- 012 アトラック・ナチャ(3) -
文字数 4,516文字
その夜。
エイジは、ようやく自分の家に帰れた。家に着くや、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。そして、その直後、エレナが部屋に入ってきた。
「失礼するわ。帰ってきた音がしたから」
エレナが言った。
「姉貴、ノックくらいしろよ」
「いいじゃない、姉弟なんだから。初日からアリシアに仕込まれたようね」
姉はクスクスと笑った。
「勘弁してくれよ、あの先輩。いきなり15キロも走らせるんだ」
「あら、随分甘くなったわね、アリシアは。ミラの時は、20キロ走らせていたわよ」
「もう、こんなじゃ、俺、やっていけるか自信がない」
「もう弱気を。エルディリオン神族の力が欲しいんじゃないの?」
「特訓が要るなんて、聞いてなかったし」
エイジはふてくされた。
「我が弟ながら厭きれるわ。じゃ、いいこと一つ教えてあげるわ。アリシアは陰陽部へ入る前は、演劇部部員だったのよ」
「へぇ、あの単語棒読みの言い方で?」
「舞台の上では人が変わったようだったわ。台詞も、演技も、最高だったわ」
「そういえば、彼女、誰も自分のことを気にかけてくれる人がいなかったって言ってた」
「で、エイジはアリシアを気にかけた人ってことね」
「彼女、あ、いや、アリシア先輩って小柄だけど、強い人って感じがする」
「当たり前よ、クティラだもの」
「いや、そうじゃなくて。何事にも動じないっていうか、普段、口数が少ないのも、何にも彼女を動かすことができないからのような気がする」
「さすが、女子のことはよく見てるわね。少し、アリシアのことが気になってきたんじゃない?」
「すぐ茶化すなよ」
「ああ、悪かったわ。でも、私もエイジのように思ったから、彼女を陰陽部へ引きずり込んだの」
「また、姉貴の悪い癖かよ」
「そして、クティラを使えるようになった。クティラはイーヴァイラスの中でも強い部類よ。これだけの力を使いこなすには相当の精神力がいるわ」
「そうなんだ。……なら、もう少し、先輩に随うかな」
「そう。よかった」
「なぁ、姉貴。やっぱり、エルディリオン神族は、先輩がいいって言うまで顕現させてくれないのかな?」
「そのことだけど、ちゃんと聞いて。エルディリオン神族のことは、よくわからないことが多いの。でも、エイジの力がイーヴァイラスのものよりも遥かに大きいことは確かよ。そして、私のグロースの力で顕現させられるのかもわからない。ましてや、顕現したところでエイジがどうなるのかも、わからない」
姉の普段見せない真面目な顔で言うのを、エイジは戸惑いながら聞いた。
「でも、あの兄弟団の長男と戦うには、エルディリオン神族の力がいるんだろ」
「そうね。サグダのロイガーと立ち向かえるのは、ジェシカのツァールとエイジのエルディリオン神族だと思う。しかも、チャウグナー・フォーンまで、エルディリオン神族の血を得たとなると、我々には分が悪いことだらけね」
「なぁ、姉貴。ジェシカは、大丈夫なの? ツァールとかの力に、ジェシカは耐えられるの?」
「ベルナスが何とか仕込んでくれるはず。でも、ツァールが暴走するような時は、私が何とかするわ」
「俺は心配になってきたよ」
「それよりも、可愛い幼馴染があの美男子と一緒に特訓するのはエイジにとって心配じゃないの?」
「ああ。ジェシカはベルナス先輩をきっと気にいってるはずだよ」
「バカね、エイジは。きっと後悔するわよ。あ、でも、エイジが気に入ったのは、アリシアかな? それとも、ミラ? はっきりしないと、みんな不幸になるわ」
「あのね、なんでも恋愛感情とかで、事が解決するなんて、俺はどうかと思うよ。……でもさ、姉貴の凄い所がある」
