その16 避妊は?

文字数 1,364文字

 数日後、僕達がもうお決まりのように屋上で昼食を摂っていると、星羅が不安そうに口元を歪めて言った。星羅と言えば、牧野の姿が見られなくなったので気が楽になったのか、前にも増して僕にべったりくっ付くようになっていた。あまり気持ちの良いものでもないので、それとなく離れるように言うのだが全く言う事を聞かない。面倒臭い奴だ。

「牧野君。結局は自主退学したんだってね」

 健斗はそれが当然とばかりに、口の周りを牛乳で白くして言った。

「そりゃ、そうさ。流血の喧嘩にタバコだからな。自業自得さ」

 まるで他人事のように口にする健斗が怖くなる。しかし人間誰しも残虐性はあるものではないだろうか。小さな虫を見つけると「やだぁ!」などと大声を出して踏み潰す女子も同じだと思う。

 ただ、牧野達を角材で痛めつけた時に、健斗が「試に腕を切ってみようか」と口にした時は何てことを言うのだろうと驚きはしたが、今こうやって落ち着いて考えてみると、一度試しても良かったかもしれないなどと思ってしまう僕がいる。我ながら残酷な人間だと思ってしまう。

 僕は他人行儀に言った。

「彼の人生だからね。彼が決めた事だからいいんじゃないか」
「そうだよね」

 僕達二人の会話が全く先に進まないので、星羅は退屈したのかそれから口を開かなくなった。

 やがて食事も終わり、これも約束のように三人揃って寝転んで空を見上げていた。
 空は薄曇りで直射日光は射さないが、梅雨が近いせいかムシムシした感じがしている。屋上だから風通しは良いはずなのだが、今日に限ってはどんよりした空気の塊が乗っかっているように思えた。

 するといきなり健斗が言った。

「君達はあれから何度かやってるの?」
「は?」

 僕は意味が分からず、彼に訊き返した。

「やってるって、何を」
「決まってんじゃん。セックスだよ」
「はぁ?」
「何!」

 星羅が跳ね上がるようにして上半身を起こすと、鬼の顔で健斗を睨みつけていた。

「馬鹿な事を言わないで! そんな事、誰がペラペラ喋ると思うの」
「どうして怒るの? 僕達は知らない関係でもないだろう」

 僕も上半身を起こして言った。

「そりゃそうかもしれないけど、当の本人の前で言うのはまずいんじゃないか? 特に相手は女子なんだから」
「そうか。ご免。僕はただ、避妊だけはちゃんとやっとかないといけないって言いたかったんだ」
「ああ、それか。それは大丈夫だ。コンドームは僕がいつも用意……」
「止めて!」

 星羅が両手で耳を押さえて真っ赤になっている。その迫力に飲まれたかのように僕達が黙ってしまうと、やがて彼女がゆっくりと顔を上げて言った。

「あなた達はどうしてそんな話が平気で出来るの? しかも女子の前で。女子がいなくても、そんなデリカシーの無い話は大声で口にするものじゃないわ。本当に呆れるわね」

 どうやら僕達は話してはいけない内容を口にしたようだ。しかし避妊の話がそんなに悪い話だとは思えない。
 そもそも保健体育の時にコンドームの着け方ぐらい教えてもいいようなものだと思うのだが、それすら無いことが星羅のように妙に怒ってしまう人間を造りだしているようにしか思えない。
 ただ、これだけ激怒してもここから立ち去らない星羅は、口ではああ言うものの内心はトキメキながら聞いているのではないかと思う。

 勝手な思い込みだろうか。
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