その14 ボッコボコ

文字数 1,138文字

 扉の向こうには下に続く階段があるのだが、その階段を降り切った所に踊り場があって、そこにあの三人がたむろしていた。

「あ、いた」

 僕の声に榎木が反応した。

「何だよ。何か用かよ」 

 その顔を見た時、僕の体に腹に入れられた蹴りの痛みが蘇った。そして体中が熱くなるのが分かった。
 僕が無言で健斗を見ると、彼の目の様子が変っていた。目の前に好物のカエルを置かれた蛇のようなギラギラした目をしていた。

 僕達は目を合わせ、呼吸も合わせると一気に階段を駆け下りていた。
 驚く榎木の顔がすぐ近くになった時、僕は思いきり角材を振り下ろしていた。当たり所が悪かったのか彼の額から血が噴き出していた。
 それを見た柳田や牧野の顔が恐怖に引きつるのは分かったが、僕にはその後の記憶があまりない。とにかく楽しかった。ひたすら角材を振り廻し、時々感じる鈍い感触に体中に快感が走っていた。気が付くと僕達の足元に三人がぐったりと横になっていた。

 健斗は全く呼吸も乱しておらず平然と立っていた。彼の持つ角材にも血糊(ちのり)が付いていたので相当暴れたのだろう。

 僕は三人を見下ろして言った。

「案外簡単だったね」
「だろう? 僕の言った通りじゃないか。でも、もう少し暴れるかと思ったんだけどな」
「大丈夫かな? 死んだんじゃないか」

 健斗は息も絶え絶えの柳田の顔を角材で突いた。すると柳田が「ううん」などと(うめ)いた。

「まだ、生きてる」
「そうか。なら良かった」
「矢野君。人間なんて、そう簡単に死なないよ」
「そうなの?」
「そうさ。試に腕を切ってみようか」

 こいつは急に何を言い出すのかと、僕は驚きの目で健斗の顔を伺った。すると彼は急に愛想笑いを浮かべて言った。

「冗談だよ。冗談」

 どんなつまらない冗談でも、健斗が言うと現実味を帯びるのだから怖い話である。しかし考え方は限りなく僕に近いので、不気味に思うことはなかった。

 僕は角材の先で榎木の顔を(つつ)きながら言った。

「こいつら、どうしようか」
「そうだね……仲間割れの喧嘩ってのはどう?」
「仲間割れ?」
「そう。三人集まって、何か悪巧みをしている時に意見が割れて喧嘩になった……どう、こんなので行けるんじゃないかな」

 他に良い考えも無いのであれば、それも妙案に思えた。

「そうだね。そうしよう。でもさ、いつか元気になって復活してきたらどうするのさ」

 健斗はニンマリ笑いながポケットからスマホを取り出して操作し、僕の前で動画を再生してくれた。そこには僕が牧野達に屋上に連れ出され、暴行を受ける様子が音声と共に残されていた。

「その時はこれを見せればいいさ。これが学校に知られると、あいつらは謹慎停学どころじゃ済まないだろうからね」

 確かにそれは彼の言う通りなのだが、僕には釈然としない気持ちが残った。
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