「あら、私を選ぶの? ダメよそれは禁則よ」
「そうじゃないよ、選ばないよ、姉貴は。そうじゃなくて、アリシア先輩も、ミラ先輩も、凄い可愛いくて綺麗な人だよね。姉貴がそういう人選するなんて、凄いよ」
「ああ、女子がカワイイのは必須ね。男子はカッコよくないと。陰陽部を作る時に、そう決めたの」
「それじゃ、俺もカッコいいってこと?」
「まぁ、……エイジはギリギリよ」
◇
翌日。
ジェシカもベルナスから訓練を受け始めた。
運動部でもないエイジは、トレーニングウェアに着替えて、校庭でアリシアとともに走り出す準備をしていた。
「ランニングはいつまで続けるんですか?」
「しばらく」
「しばらく、ですか」
それ以上聞いても、答えてくれそうにないので、エイジは諦めた。そして、テニスコートの方を見るとテニス部に混じって、ベルナスとジェシカがテニスをしている。
「あれ? どういうこと?」
エイジは素っ頓狂な声を上げた。
「あれは、ベルナスなりの訓練」
アリシアが言った。
「って、楽しそうじゃないですか、あれ。我々も、テニスとか楽しくやりましょうよ」
「私はランニングが楽しい」
アリシア先輩にはあまり通じないなぁ、とエイジは思ったが、一つ試してみたいことをやってみることにした。
「アリシア先輩、演劇部だったんですって?」
「部長から聞いたの?」
「そうです。で、演劇やってたのに、なんで姉貴の誘いに乗ったんですか?」
「演劇部は楽しくなかった」
「そうなんですか。でも、舞台の上はアリシア先輩の演技は最高って姉は言ってましたよ」
「演劇は楽しかったが、演劇部は楽しくなかった。それだけ」
エイジは、それ以上聞けなくなった。エイジは、アリシアの演劇を面白おかしく茶化すつもりだったが、何か人間関係的なもので彼女の部活動が破綻したと感じた。それは、おそらく彼女の性格と口数の少なさからだろうことは容易に想像できた。
「じゃ、走りましょうか、先輩」
アリシアは頷いて走り出した。エイジもそれに続いた。
それから、一ヵ月後。
アリシアとエイジのランニングは続いていた。
その日の夕方。
「ずっと走っているだけですけど、これが訓練なんですか?」
エイジは走っている最中にアリシアに尋ねた。
「そう」
アリシアはそう言うだけで、黙々と走る。
その時、アリシアとエイジが走り出して少したった頃、アリシアとエイジの眼前にミラが道路脇に現れた。二人はミラの前で立ち止まった。
「ミラ先輩。こんな所でどうしたんですか?」
エイジが言った。だが、ミラはアリシアを見た。
「これからも、お二人でずっと走るのですか?」
ミラがアリシアに言った。
「そう」
「エイジくん、かわいそうです」
ミラの問いかけに、アリシアは無視した。
「そんな特訓しなくても、エイジくんはちゃんとエルディリオン神族の力を使えるようになります」
「練習の邪魔」
アリシアが反論した。
エイジは、なぜ急に二人が対立し始めたのか、わからなかった。ただ、黙って二人のやり取りを聞いているだけだった。
「あなたの邪魔でエルディリオン神族の顕現に障害が出る可能性がある」
アリシアが強引にミラを振り払おうとした。その時、ミラはエイジの腕を掴んだ。
「エイジくん、もう走らなくていいわ。私とトレーニングしましょうよ。アリシア先輩より楽しく」
ミラは、ぎらぎらと目を輝かせて、高校生とは思えない凄い気迫のある色気でエイジに迫ってきた。
アリシアは何かに閃いたようだった。
「エイジ、ミラの目を見てはいけない」
「なんですか、アリシア先輩、もう見ちゃいましたよ」
ミラのその目は赤くなっていた。
エイジは情けなく応えた。すると、その目はだらしなくとろんとだらしなく絞まりがなくなっていった。何か、ミラのフェロモンのようなものに捉まったようだった。
