その23 カニ缶

文字数 866文字

 僕は親父から貰ったカニ缶の入った紙箱を持って行くと、健斗が驚いていた。

「そんなに大きいのか!」

 彼が驚くのも無理は無かった。何しろやたらと大きいのである。
 カニ缶一つが僕の手の平からはみ出すほど大きくて、厚さも五センチ以上である。それが縦に四缶、横に三缶、一ダースが並んでいる姿は壮観としか言えなかった。一つ抜けているのは試しにと試食した分である。

 最初は驚いていた健斗が顔を曇らせていた。

「矢野君さぁ。その缶詰、もしかしてヤバイ奴じゃないの?」
「ヤバイ奴?」
「そう。開けた途端に鼻が曲がるほど臭い匂いのする奴じゃないのか」

 僕は笑って返した。

「ははは……大丈夫。一つ開けてみたから」
「そうなんだ。だったら大丈夫だな」

 僕達は大皿に二缶を開けて広げて見せた。それだけでも大食い選手権に出て来そうな特盛チャーハンに見える。

「これは凄いな。カニ好きにはたまらないだろうな」

 健斗がうっとりと眺める姿を見て僕は思った。

「流石君。折角だからビールでも飲もうか?」
「あ、いいね。それ。飲もう飲もう」

 僕は親父が晩酌する時に横から貰っていつも飲んでいた。健斗は煙草を吸っても何も言わない親ならビールぐらい何ともないと思ったのだが、僕の予想は当たっていた。彼は何の抵抗も無く賛成してくれた。

 それから二人だけの宴会が始まった。
 健斗は転校してから今日までにあった出来事や驚いた事などを、饒舌に話してくれた。彼がこんなに話し上手だと初めて知った。

 しかし、やはり話はあの頭蓋骨になって行く。ほろ酔い加減の彼が言うには、あの頭蓋骨に彼は『信子さん』と名前を付けたそうだ。

 彼の説明だと信子さんの年齢は四十歳前後の熟女で、もの凄く色っぽいらしい。生まれは静岡で進学の為に上京したという。そして都内で就職すると社内恋愛で結婚するが、不幸な事故で命を落としたらしい。

 その経歴は証拠も根拠も何も無いただの作り話なのだが、頭蓋骨を見ている内に頭に浮かんだそうである。話がここまでややこしくなると、変人から変態に変ってしまう。僕はひたすら聞き役に回っていた。
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