その2 流石健斗

文字数 1,121文字

 昼休み。僕がいつものように独り屋上でパンと牛乳の昼食を食べていると、健斗がやって来た。彼は僕の隣に来ると何の躊躇(ためらい)もなく僕の隣に腰を下した。

「僕もここで食べていいかな」
「構わないよ」

 健斗はパンの袋を開けながら訊いた。

「君の名前を教えてよ」

 僕はすぐ隣にいる彼の横顔を見た。もう何年も見ている横顔に思えた。

「僕は矢野響。よろしく」
「矢野君か。よろしく」

 僕達は互いに名乗っただけで、後は黙々とパンと牛乳を食べるだけだった。こいつは僕に何か用があって来たのじゃないのか? ただ隣で黙って食べられても困るのだが。

 健斗が食べ終わったパンの袋をくしゃくしゃと丸めながら言った。

「僕達、いい友達になれそうだね」
「どうして」
「違うの? 矢野君もそう思っていたんじゃないのか」

 確かに彼は僕と同じジャンルの人間だと感じたのは事実だ。彼が今そう言ったということは、彼も僕と同じ気持ちになったということかもしれない。

「そうだね。いい友達になれるかもしれないね」

 すると健斗はそこに寝転んで空を見上げながら言った。

「この学校は面白い?」
「さぁ、どうかな。僕は退屈でつまらないな」
「そうなんだ」
「君が前にいた学校はどうだった?」

 健斗が笑っていた。

「前の学校? つまらない学校だったな」
「どこも一緒か」

 僕も食べ終わったパンの袋をズボンのポケットに押し込むと、彼と同じように寝転んで空を見上げた。嫌になるくらい青い空だった。

「矢野君に彼女はいるの?」
「彼女? いないよ」
「造らないの?」
「面倒臭いから」

 健斗が笑った。

「そんなにおかしいかな」
「ご免。馬鹿にするつもりはないから」

 彼女がいる、いないで差別されるのは納得出来ない。しかし健斗に悪気があるとは思えず、彼の言葉をそのまま信じた。

「じゃあ矢野君は童貞なんだ」
「童貞?」

 今度は明らかに健斗の言葉に(とげ)を感じた。

「十八で童貞じゃいけないのか? 君はもう経験者なのか」
「僕は去年、済ませた」

 彼の『済ませた』という言葉がやたらと引っかかった。まるで麻疹(はしか)の予防注射のように言い切る彼の姿に、有無を言わせない説得力があったのだ。

「そうなんだ。君はもう済ませたのか。僕も早く済ませないといけないかな」
「そうだね。あんなものは早い方がいいと思うよ」

 彼はどういう意味で早い方がいいと言ったのだろう。多少彼の方が先に経験したから、上から目線で言っているつもりなのだろうか。健斗のことが少し分からなくなった。

「セックスは早めにやった方がいいのかな」
「それは分からない。でも、いつまでも知らないっていうのもね」
「確かにね」

 僕は珍しく考え込んでしまった。
 その時、午後の授業が始まるチャイムが鳴ったので、僕達は教室に戻った。
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