「ミラ、手を離しなさい」
アリシアは、強引にミラの手をエイジから引き剥がそうとしたが、物凄い力でエイジを捉えていたため、外せなかった。
そして、見る間にエイジは、どんどん目が虚ろになっていった。
「ヴルトゥームの力を使っている。なぜ?」
アリシアはそう言うと、ミラに掌を翳した。
「誰かに操られているなら」
アリシアは、そう言うと『哈!』と叫んだ。
衝撃がミラとエイジに走り、二人は少し後ろへ飛び、尻もちをついた。
「いったぁい」
エイジとミラは同時に言った。
「何するんですか、アリシア先輩!」
エイジだけが言った。
「ミラが操られていた。そして、エイジも操られそうになった。だから、術を解いた」
「え? 本当ですか」
「本当」
ミラは、起き上がると、アリシアを見て頭を下げながらこう言った。
「すみません、先輩。なんか、頭の中で声がし始めて、よくわからなくなって」
「おそらく、この前、アトラック・ナチャにあった時に後催眠=ヒプノシスをかけられていた」
「ヒプノシス?」
そして、三人は顔を見合わせた。良くないことが起こるという感じが三人ともあったからだ。
「急いで学校へ戻る」
アリシアが言った。
「はい」
ミラとエイジが同時に言った。
◇
やがて、三人は校庭に戻ってきた。
だが、テニスコートにはテニス部しかおらず、ベルナスとジェシカの姿はなかった。
「ミラ、ベルナスとジェシカがどこにいるか、見て」
アリシアが指示した。
「はい」
ミラの目がまた赤くなった。それは、彼女がヴルトゥームの力で千里眼を使っているためであった。
「見えました。ベルナス先輩がジェシカちゃんを引きずって、森の中を進んでいます!」
その言葉に、エイジは慌てたがアリシアは落ち着いている。
「ではミラ、続けて部長がどこにいるか、見て」
「はい。……見えました。校舎の屋上で倒れています」
ミラは応えた。
「わかった。エイジは部長が気懸かりかもしれないが、ミラが屋上へ行って部長を救出して。エイジは私と一緒にジェシカを助けに行く」
「はい」
ミラとエイジはまた同時に応えた。
エイジはアリシアが冷静な態度だったため、エレナのことが心配だったものの、素直にそのとおりに従うことにした。
そして、ミラは屋上へと向かい、アリシアとエイジはまた校庭を飛び出していった。
エイジはアリシアがかっこいいなぁ、と思い、顔を見つめた。
「何か顔についている?」
走りながらアリシアがエイジに言った。
「あ、いえ、何も。アリシア先輩、冷静ですね」
「そうでもない」
その意外な返答に、エイジは内心では驚いた。
「明らかにベルナスは後催眠状態。おそらくアトラック・ナチャの隠し技。もし、あの蜘蛛がいたら、気をつけること」
やはり、淡々とアリシアは言った。
二人はヌンガイの森へ向かった。
◇
ミラは千里眼で見えた校舎の屋上へ辿り着いていた。
そこにはエレナが倒れていた。
「ぶ、部長!」
ミラはエレナを見ると走り寄った。そして、エレナを膝に抱き上げ、脈をはかった。
「う……う、ん」
エレナが気づいた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、気を失ったようだったわ。もう、平気。ベルナスに呼び出されて屋上へ来たのだけど、いきなり電撃を浴びせられた」
「保健室へ行きましょう」
ミラはエレナを立たせようとした。
「大丈夫、一人で立てるわ。それより、ジェシカが危ない。ベルナスが精神制御されているから」
「今、アリシア先輩とエイジくんで、この前の森に向かっています」
「我々も行くわ」
「でも……、」
ミラは不安そうにエレナを見た。
「私は大丈夫。行かないと、みんなが危ない」
