その30 健斗の家族

文字数 990文字

 ある日、僕は彼に訊いてみた。

「転校ってさ、そんな簡単に出来るのかな」
「出来るよ」
「どうやって説得するの?」
「それは親かな。学校かな」
「両方」
「親は何にも言わないよ。いつも事後報告さ」
「それで何も言われない?」
「うん。おまえがそうしたいなら、そうしろ……的な?」
「ふーん。理解のある両親なんだね」
「うちは父親だけだよ」
「あ、そうなんだ。ごめん」
「いいんだよ。気にしなくても……母さんはね。何人もいるから困るんだ」

 時として健斗は理解しにくいことを口にする。母親が何人もとはどういうことだろう。

「あのさ。普通、母親は一人じゃないのか」
「そうだよ。その時その時ではね」
「それも意味が分からないな」
「だから、母親がよく変るんだ。学校から帰ると知らない女の人がいて、父さんが『今日からこの人が母さんな』なんてこともあったからね」
「はぁ、何とも凄まじい家庭だね」
「慣れたら、どうってことないよ」
「そうか。じゃあ、学校に転校の理由は何て言うのさ」
「そりゃ、素直に転校しますって言うだけさ」
「理由は訊かれない?」
「訊かれるよ」
「何て答えるの?」
「うーん」

 健斗は考え込んでしまった。おそらくとんでもない事を言うはずだ。

「一番多かったのは『このままだと不登校になりそうです』……かな?」

 期待外れ感が大きかった。まともすぎると言うか、自然すぎると言うか、彼らしくないと思った。

「それで何とかなったの」
「なったさ。これは万能だね」
「どうして」
「下手にイジメられたとか、教師のパワハラやモラハラがあったなんて言うと、あれこれ調べられるし、そんな事で騒ぎたい連中はいくらでもいるからね。面倒臭いだろう? それに退屈だからと言っても、誰もまともに聞いちゃくれないからね。その点、不登校になると言っておけば原因を訊かれても、『少し疲れました』なんて肩を落とせば学校もそれ以上のことは訊かないよ。学校だって、面倒な生徒はいない方がいいに決まっているからね」
「そうかなぁ」
「そうだよ。何なら矢野君も試してみたらどう」
「僕はいいよ。退屈な学校だけど転校まではしたくないからね」
「そうか」
「でも、そうなるとこの学校には長くいるんじゃないの?」
「そうだね。長い方かもね」
「どうして?」
「分からない。矢野君と知り合えたからかな」
「僕は退屈しないのか?」
「全然」

 不自然な感じはするが、取りあえずは良い返事としておこう。
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