その17 模試

文字数 1,728文字

 それが証拠に、星羅は何事も無かったように改めて訊いて来た。

「そう言えば、今度の模試のコースはどこにしたの?」

 高三になると定期試験の他に頼みもしない摸試がある。僕達の高校では『公立理系』とか『私立文系』などの幾つかのコースに分かれており、そのコースによって受験科目や科目数が変ってくる。

 僕は特に考えることなく教えた。

「僕は私立文系で出したよ」

 星羅が嬉しそうにまたすり寄って来た。

「私も私立文系。一緒だね。大学はもう決めてあるの?」
「いいや。決めていない。僕は願書を出す時に受かりそうな大学に出そうと思っているから、今はまだ決められないんだ」
「へぇ、何か気楽だね。それでいいの?」
「いいさ。僕はあまり勉強するのが得意じゃないから、分相応でいいんだ」
「なんか、羨ましいな。うちの家族なんか、少しでも上の大学に行けなんてワーワー言うのよ、鬱陶しい」
「そりゃ大変だね。大学なんて、何処に行っても同じなんだけどね」
「そうなの?」
「そうさ。渡辺さんは大学へ何しに行くの?」
「そりゃ、専門的な知識を得ることと、いい会社に入る為よ。矢野君は?」
「僕は大学には遊びに行くつもりさ。十八年間、ずっと勉強勉強で追いまくられてきたからね。社会人になる前の四年間ぐらいは思いきり自由な時間を過ごしたいさ」

 星羅はそう言う僕をどこか他人のように見ていた。

「そうなの。でも、私の目からすると矢野君はもうかなり自由に生きていると思うよ」
「そうか?」
「そうよ。今以上に自由になるなんて、宇宙にでも行くつもり?」
「ああ、それもいいかも」

 星羅がまた、呆れた顔付で今度は健斗に尋ねていた。

「流石君はどこにしたの?」
「僕は公立理系にした」
「へぇ! 凄いね。自信があるんだ」
「違うよ。選択欄の一番上が『公立理系』だったから、そこにしただけさ」

 僕と星羅の目が泳いでいた。そして星羅が笑いをこらえながら言った。

「確かに一番上は公立理系だったけど、受験科目はいいの? 七科目だよ。私立文系なら三科目だよ。この時期にこんな所でつまらない話なんかしている暇は無いんじゃない?」

 健斗は自信に満ちた余裕の笑顔で言った。

「僕も矢野君と同じで勉強は嫌いなんだ。七科目受けてみてダメそうだったら、その中から点の取れそうな科目で受験出来る大学にするよ」
「そ、そうなのね」

 彼女はもうお手上げなのか、薄ら笑いを浮かべるだけでもう何も言えないとばかりに首を横に振っていた。

 そんな無駄話をしていた時期はあっという間に過ぎ、模試も終わってしまった。手ごたえはあったかなんて周りから訊かれるけど、手ごたえの意味が分からない。
 ただ、僕としては解答欄は一応全部埋めたし、頭を捻りまくった問題も無かったので達成感はあった。

 健斗も星羅も同じようなもので、コース別の教室で模試を受けた後に自分のクラスに戻って来た顔を見ると、それなりに満足感が感じられたので僕と同じだと思った。

 星羅が体を摺り寄せるようにして訊いて来た。

「矢野君。どうだった?」
「うん。何とか全部埋めたよ」
「そうなんだ。私は少し時間が足りなかったな。書けなかった答えがあったもの」
「そうか。でも気にすることは無いよ。受験までにはまだ時間はあるから」
「時間って言ったって……」

 星羅は僕のペースにまだ付いてこられないのか、どこか疑心暗鬼になっている。試験なんて水物だから、その日の体調や気分で随分と変るものだ。だからそんな深刻に考えなくてもいいと思うのだが、困ったものだ。

「矢野君は上手く行ったんだ」

 健斗もそう言ってくれたが、星羅ほどの切実感は無かった。

「一応全部解答はしたけどね」
「凄いね。じゃあ満点の可能性もあるね」
「そんな満点なんて取れるはずがないよ」
「いや。違う。満点は全部書いた生徒にしか取れないんだよ。一つでも無解答があったら、満点は絶対に取れないからね。だから、少なくとも君は満点を取る可能性は持っている」
「はぁ」
「だから、矢野君は凄いよ」
「はぁ」

 どこか都合の良いようにあしらわれているような気がするのだが、悪い気はしない。彼の意見は正しいのだから……どんなに満点が欲しくても全問解答していなければ取れないのだ。僕は妙な自信が付いてしまった。
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