エレナは力強く応えた。
エイジは、ようやく自分の家に帰れた。家に着くや、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。そして、その直後、エレナが部屋に入ってきた。
「失礼するわ。帰ってきた音がしたから」
エレナが言った。
「姉貴、ノックくらいしろよ」
「いいじゃない、姉弟なんだから。初日からアリシアに仕込まれたようね」
姉はクスクスと笑った。
「勘弁してくれよ、あの先輩。いきなり15キロも走らせるんだ」
「あら、随分甘くなったわね、アリシアは。ミラの時は、20キロ走らせていたわよ」
「もう、こんなじゃ、俺、やっていけるか自信がない」
「もう弱気を。エルディリオン神族の力が欲しいんじゃないの?」
「特訓が要るなんて、聞いてなかったし」
エイジはふてくされた。
「我が弟ながら厭きれるわ。じゃ、いいこと一つ教えてあげるわ。アリシアは陰陽部へ入る前は、演劇部部員だったのよ」
「へぇ、あの単語棒読みの言い方で?」
「舞台の上では人が変わったようだったわ。台詞も、演技も、最高だったわ」
「そういえば、彼女、誰も自分のことを気にかけてくれる人がいなかったって言ってた」
「で、エイジはアリシアを気にかけた人ってことね」
「彼女、あ、いや、アリシア先輩って小柄だけど、強い人って感じがする」
「当たり前よ、クティラだもの」
「いや、そうじゃなくて。何事にも動じないっていうか、普段、口数が少ないのも、何にも彼女を動かすことができないからのような気がする」
「さすが、女子のことはよく見てるわね。少し、アリシアのことが気になってきたんじゃない?」
「すぐ茶化すなよ」
「ああ、悪かったわ。でも、私もエイジのように思ったから、彼女を陰陽部へ引きずり込んだの」
「また、姉貴の悪い癖かよ」
「そして、クティラを使えるようになった。クティラはイーヴァイラスの中でも強い部類よ。これだけの力を使いこなすには相当の精神力がいるわ」
「そうなんだ。……なら、もう少し、先輩に随うかな」
「そう。よかった」
「なぁ、姉貴。やっぱり、エルディリオン神族は、先輩がいいって言うまで顕現させてくれないのかな?」
「そのことだけど、ちゃんと聞いて。エルディリオン神族のことは、よくわからないことが多いの。でも、エイジの力がイーヴァイラスのものよりも遥かに大きいことは確かよ。そして、私のグロースの力で顕現させられるのかもわからない。ましてや、顕現したところでエイジがどうなるのかも、わからない」
姉の普段見せない真面目な顔で言うのを、エイジは戸惑いながら聞いた。
「でも、あの兄弟団の長男と戦うには、エルディリオン神族の力がいるんだろ」
「そうね。サグダのロイガーと立ち向かえるのは、ジェシカのツァールとエイジのエルディリオン神族だと思う。しかも、チャウグナー・フォーンまで、エルディリオン神族の血を得たとなると、我々には分が悪いことだらけね」
「なぁ、姉貴。ジェシカは、大丈夫なの? ツァールとかの力に、ジェシカは耐えられるの?」
「ベルナスが何とか仕込んでくれるはず。でも、ツァールが暴走するような時は、私が何とかするわ」
「俺は心配になってきたよ」
「それよりも、可愛い幼馴染があの美男子と一緒に特訓するのはエイジにとって心配じゃないの?」
「ああ。ジェシカはベルナス先輩をきっと気にいってるはずだよ」
「バカね、エイジは。きっと後悔するわよ。あ、でも、エイジが気に入ったのは、アリシアかな? それとも、ミラ? はっきりしないと、みんな不幸になるわ」
「あのね、なんでも恋愛感情とかで、事が解決するなんて、俺はどうかと思うよ。……でもさ、姉貴の凄い所がある」
