その4 セックスしたことある?

文字数 835文字

 親父の仕事はいつも遅く、たまに日付が変る頃に帰って来ることがある。商社の営業で中間管理職というのはそんなに忙しいのだろうか。食べさせてもらっているのにこんな風に言うのは気が引けるが、僕は親父が歩いた道を決して歩きたくはない。
 陰で社畜(しゃちく)などと揶揄(やゆ)されながら生きるなんてまっぴらだ。高校を卒業したら進学せずに職人に弟子入りしようか。しかし多分しないと思う。やっぱりどこかの大学に滑り込んで、あと四年間は好き勝手した方が気が楽だ。

 お袋は専業主婦で何かと世間体を気にするタイプである。僕に言わせれば完璧な長い物には巻かれろ主義者である。
 今夜も卒業した女子高の同窓会とか言って出かけているが、おそらく見栄の張り合い、意地の張り合いになっていると思う。貧乏なら貧乏で良いと思うのだが、どうしてこうも背伸びしたがるのか僕には全く分からない。

 家に着くと星羅はさすがに足がすくんでいた、玄関先で立ち止まったままだった。

「本当にいいの」
「いいよ」
「女の子を家に呼ぶのは初めて?」
「そうだよ。何か問題がある?」
「何も無いけど……」

 ようやくと言うか渋々と言うか、星羅はやっと家の中に入ってくれた。


 僕は彼女を自分の部屋に入れると「ちょっと待ってて」と言って、キッチンから缶コーヒーを二本持って部屋に戻った。星羅は僕の机の上や棚の中の本を見ていた。

「矢野君の部屋って、結構片付いているね」
「そうかな。他の男子の部屋に行ったことがあるの?」
「ないけど。何か片付いてる気がする」
「そうかな」

 僕も人の部屋を見る事は(まれ)だが、似たようなものだと思っている。正直言って寝るだけの部屋のようなものだから何と言われても差ほど気にはならない。
 星羅は少し慣れたのか、僕の学習机の椅子に腰を下すと持って来た缶コーヒーのタブを開けながら言った。

「それで、用は何?」

 僕は立ち上がると窓のカーテンを閉めた。

「何をするの?」

 星羅の声が少し震えていた。僕は普通に尋ねてみた。

「渡辺さんはセックスしたことある?」
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