その28 健斗の秘密 

文字数 1,318文字

 僕はあえて代わりに答えてやった。

「流石君にしてみれば、今のこの時期はまだ考えがまとまっていないんだ。そうだよね」

 僕はテーブルの下で健斗の足を蹴った。

「あ、そ、そうだね。まだ何処にしようか考えている最中なんだ」
「そうなんですか」

 ようやく美紀も納得してくれたようで、僕と健斗は一息つけるのだった。
 美紀はストローでアイスコーヒーを一口飲むと、また尋ねてきた。

「前の学校でも、あんなに成績は良かったのですか?」
「前の学校?」
「そうです。どこにいたのか知りませんが、やっぱり上位だったのでしょうね」

 美紀の健斗を見つめる眼差しに恋する乙女のような、まったりした感じが漂っていた。

「上位って言われても、前の学校じゃ試験らしい試験は受けなかったから」
「えっ? それはどういう意味ですか」
「前の学校は一ヶ月しかいなかったから、まともな試験は受けていないんだ」
「一ヶ月?」

 それは僕も初耳だった。健斗は転校生であるのは間違いないが、何処の何という高校から来たなんて今まで訊いていなかったのである。しかも一ヶ月で転校とは、何か穏やかではない空気感があった。

「一ヶ月ってどういうことだよ」

 僕の質問に健斗は、それが当然とばかりに答えた。

「だから、一ヶ月で止めたんだ」
「止めた? どうして、退学になったのかよ」
「違う。退屈だったから」

 僕と星羅、そして美紀の目が健斗を注目したまま止まっていた。そう言えば彼が転校して来た時、僕に訊いたことがあった。『この学校は面白いか?』そして『前の学校はつまらなかった』とも言った。おそらく彼は面白くなかった。ただそれだけで学校を止めたのかもしれない。

「じゃあ、その前の学校じゃどうだったのさ」
「その前? どれくらい前だろう」

 意味の分からない健斗の答えに星羅が痺れを切らせて言った。

「流石君。さっきから訳が分からないんだけど……前の学校は退屈だから一ヶ月で止めていて、その前の学校はどうだったか尋ねると『どれくらい前』なんて、答えになっていないわ」

 健斗は困っているようだったが、僕にしても気になる所ではあった。

「この際だから、全部話してみたら?」

 僕が促すと、彼はゆっくり話し出した。

「僕はね。高校の転校はこれで十二回目なんだ」
「十二回?」

 美紀がまた驚いていた。僕も初めて聞く数の多さについ尋ねていた。

「十二回なんて、凄いね。流石君のお父さんは転勤族なのか?」
「違うよ。公務員だよ」
「だったら、どうしてそんなに転校するんだ?」
「だから言っているだろう。退屈だったからさ」
「退屈だと転校するのか?」
「そうだよ。いけないのかな」

 まるでそれが普通のように言い切る健斗に僕は何も言えなかった。もちろん彼女達がそれに対して何か反論出来る訳でもなく、ただ呆然と彼の顔を見つめるだけだった。

 ただ美紀だけは事の仔細が理解出来たようで、相変わらず憧れの眼差しで言った。

「じゃあ、編入試験もそれだけ受けたってことですか?」
「そうだよ」
「全部、合格したんですね」
「そうだよ」

 健斗の頭の良さなら相当レベルの高い高校の編入試験も楽勝だと思う。しかしそうだとしても自分の好みで学校を選ぶなんて、考えようによっては我儘(わがまま)としか言えない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み