくと、ごろごろとベッドから転げ落ちる瞬間だった。

「痛っ!」

 ドスンという鈍い音が家中に響き、自分の部屋にいたエレナがエイジの部屋に飛び込んできた。

「おや、大丈夫? とても大きな音がしたから、エイジが秘かに隠していたエッチ本の山が崩れて、あら大変、我が愛する弟がその下敷きとなってしまった、と思って助けに来たのだけど」

「エッチ本とかないよ。腰が痛ぇ」

「では、変な夢でも見たのではなくて?」

「ああ、そう言えば、とてつもなく変な夢を見たような気がするけど、よく思い出せないな。……そんなことより、痛いし」

「そう。ところで、もうお昼。採点休みだからって、いつまでも寝てなくてよ、弟。そうだ、たまには、アリシアくらいはかわいいかもしれない、と密かにおまえが思っているこの姉と、一緒に昼食をどう?」

 そう言うと、姉はクスクスと笑った。
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