その22 お誘い

文字数 912文字

 ある日の放課後、健斗がまた標本室に行こうとする所を僕は呼び止めた。

「流石君。ちょっと待って」
「何?」
「流石君。今日の夜は空いてる?」
「夜? どういうこと?」
「実はさ、一緒に晩飯を食おうかなと思って」
「晩飯? 君の両親はいないの?」
「今夜は二人とも出かけるんだ」
「へぇ、渡辺さんを誘えばいいのに」

 僕は笑ってごまかした。

「渡辺さんと一緒にいると、少し疲れるんだよね」
「そうか……」

 健斗が何か言い難そうにしていた。

「どうかしたのか?」
「いや。何でもない。分かった。いいよ。行くよ」
「そうか。本当言うとね。親父が今度輸入するとかでノルウェイのカニ缶のサンプルを貰って来たんだ。でも、うちの親父はカニがあまり好きじゃないし、お袋はアレルギーなんだ。だから余っちゃってさ。流石君はカニ、大丈夫かな?」
「全然平気。大好物さ」
「そうか。じゃあ、途中で買い物して帰ろうよ」
「いいよ。その前にいつもの所を付き合ってよ」

 彼が僕を誘う場所は一つしかない。

「あ、い、いいよ」

 気持ちの乗らない僕だった。
 薄暗い湿った部屋で嬉々とした表情で頭蓋骨と向き合う。そしてあれやこれやと話しかけ、頭蓋骨の方からも彼に何か話しかけているのか、健斗は「そうだね」とか「凄いね」などと相槌(あいづち)を打っている。

 当然僕には何も聞こえず、隣りで黙って彼の表情を眺めているだけである。言葉で言うは優しいが、はっきり言って地獄である。

 夕方、僕達はコンビニに寄って主食を中心に簡単に買い物を済ませると家に帰った。夕食には少し早めの時刻だったが始めることにした。初めて僕の部屋に入った健斗が感心していた。

「へぇ、矢野君の部屋は綺麗に片付いているね」
「そうかな。同じ事を渡辺さんも言っていたけど、僕は人の部屋を見る事なんてほとんど無かったから片付いているのかそうでないかなんて分からないんだ」
「いや、片付いているよ。僕の部屋なんてここと比べたら物置さ」
「物置?」
「そう。捨ててもおかしくないような品物が、あちこちに転がっているってことさ」
「そうなんだ」

 健斗は謙遜してそう言ったのか真実を言ったのか分からないが、彼の不可思議な性格を考えるとあながち出鱈目ではないように思えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み