「あら、私を選ぶの? ダメよそれは禁則よ」
「そうじゃないよ、選ばないよ、姉貴は。そうじゃなくて、アリシア先輩も、ミラ先輩も、凄い可愛いくて綺麗な人だよね。姉貴がそういう人選するなんて、凄いよ」
「ああ、女子がカワイイのは必須ね。男子はカッコよくないと。陰陽部を作る時に、そう決めたの」
「それじゃ、俺もカッコいいってこと?」
「まぁ、……エイジはギリギリよ」
◇
翌日。
ジェシカもベルナスから訓練を受け始めた。
運動部でもないエイジは、トレーニングウェアに着替えて、校庭でアリシアとともに走り出す準備をしていた。
「ランニングはいつまで続けるんですか?」
「しばらく」
「しばらく、ですか」
それ以上聞いても、答えてくれそうにないので、エイジは諦めた。そして、テニスコートの方を見るとテニス部に混じって、ベルナスとジェシカがテニスをしている。
「あれ? どういうこと?」
エイジは素っ頓狂な声を上げた。
「あれは、ベルナスなりの訓練」
アリシアが言った。
「って、楽しそうじゃないですか、あれ。我々も、テニスとか楽しくやりましょうよ」
「私はランニングが楽しい」
アリシア先輩にはあまり通じないなぁ、とエイジは思ったが、一つ試してみたいことをやってみることにした。
「アリシア先輩、演劇部だったんですって?」
「部長から聞いたの?」
「そうです。で、演劇やってたのに、なんで姉貴の誘いに乗ったんですか?」
「演劇部は楽しくなかった」
「そうなんですか。でも、舞台の上はアリシア先輩の演技は最高って姉は言ってましたよ」
「演劇は楽しかったが、演劇部は楽しくなかった。それだけ」
エイジは、それ以上聞けなくなった。エイジは、アリシアの演劇を面白おかしく茶化すつもりだったが、何か人間関係的なもので彼女の部活動が破綻したと感じた。それは、おそらく彼女の性格と口数の少なさからだろうことは容易に想像できた。
「じゃ、走りましょうか、先輩」
アリシアは頷いて走り出した。エイジもそれに続いた。
それから、一ヵ月後。
アリシアとエイジのランニングは続いていた。
その日の夕方。
「ずっと走っているだけですけど、これが訓練なんですか?」
エイジは走っている最中にアリシアに尋ねた。
「そう」
アリシアはそう言うだけで、黙々と走る。
その時、アリシアとエイジが走り出して少したった頃、アリシアとエイジの眼前にミラが道路脇に現れた。二人はミラの前で立ち止まった。
「ミラ先輩。こんな所でどうしたんですか?」
エイジが言った。だが、ミラはアリシアを見た。
「これからも、お二人でずっと走るのですか?」
ミラがアリシアに言った。
「そう」
「エイジくん、かわいそうです」
ミラの問いかけに、アリシアは無視した。
「そんな特訓しなくても、エイジくんはちゃんとエルディリオン神族の力を使えるようになります」
「練習の邪魔」
アリシアが反論した。
エイジは、なぜ急に二人が対立し始めたのか、わからなかった。ただ、黙って二人のやり取りを聞いているだけだった。
「あなたの邪魔でエルディリオン神族の顕現に障害が出る可能性がある」
アリシアが強引にミラを振り払おうとした。その時、ミラはエイジの腕を掴んだ。
「エイジくん、もう走らなくていいわ。私とトレーニングしましょうよ。アリシア先輩より楽しく」
ミラは、ぎらぎらと目を輝かせて、高校生とは思えない凄い気迫のある色気でエイジに迫ってきた。
アリシアは何かに閃いたようだった。
「エイジ、ミラの目を見てはいけない」
「なんですか、アリシア先輩、もう見ちゃいましたよ」
ミラのその目は赤くなっていた。
エイジは情けなく応えた。すると、その目はだらしなくとろんとだらしなく絞まりがなくなっていった。何か、ミラのフェロモンのようなものに捉まったようだった。
