- 024 ヴルトゥーム(1) -

文字数 3,620文字

 ジェシカの儀式から、数週間後の日曜日。
 その間、何事もなくいつもと同じ日々が過ぎていたが、水面下では『黄色の印兄弟団』捕獲作戦の件が進行していた。
 その日、エレナ、ミラ、エイジの陰陽部の三人は、エレナとエイジの父親であるロックウッド大佐に同行して、カシリアム3・第二管区航宙基地に来ていた。四人は基地のゲートをくぐり、軍用車でラザフォード少佐の待つ基地施設へ向かっていた。途中、爆音を轟かす灰色の戦闘機、輸送機に、巨大なレーダーサイト、銃を背負う兵士と、これらを次々と目の当たりにした陰陽部の三人は初めて見る軍施設と軍機、兵器、兵士にとまどいと驚きを隠せなかった。そこには、自分達の知っている日常とは、別の世界が広がっていた。

「あ、あ、あのぅ、部長、や、やっぱり、私なんかが、お役に立てますか……?」

 基地の内部の様子に、ミラは相当にびびりだしていた。

「今更、何言ってるのよ」エレナが言った。「もう後に引けないでしょ、こんな状況で。しっかりしなさい。大体、ミラがエイジと一緒に行けるならOKです、って言うから、連れて来たんじゃない。まぁ、半人前のエイジは後方支援しかないんだけど、ミラは、ヴルトゥームの力でガンガン策敵して陰陽部の参謀もしてもらうんだから」

「わ、私にできるのかな……?」

「ミラ先輩、」エイジが言った。「頑張りましょうよ。ミラ先輩なら、できますよ」

「エイジくん、ありがとう。何か、エイジくんに言われると、頑張れそうです」

 ミラは、少しだけにこやかに微笑んだ。
 ここに来る前、軍との打ち合わせのため、エレナは同行者としてエイジを指名した。その時、もう一名ベルナスかアリシアを連れて行きたいと考えていたのだった。エイジを選択したのは、大佐の息子として軍関係者に誇示できる理由以外になかったし、もう一名は実戦経験のあるベルナスかアリシアに絞っていたが、参謀として使うミラを連れて行くことにした。
 しかし、その参謀という役回りは、エレナにとって全くいい加減な思いつきだったのだが、それが思わず口に出てしまったら、ミラが勝ち誇ったように大喜びしてしまったので、引くに引けずに連れてきたというのが、事の真相であった。
 その大喜びも、参謀という肩書きでなく、単にエイジと一緒に行動できるということだけが理由というのは、エレナにもわかっていた。
 とにかく、その場の陰陽部の雰囲気はおかしなもので、ジェシカはがっくりと肩を落とし、ミラは大喜びという、分かりきった状況だった。
 やがて、一行は基地内のとある大きな建物に入り、厳重なセキュリティチェックの後、大きなテーブルのある会議室に通された。
 大佐、エレナ、エイジ、ミラの順にそのテーブルについた。ラザフォード少佐は、まだ現れなかった。ミラは、まともに顔をあげられないほどガクガクと震えていた。セキュリティチェックやら、基地の雰囲気やらで、先程は頑張れそうとか言っていても、実際に軍施設の中に入ると怖気づいてしまっていた。
 みかねたエレナは、隣のエイジに、

「ミラの手を握ってやりなさい」

 と小声で言った。エイジは、

「問題あるけど、……仕方ないな」

 と呟いた。それでも、エイジは、いきなりテーブルの下でミラの手を掴み、ギュっと握った。
 ミラは実に単純で、ちょっと驚いたものの、震えもピタリと止まり、エイジを見てにこにこしだした。

「エイジくん、私、凄い幸せです……」

「よかったです、こんなことでミラ先輩に喜んでいただいて」エイジは微笑み返した。「大丈夫です。俺もここにいますから」

「はい」

 ミラは来てよかったと思うようになった。

 やがて、三人の軍関係者が入ってきた。対面の左側に座った一人は、なんとセイール人であった。セイール人は、爬虫類型の種族で、エイジがその姿を見るのは生涯で二度目だった。エイジらの住むブライトン・シティには、地球系以外の種族はほとんどいないためで、最初にセイール人を見たのは幼少の頃に両親に連れて行ってもらった銀河万博の時であった。
 セイール人は爬虫類型生物から進化した知的種族である。
 蜥蜴か蛇を思わせる黒いタイル地のような鱗を持つ皮膚をしており、さらに猛禽類を思わせる鉤型に曲がったくちばしを持ち、猫のように縦長の瞳、そして短い一本の角が頭部にあるのが特徴である。しかしながら、とても理性的で腕力も強い。そして、何より地球人の最初のファーストコンタクトの相手であり、銀河星間連邦の当初からの参加国家なのである。
 エイジは、まじまじとセイール人を見てしまった。そして、ミラもそうであった。
 最近の学校では、どんな異星人を見ても、差別してはいけない、偏見を持ってはいけない、と教育されているため、二人とも驚嘆の声を上げることはなかったが、間違いなく今晩の夢に出てくることであろう。
 そして、彼等の制服のバッチの星の数が階級を示しているだろうことはエイジにもわかったが、父の方が多いので、何かそんなに気分が引くようなことはなかった。

