その12 激痛

文字数 1,117文字

 そんな僕の気持ちなど全く分からない牧野は、もっともらしい顔で言った。

「俺も別に言いたくて言う訳じゃねぇけど、あんまり人前でいちゃつくなよな」
「どうして?」
「どうしてって……迷惑だろう」
「分からないな。僕が渡部さんとご飯を食べるのが迷惑なのか?」

 すると榎木がやって来て、柳田のように僕の目の前で凄んだ。

「おまえも分からない奴だな。目立つから止めろって言ってんだ」

 僕は十八にまでなって男子と女子が一緒に食事をする姿に『目立つ』などと言う表現を使う骨董品が今も生きていることに驚いた。こいつらの頭の中を覗いてみたいものである。

「良く分からないけど。そっちに都合が悪い事があるなら、直接渡部さんに言ってよ。僕の方から誘った事なんてないんだ。彼女の方から勝手に来るんだから」

 榎木の顔色が変った。こいつらはカメレオンの遺伝子でも組み込まれているのだろうか。他人の一言一言で顔色を変えるなんて、それはそれで興味深い。

 しかし次の瞬間、僕は思わず腹を抱えてうずくまってしまった。

「ふざけんなよ!」

 榎木の強烈な膝蹴りが、無防備な僕の腹部に食い込んだのである。

「うぐ……」

 あまりの苦しさにその場でうずくまり悶絶していると、榎木が上から見下ろして言った。

「何をチャラチャラと言い訳してんだ。もう星羅には近づくなって言ってんだ。また一緒にいる所を見つけたら今度はただじゃ済まねぇからな」

 僕は何を言われているのか全く分からず、ただ涙目になって腹を押さえてのた打ち回っていた。僕の目に笑いながらこの場を去って行く彼等の後ろ姿が見えていた。


 僕が一体何をしたと言うのだろう。心当たりが全く無い。星羅と食事をする事が彼等にとっては許されない事だとでも言うのだろうか。ではその理由は……考えても分からなかった。
 ふと気が付くと僕の傍らに健斗が来ていた。彼は膝を折ってしゃがみ込み、痛みに悶絶している僕を見下ろしていた。僕はやっとのことで口を開いた。

「来ていたんだ」
「うん」

 健斗は無表情で能面のような顔つきで言った。

「大変だったね」

 そんな事は見れば分かると思うのだが、健斗には変化は見られなかった。

「どうして助けてくれなかったんだ?」
「だって、矢野君は『助けて』なんて言わなかったからさ」
「あ、そう」

 こんな場合、僕は彼を怒ればいいのか? それとももっともな話だと納得すればいいのか? おそらく彼に幻滅(げんめつ)するのが普通なのだろうが、不思議とそんな気にはならなかった。なぜなら、僕と彼と立場が逆なら、きっと同じ事を言ったと思うからだ。

「流石君はいつも冷静なんだね」

 僕が横になったまま言うと、彼は彼特有の無邪気な笑みを浮かべて言った。

「うん。よく言われるよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み