イントロダクション

文字数 1,402文字

 ある朝、朝礼で担任が言った。

「君達は今、青春ど真ん中なんだ」

 僕は朝から担任が何を言い出すのかと、彼の正気を疑った。今時『青春』なんて言葉を口にする大人がいたのかと、感動すら覚えた。僕の中では『青春』なんて単語は完全に死語になっているのだ。

 おそらく彼は、青春の言葉の意味も知らずに使っているのではないかと思う。
 それが証拠に、「じゃあ、青春って何ですか」などと訊いてもまともな答えを聞けるはずがないのだ。もし答えがあるなら、それは昭和のスポ根ドラマの中でしか出てこないと思う。

 しかし満足な答えが返ってこなかったとしても、それは彼にとって不名誉な話ではない。
 なぜなら、誰かに「青春とは?」と問いかけても答えは人それぞれで、どれが正解なんて分からないからだ。 

 ちなみに僕は朝起きて惰性で食事を摂り、その日一日に何の楽しみや目的があるかなど考えもせず、ただ義務のように電車に揺られて学校に行く。
 そして下校のチャイムと共に学校を出ると、またぼんやりと歩いて家に帰り惰性で夕食を食べる。そんな日々の暮らしの中で青春なんて言葉が(ひらめ)くはずがないのだ。

 こんなことを言うと、僕がまるで達観者か世捨て人のように思えるかも知れないが、そんなことはない。僕はごく平均的な高校生だと思う。ただ何事も醒めた目で見ているなという実感はある。

 どうしてこんな風に思うようになったのか。そしていつ頃からそんな風に考えるようになったのか。今となっては記憶も薄いのだが、あれは小学校を卒業して中学校入学を目前にしていた頃だったと思う。
 僕の周りで真新しい中学の制服を着た生徒達が、何が楽しいのかヘラヘラと笑みを浮かべて語り合っているのである。そして別の生徒は学校指定の新品の鞄を誇らしげに抱えて、悦に浸っている姿を見せていたりする。そんな姿を見ると、僕はつい訊きたくなったのだ。何がそんなに楽しいんだ?

 新しい制服や鞄を持つことがそんなに嬉しいことなのか? まさかそれらを手にしたことで自分達の将来はバラ色だ……なんて思っているのか? だとしたら爆笑ものだ。
 これからドツボにはまり、最悪な人生が始まるかもしれないのに、あいつ等にはそれが分かっているとでも言うのだろうか。それが分かった上でのあの不気味な『ヘラヘラ顔』なのだろうか。そんな事すら考えずにヘラヘラ出来るのは、結局は面倒な事を先送りしているだけで、挙句は「今が良けりゃいいんだ」なんて所に落ち着く。

 それはつまり、何も考えずに時に身を任せていれば、いずれ行き着く所に落ち着くだろうくらいにしか考えていない証拠ではないだろうか。
 現実はもっと悲惨で哀れなものだと思う。そうならない為には無反応、無感情が一番だと思う。そんな風に考えだしてから僕は、世の中の全てが他人事のように思えるのだ。僕は典型的な天邪鬼なのかもしれない。

 結局僕は生まれてから十八になる今までずっと、そんな風に考えて退屈な日々を送って来たような気がする。いつの間にか大人になった連中は僕の担任と同じで、事あるごとに『青春』などと言って若い世代を賛美しているが、僕にしてみればそんなものは結局、虚像に過ぎないと思う。

 僕達の間でも軽く『アオハル』なんて格好つけているのがいるが、それにしたって絵空事でしかないのだ。こんな風に考える僕は、周りの生徒達とは真逆の『裏・アオハル』を生きているのかもしれない。
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