「軍議を開始します」

 と、そのセイール人が言った。

「まず、ロックウッド大佐、おひさしぶりです」

 向かい側の中央に座る貫録ある者が言った。おそらく、ラザフォード少佐であろう。

「以前会った時は、大尉であったな」

 父である大佐が言った。

「そして、ブライトン学園の皆さん、第二管区航宙基地へようこそ。会えて光栄です」

「紹介しましょう」父が言った。「娘のエレナ、息子のエイジ、そして、娘が部長を勤める陰陽部の部員のミラ・モンコンプス」

「実は、お久しぶりです」エレナが応えた。「ラザフォード少佐」

 エレナはこの中佐とは、既に知り合いなのか? エイジは思って、エレナを見た。昔、父が家に連れてきたという記憶はないし、いつの知り合いなのだろう?

「それでは、我がPS部隊の精鋭を紹介します。まず、セイール出身のガゼル」中佐は、最初からセイール人を紹介した。異星人を見慣れていないミラとエイジは活目した。「彼は我が部隊のホープです。過去知=サイコメトライズでは驚異的な能力を発揮します。次に、ランドー。彼は我が部隊のエースです。念動力=サイコキネシスの第一人者です」

 少佐は、左右の部下を紹介した。

「我が部の紹介もしましょう」エレナが言った。「我が部は、かつてこの宇宙を支配した暗黒の神々の力を継承する者で構成しています。おそらく、この宇宙に存在する超能力者は、彼等神々の力を何らかの形で受け継いだものと考えています。まず、私は先触れなるものグロースを宿しています。グロースは、一つ目の神です。その目に魅入られた者は、グロースに心を支配されます。また、グロースは、イーヴァイラスを宿した者を覚醒させる能力も持っています。その覚醒を顕現と呼んでいます。ここに連れてきたミラは、秘める冷静と知性ヴルトゥームを宿しています。彼女は、まだ二年目ですが、敵の策敵を行います。さらに、ラヴォルモスの楯と呼ばれるダイアモンドよりも硬い殻で身を守ることができます。他に、電撃と炎撃で敵を攻撃するフサッグァ、空間を断裂できるクティラ、風撃のツァールがいますわ。ただし、ここにいる我が弟エイジのことは企業秘密ということで」

 エイジには、部内のことを、エレナがペラペラとおしゃべりしてしまったような印象であった。

「エレナさんも皆さんも、御活躍のようですね。できれば、御卒業後は、我が部隊に全員入ってくれると我々も嬉しいですね、ははは」

「ふふふ。そして、私達ほど、『黄色の印兄弟団』を知り尽くした者はいませんわね」

「話が早いですね。事実、我が軍は彼等の実態を把握していません。それでは、具体的な作戦をお話したいのですが、よろしいですか?」

「ええ」

「まず、陰陽部のみなさんは我が部隊の指揮下に入っていただきたい」

「それは、お断りします」エレナはきっぱりと言った。「我々は一般人です。単独行動するつもりはありませんが、軍とは協力するというポリシーを貫きます。むしろ、彼等の行動を知っているのは、我々です。我々を支援する形で軍が動いていただきたいですわ。我々には実績がありますもの。我々は実に有能であるため、誰一人傷ついたり死ぬことなく、ですわ」

 横に座っていたエイジは、何て大それたことを言っているのかと驚いた。案の定、父を見やると、黙ってはいたがひやひやしているのがわかった。

「それは!」念動力を使うと言うランドーと言う男が堪えられなくなったようで、口を開いた。「我々が無能とおっしゃるのと同じか!」

「無能とは言っていません。我が部には彼等を撃退した実績があると言っているだけです」

 エレナは返した。
 そして、会議の場の雰囲気は最悪なものとなった。エレナを除いては。
 苦虫を潰したよなランドー。大佐と少佐は、お互いの立場もあるためか、押し黙ってしまい、ミラもエイジもうつむいたままだった。
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