その1 転校生

文字数 1,277文字

 今朝も僕が虚ろな目で歩いていると、いきなり声をかけられた。同じクラスの牧野宏治だった。

「よぅ。また暗い顔して歩いてんな」
「そうかな」
「毎日毎日、おまえは何が不満なんだ?」
「不満? そんな物ないよ」
「だったらもっと陽気に出来ねぇのか?」

 陽気にする? こいつは何を言っているんだ。そもそも何が楽しくてそんなにヘラヘラ出来るんだ。理由も無く陽気になれるなんて、能天気としか言えない。

 僕が無視していると牧野は舌打ちして先に行ってしまった。先に行くなら声なんかかけるなって話だ。


 教室に入って着席すると、頼みもしないのにのこのこやってくる奴がいる。高三になってから知り合った渡部星羅(わたなべせいら)だ。こっちには全くその気は無いのだが、まるで彼女顔でやってくる。迷惑この上ない。

「矢野君。おはよう」
「あぁ」
「今日も元気ないね。ちゃんとご飯は食べて来た?」

 こいつも能天気だと思う。十八になる男に向かって朝一番で訊く質問が「ご飯食べた?」なんて、あり得ない。

「あぁ、食ったよ」
「そう。じゃあこれ、今日のプリントね」
「プリント?」
「そう。志望調査のね」
「志望調査?」
「そう。矢野君は理系なの、それとも文系なの?」

 こいつはどこまで図々しいのだ。人の生活やこの先のことまで一々口を挟まなくてもいいと思うのだが、目くじら立てて怒った所で、どうせ「キモイ」の一言で終わりだ。そんな空振りをして白けるくらいなら何も言わない方がマシだ。

 僕は返事もせずにニンマリ笑ってやった。星羅は何を勘違いしたのか目を輝かせて言った。

「私も矢野君と同じ大学に行こうかな」

 呆れてモノが言えないとは今のような状況を指すのだと思う。こいつの頭の中はお花畑になっているに違いない。人に合わせて自分の将来を決めるなんて、優柔不断以外の何物でもない。
 僕が相手にせず自分の身の周りを整理していると、星羅は何が不満なのか頬を膨らませて自分の席に戻って行った。頼むからもう僕に干渉しないでほしい。青春ごっこは他の奴とやってもらいたいものだ。


 やがて始業のチャイムが鳴って担任が入って来た。今日はその後からもう一人入って来た。どうやら転校生らしい。まだ制服が届いていないのか、この学校の物ではないブレザーを着ていた。
 担任は朝の連絡を済ませると、その転校生に自己紹介を促した。そいつはやたらと前髪が長く、右手で掻き上げるようにして顔を見せた。

 その瞬間。僕はこの転校生が、僕と同じジャンルの人間に思えた。そいつの目が、毎朝顔を洗う時に嫌でも見る僕の目と同じ光を持っていたのである。

流石健斗(さすがけんと)です。よろしくお願いします」

 そいつが小さく頭を下げた時、僕と目が合った。そいつの目が一瞬笑ったように思えた。僕の体にゾクッとした刺激が駆け巡った。 
 この感覚は何なのだろう。あいつと目が合った途端こんな刺激があるなんて、やはりこいつは僕と同じジャンルの人間だと確信した。

 少なくとも意味も無くヘラヘラしたり、勝手に人の将来に踏み込んで来る非常識な奴らとは別のタイプだ。初めて会ったにも関わらず、僕はこいつに妙な親近感が湧いた。
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