「ミラ、手を離しなさい」
アリシアは、強引にミラの手をエイジから引き剥がそうとしたが、物凄い力でエイジを捉えていたため、外せなかった。
そして、見る間にエイジは、どんどん目が虚ろになっていった。
「ヴルトゥームの力を使っている。なぜ?」
アリシアはそう言うと、ミラに掌を翳した。
「誰かに操られているなら」
アリシアは、そう言うと『哈!』と叫んだ。
衝撃がミラとエイジに走り、二人は少し後ろへ飛び、尻もちをついた。
「いったぁい」
エイジとミラは同時に言った。
「何するんですか、アリシア先輩!」
エイジだけが言った。
「ミラが操られていた。そして、エイジも操られそうになった。だから、術を解いた」
「え? 本当ですか」
「本当」
ミラは、起き上がると、アリシアを見て頭を下げながらこう言った。
「すみません、先輩。なんか、頭の中で声がし始めて、よくわからなくなって」
「おそらく、この前、アトラック・ナチャにあった時に後催眠=ヒプノシスをかけられていた」
「ヒプノシス?」
そして、三人は顔を見合わせた。良くないことが起こるという感じが三人ともあったからだ。
「急いで学校へ戻る」
アリシアが言った。
「はい」
ミラとエイジが同時に言った。
◇
やがて、三人は校庭に戻ってきた。
だが、テニスコートにはテニス部しかおらず、ベルナスとジェシカの姿はなかった。
「ミラ、ベルナスとジェシカがどこにいるか、見て」
アリシアが指示した。
「はい」
ミラの目がまた赤くなった。それは、彼女がヴルトゥームの力で千里眼を使っているためであった。
「見えました。ベルナス先輩がジェシカちゃんを引きずって、森の中を進んでいます!」
その言葉に、エイジは慌てたがアリシアは落ち着いている。
「ではミラ、続けて部長がどこにいるか、見て」
「はい。……見えました。校舎の屋上で倒れています」
ミラは応えた。
「わかった。エイジは部長が気懸かりかもしれないが、ミラが屋上へ行って部長を救出して。エイジは私と一緒にジェシカを助けに行く」
「はい」
ミラとエイジはまた同時に応えた。
エイジはアリシアが冷静な態度だったため、エレナのことが心配だったものの、素直にそのとおりに従うことにした。
そして、ミラは屋上へと向かい、アリシアとエイジはまた校庭を飛び出していった。
エイジはアリシアがかっこいいなぁ、と思い、顔を見つめた。
「何か顔についている?」
走りながらアリシアがエイジに言った。
「あ、いえ、何も。アリシア先輩、冷静ですね」
「そうでもない」
その意外な返答に、エイジは内心では驚いた。
「明らかにベルナスは後催眠状態。おそらくアトラック・ナチャの隠し技。もし、あの蜘蛛がいたら、気をつけること」
やはり、淡々とアリシアは言った。
二人はヌンガイの森へ向かった。
◇
ミラは千里眼で見えた校舎の屋上へ辿り着いていた。
そこにはエレナが倒れていた。
「ぶ、部長!」
ミラはエレナを見ると走り寄った。そして、エレナを膝に抱き上げ、脈をはかった。
「う……う、ん」
エレナが気づいた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、気を失ったようだったわ。もう、平気。ベルナスに呼び出されて屋上へ来たのだけど、いきなり電撃を浴びせられた」
「保健室へ行きましょう」
ミラはエレナを立たせようとした。
「大丈夫、一人で立てるわ。それより、ジェシカが危ない。ベルナスが精神制御されているから」
「今、アリシア先輩とエイジくんで、この前の森に向かっています」
「我々も行くわ」
「でも……、」
ミラは不安そうにエレナを見た。
「私は大丈夫。行かないと、みんなが危ない」
エレナは力強く応えた。