その5 本能

文字数 831文字

 彼女の目が点になったかと思うと、明らかに僕を恐れる目に変っていた。僕はさらに尋ねてみた。

「渡辺さんぐらいだったら、もう経験者だよね」
「ば、馬鹿な事言わないで」

 星羅の顔は真っ赤になっていた。僕は彼女に目的を告げた。

「今日、転校生の流石君と話したんだけどさ。セックスって、早いうちに経験した方がいいんだってさ。僕はまだだから、渡辺さんに頼もうかと思って……無理かな」

 彼女の目の色が変ったように思えた。それは僕に対する怒りだろうか。それは違うと思う。ほぼ毎日、頼みもしないのに彼女の方から近づいてくるのだから、僕のことは嫌いじゃないと思う。嫌いじゃない相手なら怒りの感情は湧かないと思うのだ。僕は彼女の返事を待った。

 星羅は僕の顔をじっと見ていたかと思うと、持っていた缶コーヒーを机の上に置いて言った。

「矢野君。あなた、少しおかしいんじゃない?」
「おかしい? どこが」
「どこがって、そうでしょう。いきなり女子を連れ込んで、セックスしましょうみたいなことを言うなんて。正気じゃないわ」
「そうかな。僕は真面目だけど」
「だったら、余計に怖いわ。それに『セックスしましょう』なんて突然訊かれて『はい。そうしましょう』なんて答える女子がいると思うの?」
「じゃあ、どう言えばいいのさ」
「だから、それは……」

 口ごもる星羅を見ていると苛々(いらいら)してきた。一言「嫌だ!」と言えば済む話なのに、何をもったいぶっているか分からない。 
 僕は面倒臭くなったので、立ち上がると星羅を抱え上げ片手で口を押えて声を出せないようにしてベッドに投げ出した。

 目の前に驚きのあまり潤んでしまった星羅の瞳があった。そんなもの今の僕には関係ない。男として……いや一匹の雄として義務を遂行するのだから誰も文句は言えないはずだ。
 不思議なもので押し倒した星羅はすぐに大人しくなった。僕の体は熱くなるのだが頭の中は凄く冷静で、次に何をすればいいのかがシナリオのように流れてくる。これが本能というものかもしれない。
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